悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第三部

Hiroko

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正人の話 其の弐参

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 羅城門をくぐると、一人の坊主が近づき声をかけてきた。だが、目鼻の無い、頭の横まで裂けた口だけの坊主はまったく何を言っているのかわからなかった。
「よさくいんなまし? よさくいんなまし?」
「あ? 何を言ってやがる?」
「およい、よさくいんなまし?」そう言って坊主はスタスタとヤエに近づくと、大きな口をぱっくりと開けヤエの頭に噛みつこうとした。が、ヤエの剣の一振りにあっさり首を落とされ、その場で消し飛んだ。
「まだ完全に日が落ちてねえから、化け物の数も少ないな」そう言って俺とヤエは立ち止まり、真っすぐ朱雀大路の先を見据えた。何匹か化け物がこちらに気付き近づいてきたが、今さら俺やヤエの相手ではなかった。
 幅約七十メートルほどもある朱雀大路の両側には真っすぐ柳の木が植えられ、ところどころに松明が灯されている。
 数日前、ここを和也と須佐之男命が通ったはずだった。
 すでに和也の気配は消えている。恐らくもうこの時代から立ち去ったのだろう。だが微かに、須佐之男命の命を感じる。それはもう細い糸のように、少し力を入れればぷつりと切れてしまいそうなほど弱いものだ。
 じっと朱雀門の方を見据えていると、黒く巨大な化け物がドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、と地響きを立ててこちらに走ってくるのが見えた。
「ふんっ、やっと強そうなやつのお出ましだな。ちょうど退屈してたところだ」
 距離にして四キロ近い長さの朱雀大路を、巨大な黒牛のような化け物はひとっ飛びにして目の前に近づいた。
「お前は牛鬼だな」
「ここからは近づくな。いま天逆毎様は碁を打っておられる」牛鬼はそう言った。
「碁を? そいつは邪魔できねえな。いつ終わる?」
「わからぬ。一刻かも知れぬ。一年ひととせかも知れぬ」
「そんなに待てねえなあ。ちょっと覗かせてくれねえかい」
「ならぬ」
「じゃあ……、そうだな。暇つぶしにお前さんが俺の相手をしてくれねえかい?」
「よかろう」そう言うと牛鬼はひん剥いた眼球を血走らせ、まばたき一つせずに俺を見据えると、ドゴンッ! と地面をひと蹴りして突進してきた。
 俺はヤエに抱き着くようにして飛びのき、その攻撃を避けると、「ちょっと隠れてな」とヤエの耳元に言い、正人の体のまま再び突進してきた牛鬼の角を両手で受け止めた。牛鬼はまるで見えない壁にでもぶつかったように首を折りそうなほどにひん曲げ、その場に止まった。
「ぬぬぬぬ……」と牛鬼はそのまま俺を持ち上げようとしたが、俺の体は大きさこそ正人のそれだが、重さも力も八岐大蛇と同じにある。俺を持ち上げようとした牛鬼の角を持ち、俺は逆に牛鬼を逆さに持ち上げた。
「そんなぼんくらじゃあ、俺はこのままでも勝っちまいそうだな、おい」
「たわけえええ!!!」と牛鬼は叫ぶと、逆さになったまま脚の反動を使い、そのまま俺を串刺しにしようとした。
「ま、しゃあねえか」そう言うと俺は胸の中にある八岐大蛇の魂を呼び起こし、俺の体を引き裂きながら出てくる七匹とともに、八岐大蛇へと姿を変えた。
 今まで見上げていた牛鬼の姿がみるみる小さくなり、俺は見下ろした牛鬼に牙を見せて威嚇した。
 牛鬼は顔の皮膚の毛穴から血が噴き出すほど怒りに満ち溢れ、呼吸を止め鼓動に力を込めた。
「ふんぬーーーっ!!!」と牛鬼は唸り声をあげると、体から蒸気を上げ、その体を巨大化させた。
「ほう、そんなこともできるのかい」俺は感心したように見せた。が、八岐大蛇になった俺に、もはや牛鬼がどんな姿になろうと敵ではなかった。
 牛鬼は地面をえぐるほどの力で蹴り上げ、俺の首筋に向かって噛みついてきたが、俺はそのまま巨大な八頭の蛇の体で牛鬼に絡みつき、それぞれが牛鬼の腕、脚、腹、首筋、顔、背中、肩、喉元へと噛みつき、力任せに引き裂いた。
「まさに八つ裂きだな」と俺は下らねえ冗談を言ったが、それを耳にしたかどうかもわからぬ間に、牛鬼は体をバラバラにされ、内臓をまき散らし、肉片となって息絶えていた。
「さーてーとだ。これで邪魔者もいなくなったことだし、天逆毎の囲碁でも見学に行くとするか」俺は再び正人の姿に戻ると、ヤエを探してそう言った。




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