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芹那の話 其の壱弐
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佐藤君に連れられてやってきたのは、小さな古びた神社だった。
「白兎神社」と書いてある。
「ここでしばらく休むといいよ」佐藤君はそう言って私を中に入れると、囲炉裏のある小さな部屋に通した。佐藤君は囲炉裏の中を鉄の棒で探るようにかき混ぜると、まだ赤くくすぶる炭を掘り出し、そこに細い薪を積み上げ、息を吹き込み火を点けた。それは最初、とても小さな火であったけれど、疲れ切り、海風にさらされ冷え切った私の体には太陽のようであった。佐藤君は火が消えないことを確かめると、何本か太い薪をその上に重ねた。火は太く、ゆっくりと燃えた。
「ほら、これを飲むといい」佐藤君はそう言うと、私に何か飲み物の入った茶碗を渡してくれた。
私はゆっくりそれを口に含み、飲み込んだ。
「これって……」
「お酒だよ。僕が作ったんだ」
「私、これ飲んだことある」
「そうかい? もしかして、ダイダラ坊かい?」
「そう! そうよ、ダイダラ坊。でもどうして?」
「ダイダラ坊には僕の国創りを手伝ってもらったんだ。そのお礼として、このお酒をいつも作ってはダイダラ坊にあげてるんだ。どうだい、体が温まるだろう?」
「ええ、とっても。すごく美味しい」昔これで酔っぱらってベロベロになったんて口が裂けても言えなかった。
私は囲炉裏の火の暖かさとお酒のおかげで体から溶けるように疲れが抜けていくのを感じた。
「少し眠るといいよ」
「ええ、でも……」
「和也のことかい?」
「ええ……」私は体から疲れが抜けていくと同時に、いろんな思いが胸から込み上げてきて、めそめそと泣いてしまった。
「さっきも言ったけど、和也のことは心配ないよ」
「心配ないって言ったって、和也は海で溺れちゃったのよ?」
「ああ、でも大丈夫。もう助けられてるから」
「助けられてる?」
「うん。僕の知ってる神様が、どうやら海の中で和也に会ったらしい。いまは別の場所にいるけど、ちゃんと元気にしているよ」
「信じていいのね?」
「ああ。大丈夫だ」
「そう。じゃあ私……」と何かを言おうとしたのだけれど、もうその前に倒れるようにして私は眠りの中にいた。
私は夢の中で誰かに呼ばれた。
「ツクヨミ……、月読尊。目を覚ましなさい」
その声は……。
目を開けると、私はどこかの草原の真ん中に大の字になって横たわっていた。起き上がり、風にそよがれ私を包むように生えている草を見ると、それらはすべて稲のようだった。米を豊かに実らせた稲の草原だった。視界の及ぶ限り、その草原は続いている。
空が黄金色に輝いていた。太陽ではなく、空そのものが金色の光を放っているのだ。そしてその中心に、誰かがいるのを気配で感じた。
「お姉さまなの?」
「ええそうよ。戻ってきてくれたのですね、月読尊」天照大神は言った。
「そうよ。天逆毎を倒すために、戻って来たわ」
私はお姉さまの顔を見ようと空の中心を見上げた。けれどそこには光しかなく、お姉さまの顔を確かめることはできなかった。
「天逆毎は、もうすぐ死にます。けれどそれだけでは終わりません」
「どう言うこと?」
「天逆毎は、一人の神の片割れにすぎません。すべてを根絶やしにしない限り、終わらないのです」
「すべてを根絶やしに? それはどう言うことなの?」
「須佐之男命を殺すのです」
「須佐之男命を……、殺す?」
「そうです。そうしなければ、いつか天逆毎は再びこの世に現れます」
「で、でもそれって……」
「この世を、神の世界にするのです。実り豊かで、命溢れる美しい神の世界にするのです。須佐之男命や天逆毎、そして醜悪な人間の手にゆだねてはいけません」
「それって、どう言うことなの?」
「月読尊、私たちの使命をお忘れですか」
「私たちの使命?」
「この世界は本来、すべて神の物です。高天原(たかまがはら)とともに、神が創り、神が治め、神が住む場所です。それをあろうことか須佐之男命は、高天原を荒らしたあげく、この地上に住む人間に子孫を残し、神と同等の知恵と力を広めました。それを何としてもこの時代に止めさせ、再び神の国創りをやり直さねばなりません」
「でもそれって、じゃあ人はどうなるの?」
「案ずることはありません。人は人としての本来の姿を得て、生き続けます」
「本来の姿?」
「神に尽くし、この地を豊かなものにし、猿や犬たちのようにその日その日を幸せに生きていくのです」
「さ、猿や犬たちのように……」
「そうです。人に、この世界を変える知恵や力は必要ないのです。あなたも知っているはずです。その先にある醜い世界を。あなたはそこから来たのでしょう?」
「私や和也が、元居た世界を言っているの?」
「そうです。幸せな世界ではなかったはずです。憎しみや悲しみ、争いや奪い合い、死がすぐ隣にある、そんな世界ではありませんでしたか?」
「確かに……、確かにそう。でも……」
