青空の中の彼女

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ハルカ

11.事実

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 見慣れない住宅街をのんびりペースで歩く。先程までとは違い1人ではなく2人で。

「お父さんって何時頃に帰って来るの?」

「分かりません。残業をしてきたら7時過ぎとかになりますし…」

「なら昨日は定時?」

「はい。私を迎えに来る為に早く帰って来てくれたんです」

「ん? どういう事?」

 すぐ隣には打ち解けたばかりの女子が存在。とはいえ親しくなった訳ではないので間にある溝は完全には埋められていなかった。

「私、登校する時は自転車で駅まで行くんですが昨日は天気が悪かったので車で送ってもらったんですよ」

「あぁ、なるほど」

「それで帰りも歩くのは大変だろうからってわざわざ早めに仕事を切り上げてくれたみたいで」

「ほうほう。んで、そのやり取りの現場に俺が遭遇しちゃったわけか」

「……はい」

 自宅から駅まで結構な距離があるのに徒歩だった理由に納得。同時に別の疑問が浮かんできてしまった。

「むぅ…」

 子供を気遣って自家用車で迎えに来てくれた所までは分かる。なのに娘はその提案を頑なに拒絶。共に帰りたくない動機があるからとしか思えなかった。

「お母さんはいつも家にいるの?」

「……専業主婦ですからね。昔は働いていましたが」

「へぇ。それって再婚する前の話?」

「そうです。給料は安かったですが会社の事務員をやっていました」

「お金があるのが幸せなのか、家族と一緒にいられるのが幸せなのか天秤にかけても分かんないな~」

「幸せ…」

 その時の家庭状況を想像すると辛くなる。母子家庭で様々な苦労があったかもしれないとはいえ、まだ虐待される前の普通の女の子の姿を考えると。

「着いた」

「……ですね」

 しばらく歩き続けると目的地に到着。数十分前にも訪問したばかりの豪邸に辿り着いた。

「これからどうするんですか?」

「ん~、話はお父さんが帰って来てからじゃないと意味ないんだけど」

「多分、まだいませんよ。ガレージに車ないし」

「なるへそ」

 広々としたカーポートを確認するが黄緑色の軽自動車が止まっているだけ。昨日見た黒塗りの普通車は見当たらなかった。

「お邪魔しま~す」

 軒先で待ち伏せする訳にもいかないので中へと上がらせてもらう。ドアを開けたクラスメートに続いて玄関をくぐった。

「おかえり……ってあら?」

「こんちわっす」

「アナタ、確か…」

「さっきも来た奴です。どうも」

 リビングまでやって来た所で住人と遭遇する。椅子に座ってテレビを見ていた母親と。

「えっと、お客さん…」

「勝手に上がっちゃって申し訳ないです」

「そう……結月に会えたのね」

「はい。おかげさまで」

 一瞬、驚きはしたがすぐに歓迎してくれた。穏やかな笑顔と共に。

「二階に私の部屋あるからそこに行こ」

「ん? ここで待たせてもらうのはダメ?」

「……へ?」

「お母さんに先に話を通しておいてもいいし」

 私室に招待という贅沢な提案を拒む。床を指差して待機場所を指定させてもらった。

「いや、でも…」

「あら? 何か大切な用事?」

「はい。おじさんとおばさんにどうしても伝えたい事があるんです」

 ただならぬ雰囲気を察知してか母親も会話に介入。娘と来訪者の顔を交互に見ながら訪問理由を尋ねてきた。

「おばさんは何歳の時に結婚しましたか?」

「はい?」

「出産は? 再婚は? 独り立ちしたのっていくつの頃ですか?」

「青井くん!」

「大まかでいいので教えてほしいんです。今後の参考にしたいので」

 不躾な質問を次々に飛ばしていく。制止してくる相方の言動を無視して。

「もしかしてアナタ達、交際してるの?」

「いえ、違いますよ」

「ならどうしていきなりそんな事を…」

「……あ」

 答えを待っていると別の方角から妨害が入った。ガラス越しに聞こえてくる自動車のエンジン音が。

「あら? ちょうどあの人も帰って来たみたい」

 3人揃って窓の外に視線を向ける。黒塗りの乗用車がバックでガレージに入って来ていた。

「早かったわね。昨日も定時だったのに」

「んっ…」

「最近は仕事が少ないのかしら」

 待ち人が現れた事で場の空気が明らかに変わってしまう。和やかムードから緊張感を含んだ物へと。

「おかえりなさい」

 1分程の間を置いてスーツ姿の男性が登場。紺色のビジネスバッグを持ちながらリビングに入って来た。

「……あ?」

「こんにちは」

「君は確か…」

 帰宅して真っ先に存在を認識される。警戒心が剥き出しの眼差しに。

「昨日の失礼な乱入者です」

「やっぱり…」

「本当に申し訳ありませんでした。あと突然で悪いんですが少しだけお話する時間をくれませんか?」

「話?」

「はい。春華さんの事で言いたい事がありまして」

 非礼とは理解しつつも要件をストレートにぶつけた。議論の場を設ける為の提案を。

「それは僕が帰って来て早々にしないといけない内容なのかね?」

「なるべく早い方が好ましいです。けど後から時間を割いてくれるならどれだけでも待ちます。何時間でも」

「……話がしたいなら結月としておけば良いのに」

「いえ、お父さんとお母さんとしたいんです」

「何かしら。気になるわねぇ」

 当たり前だが父親からは煙たがっているリアクションが返ってくる。反対に事態が飲み込めていない母親は楽観的だった。

「……お茶くれ」

「は~い」

 観念した父親がその場で背広を脱いでネクタイを緩める。母親に飲み物の催促をしながら。

「それで話って?」

「お父さんは娘さんの体にアザがあるのは知っていますか?」

「はっ!?」

「肩とか背中とかあちこちにあるんですけど」

 椅子に腰掛けた父親に向かって立ったまま喋りかけた。駆け引きを孕んだ台詞を。

「君はいきなり何を言い出してるんだ!」

「嘘だと思います? でも事実ですよ」

「……本当なのか、結月?」

「んっ…」

 直後に激しく取り乱す。流れで問い掛けられた娘は戸惑いながらも首を縦に振った。

「ク、クラスメートにイジメられてるのか!?」

「えっと…」

「誰にやられてるんだ! 男か!? それとも教師か!?」

「ちょっとお父さん、落ち着いてください!」

「君はアザがある事を知っているという事はやった奴も把握しているんじゃないのか!?」

「いやいや……え?」

 予想以上にパニクりだしたので思わず冷静になるよう促す。その言動は演技とは思えない程にナチュラル。更にはこちらにも犯人を聞き出す為の追及をしてきた。

「お父さんは心当たり無いんですか?」

「あったら放置する訳ないだろう! 見つけ次第ブン殴ってやる!」

「お、お父さんが春華さんに暴力を振るってるとかは…」

「はぁ? どうして僕が結月にそんな真似をしなければいけないんだ!」

「しかし…」

 恐る恐る正鵠を射るも逆に怒鳴り散らされてしまう。凄まじい剣幕に。

「青井くん、違うの!」

「は? 何が?」

「お父さんは本当に何もしてないから!」

「……え?」

「アザの事も知らないし、暴力を振るってきた事だって一度も無い」

 同時に隣にいた春華さんが近付いて来た。伸ばしてきた手で腕を掴みながら。

「けどさっきは親にやられてるって…」

「だからそれは…」

「え、え…」

 止めにきた彼女の言動で今度は自分が混乱してしまう。ただその発言は有り得ない可能性を示唆していた。

「あら? 結月ちゃん、アザのこと喋っちゃったの?」

 キッチンにいた母親がリビングに戻ってくる。グラスに注がれたお茶を手に持って。

「ダメじゃない。誰かに教えたりなんかしたら」

「んっ…」

「ママとの約束を守れないならまたお仕置きするよ。それでも良いの?」

 相変わらず穏やかそうな笑顔は健在。けれど発している言葉が不気味で異質だった。

「しかもパパがいる所でなんて最悪。どうしてくれるわけ?」

「……ごめんなさい」

「もしこれでママ達が離婚なんて事になったら結月ちゃんのせいよ。責任とれるの?」

「無理…」

「とりあえずお小遣いを減らして……罰として部屋にある服とかマンガとか捨てておかなくちゃ」

「や、やめてよ! そんな事されたらまた揃えなくちゃいけなくなる!」

 母親と娘が会話を始める。物騒な内容の台詞の応酬を。

「どういう事…」

「んんっ…」

「お母さんに手を出されてるの?」

「……そう」

「いや、意味分かんないぞ…」

 状況がまるで理解出来ない。誰が嘘をついていて誰が本音を語っているのかも。暴行犯を責め立ててやろうという攻撃的な意識は一瞬で瓦解していた。

「結月ちゃんが悪いのよ。ママがいるのにパパに色目を使ったりするから」

「私、そんな事してない!」

「ママの再婚を祝福してくれたと思ってたのに……とんだ泥棒猫」

「だからそれはお母さんの勘違いで…」

「また後で裸の写真を撮ってあげる。この前の残りの画像もバラ撒いてあげるから」

「や、やめてよ。もう…」

 隣に立つクラスメートが怯え始める。声を震わせながら。

「お母さんとは血の繋がりがあるんじゃ…」

「……そうだよ。正真正銘の親子」

「だったらなんで虐待なんか…」