「私たちは、そんな世界を望んでいたのはありません。そんなことを望んで、この世界を創ったのではありません。そのことを思い出しなさい、月読尊。そしてなすべきことが何なのか、その胸に思い出すのです」
「白兎神社」と書いてある。
「ここでしばらく休むといいよ」佐藤君はそう言って私を中に入れると、囲炉裏のある小さな部屋に通した。佐藤君は囲炉裏の中を鉄の棒で探るようにかき混ぜると、まだ赤くくすぶる炭を掘り出し、そこに細い薪を積み上げ、息を吹き込み火を点けた。それは最初、とても小さな火であったけれど、疲れ切り、海風にさらされ冷え切った私の体には太陽のようであった。佐藤君は火が消えないことを確かめると、何本か太い薪をその上に重ねた。火は太く、ゆっくりと燃えた。
「ほら、これを飲むといい」佐藤君はそう言うと、私に何か飲み物の入った茶碗を渡してくれた。
私はゆっくりそれを口に含み、飲み込んだ。
「これって……」
「お酒だよ。僕が作ったんだ」
「私、これ飲んだことある」
「そうかい? もしかして、ダイダラ坊かい?」
「そう! そうよ、ダイダラ坊。でもどうして?」
「ダイダラ坊には僕の国創りを手伝ってもらったんだ。そのお礼として、このお酒をいつも作ってはダイダラ坊にあげてるんだ。どうだい、体が温まるだろう?」
「ええ、とっても。すごく美味しい」昔これで酔っぱらってベロベロになったんて口が裂けても言えなかった。
私は囲炉裏の火の暖かさとお酒のおかげで体から溶けるように疲れが抜けていくのを感じた。
「少し眠るといいよ」
「ええ、でも……」
「和也のことかい?」
「ええ……」私は体から疲れが抜けていくと同時に、いろんな思いが胸から込み上げてきて、めそめそと泣いてしまった。
「さっきも言ったけど、和也のことは心配ないよ」
「心配ないって言ったって、和也は海で溺れちゃったのよ?」
「ああ、でも大丈夫。もう助けられてるから」
「助けられてる?」
「うん。僕の知ってる神様が、どうやら海の中で和也に会ったらしい。いまは別の場所にいるけど、ちゃんと元気にしているよ」
「信じていいのね?」
「ああ。大丈夫だ」
「そう。じゃあ私……」と何かを言おうとしたのだけれど、もうその前に倒れるようにして私は眠りの中にいた。
私は夢の中で誰かに呼ばれた。
「ツクヨミ……、月読尊。目を覚ましなさい」
その声は……。
目を開けると、私はどこかの草原の真ん中に大の字になって横たわっていた。起き上がり、風にそよがれ私を包むように生えている草を見ると、それらはすべて稲のようだった。米を豊かに実らせた稲の草原だった。視界の及ぶ限り、その草原は続いている。
空が黄金色に輝いていた。太陽ではなく、空そのものが金色の光を放っているのだ。そしてその中心に、誰かがいるのを気配で感じた。
「お姉さまなの?」
「ええそうよ。戻ってきてくれたのですね、月読尊」天照大神は言った。
「そうよ。天逆毎を倒すために、戻って来たわ」
私はお姉さまの顔を見ようと空の中心を見上げた。けれどそこには光しかなく、お姉さまの顔を確かめることはできなかった。
「天逆毎は、もうすぐ死にます。けれどそれだけでは終わりません」
「どう言うこと?」
「天逆毎は、一人の神の片割れにすぎません。すべてを根絶やしにしない限り、終わらないのです」
「すべてを根絶やしに? それはどう言うことなの?」
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「須佐之男命を……、殺す?」
「そうです。そうしなければ、いつか天逆毎は再びこの世に現れます」
「で、でもそれって……」
「この世を、神の世界にするのです。実り豊かで、命溢れる美しい神の世界にするのです。須佐之男命や天逆毎、そして醜悪な人間の手にゆだねてはいけません」
「それって、どう言うことなの?」
「月読尊、私たちの使命をお忘れですか」
「私たちの使命?」
「この世界は本来、すべて神の物です。高天原(たかまがはら)とともに、神が創り、神が治め、神が住む場所です。それをあろうことか須佐之男命は、高天原を荒らしたあげく、この地上に住む人間に子孫を残し、神と同等の知恵と力を広めました。それを何としてもこの時代に止めさせ、再び神の国創りをやり直さねばなりません」
「でもそれって、じゃあ人はどうなるの?」
「案ずることはありません。人は人としての本来の姿を得て、生き続けます」
「本来の姿?」
「神に尽くし、この地を豊かなものにし、猿や犬たちのようにその日その日を幸せに生きていくのです」
「さ、猿や犬たちのように……」
「そうです。人に、この世界を変える知恵や力は必要ないのです。あなたも知っているはずです。その先にある醜い世界を。あなたはそこから来たのでしょう?」
「私や和也が、元居た世界を言っているの?」
「そうです。幸せな世界ではなかったはずです。憎しみや悲しみ、争いや奪い合い、死がすぐ隣にある、そんな世界ではありませんでしたか?」
「確かに……、確かにそう。でも……」
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