「私がお父さんと仲良くしてるのが気に入らないって。最初は口だけだったけど次第にエスカレートして叩かれるようになった」

「えぇ…」

「だから私はなるべくお父さんと距離を置くようにしてたのに……それでもお母さんは全然納得してくれなかった」

 思考がどんどんと停止していく。事実が予想を上回りすぎていて。

「あの、どうして娘さんを傷付けるんですか?」

「ん?」

 それでも浮かんだ蟠りを解消する為に母親に質問をぶつけた。行動の真意を尋ねる問いかけを。

「悪さしたお仕置き」

「でも話を聞いてると春華さんは悪くないし、罰を与えるにしても度が過ぎてると思うんですけど」

「だってこうでもしないと結月ちゃんがパパに手出ししちゃうかもしれないじゃない。それで体にアザを作ったの」

「戒めとして?」

「うぅん、もし2人が肉体関係を持った時の為の保険。ボロボロの体を見れば誰でも汚いって考えるでしょ?」

「汚いって…」

 けれど返ってきたのは懸念材料を助長するような台詞。肉親として最低の部類に入る暴言だった。

「アンタ、おかしいよ」

「おかしくて結構。これがうちのやり方ですから」

「自分で産んだ実の娘を敵対視して攻撃するなんて普通じゃない」

「それをどうして見ず知らずの男の子に言われなくちゃならないの? アナタ、うちの家の関係者?」

「いや、違うけど…」

 指摘されて怯んだが本来クラスメートという間柄だけの人間はここにはいてはいけない。例え何年もの付き合いがある旧友だとしても。

「可哀想とは思わないんですか?」

「そんなこと思うわけないじゃない。だって被害者は私の方なんだから」

「はぁ?」

「今までずっと大切に育ててきたのにその恩を仇で返されたのよ? 酷いと思わない?」

「さっきから何を言って…」

「こんな事になるなら結月ちゃんなんて産むんじゃなかった」

「……っ!?」

 更には遠慮の無い本音を突きつけてくる。それは絶対に越えてはいけないボーダーラインを大きく跨いでいた。

「いい加減に…」

「いい加減にしないかっ!!」

「……え?」

 文句をぶつけてやろうとした瞬間に違う箇所から声が飛んでくる。野太い男性の叫び声が。

「自分の子供に手を上げるとは何を考えてるんだ、君は!」

「パ、パパ?」

「しかも裸の写真を撮ってバラ撒くとか……頭おかしいぞ!」

「けど…」

「けどじゃない! 言い訳するな!」

 無言だった父親が烈火のごとく怒り始めた。伸ばした手で母親の顔を指差しながら。

「僕が結月と肉体関係を持つ? そんな事あるわけないだろ!」

「え、え…」

「再婚してから僕がどれだけ家族の為に尽くしてきたと思ってるんだ!」

「それは…」

「君みたいな奴の顔はもう二度と見たくない! 出ていけ!」

 ぶちまける言葉の中に遠慮という概念は無い。身勝手な発言を連発していた母親以上の辛辣さを帯びていた。

「や、やだ……パパと会えなくなるなんて」

「自業自得。君の責任だ」

「私は離婚なんてしたくない。独身に戻るなんてそんなの…」

「離婚? する訳ないだろ」

「……え?」

「もし今ここで君と別れたら結月が今よりもっと孤立してしまうからな」

 向かい合っていた2人の視線がズレる。何度も名前を連呼されていた娘の方へと。

「ごめん。ずっと気付いてあげられなくて」

「お父さん…」

「苦しかっただろ? 傷付けられただけじゃなく誰にも相談出来なかった状況は」

「わ、私は別に…」

「けどもう大丈夫。これからは僕が盾になるから」

「……あ」

 そのまま父親が近くへと接近。震える肩に手を添えながら励ましの台詞を口にした。

「君もありがとう」

「え?」

「君がこうして告発してくれなかったら気付かなかった。家族の異変に」

「いや、俺は特には…」

「僕に隠してた事を相談されるなんて僕よりよっぽど結月に信頼されてるんだね」

「……えっへへへ」

 続けてこちらにも語りかけてくる。感謝と称賛の意味を込めたメッセージを。

「うぁっ、あぁあっ…」

「あ…」

 緊張の糸が切れたのか春華さんが泣き始めてしまった。同い年とは思えない小さな子供のように。

「もう大丈夫。怖くないよ」

「うっ、ぐっ…」

「血は繋がっていなくても僕達は家族なんだから」

「……ありがとう」

 父親が娘の背中を優しく擦る。そんな2人のやり取りを黙って見守った。自分だけでなく茫然と立っている母親も。

「んっ…」

 事前の予想とは大きく違ってしまったが胸を撫で下ろす。そこにあったのは本物より本物らしい親子の姿だった。
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