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4 踏切の中
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僕と美津子は再び踏切のある空き地の前にいた。
公園にいる時から、僕はずっと美津子の手を握っていた。
普段なら、美津子といえど、女の子の手を握って歩くなんてことはしなかった。
けれどなんだか、今日はそれがとても普通で必要なことのような気がしたのだ。
美津子の手を、離しちゃいけない。
ここに来るまで、僕は何度もスマホの画面をチェックした。
正人からのメッセージがないか確かめたのだ。
けれど、正人はまるで息を潜めるようにそこにはいなかった。
「正人、どうしちゃったのかな?」僕の考えを読み取るように、美津子はLINEでそう言ってきた。
なんだか少し心細かった。と同時に、なんだか心配になってきた。今までこんなことはなかったからだ。正人が僕たちの呼びかけに応えないなんて。ふと僕は、もしかしたら正人もいま、僕たちと同じように心細い思いをしているんじゃないかと考えた。実は正人は、三人の中で一番強そうに見えて、本当はずっと心細かったのではないだろうか。
……、僕はいま、なんでそんなことを考えたのだろう。
空き地の雑草林を抜け、僕たちは再び踏切に近づいた。
踏切が見える場所まで近づくと、僕たちは歩を止め、そこに誰かいないか周りの気配を探った。
今日は鎌を持ってはいなかった。
左手に美津子の手を、右手にスマホを握っていた。
「誰もいない。大丈夫だ」僕は自分にそう言い聞かせるように口に出し、美津子の手を引いて踏切の前まで歩いた。
何の前触れもなく、カーンカーンカーンと踏切が鳴り出した。
遮断機が下りる。
僕たちに近い方の線路の上を、すごい速さで電車が駆け抜けていった。
電車がかき分ける空気の圧力で、僕はまるで目に見えない何かに後ろに押されているような感じにした。
「帰れ、帰れ、帰れ……」誰かにそう言われているような気さえした。
「ほんとに、行くの?」僕は美津子にそう聞いた。
美津子はLINEを使わず、僕の目を見つめて頷いた。
黒縁の眼鏡の奥に見える美津子の目は、いつになく力強く、見たこともないほどぎらぎらとしていた。
どうして美津子は、これほどまでにこの場所に引かれるのだろう。
異世界に興味がある、と言うだけにしては、なんだか美津子の意志の強さの説明にはなっていないような気がした。
興味があるだけではない、美津子は異世界に行こうとしているんだ。
なぜ? なぜだなぜだなぜだ?
間違えなら死ぬんだぞ?
美津子に聞けば済む話だった。
けれど僕はなぜか、そうしなかった。
美津子はあまりに真剣だったし、正直僕はそんなに興味がなかった。
けれどそれを美津子に言うことは、酷く美津子を傷つけてしまうことになってしまうような気がしたのだ。
そんな心の温度の差を感じていたから、僕は美津子に何も聞くことができなかった。
再び踏切がカーンカーンカーンと警告音を響かせ始めた。
遮断機が下りた。
美津子の顔を見ると、その横顔が明滅する赤いランプに照らされていた。
次は、向こう側の線路に電車が来るようだった。
あの夜、男が飛び込んだのと同じだ。
唾を飲みこもうとしたけど、口の中がからからだった。
心が空っぽになった。
美津子がスカートを押さえながら遮断機をまたいだ。
僕もその後に続いた。
カーンカーンカーン、と、その音はなんだか水の中で聴くように揺らいでいた。
音は前と後ろから、僕たちを囲むように聞こえてきた。
踏切の中にいると思うと眩暈がした。
電車が近づいてくる。
僕はそちらの方を見ないようにした。
左手の感覚がない。
美津子は本当にそこにいるのだろうか。
瞬きをすると、熱を出した時のように目が熱かった。
電車の音はあっという間に近づいてきた。
すごいスピードだ。
もっとゆっくり来てくれればいいのに。
死んじゃうんだろうか。
すぐ隣にいる美津子の顔を見ることができない。
体の自由がきかなくて、顔をそちらに向けることができないのだ。
小さな電子音が聞こえ、僕は右手に握ったスマホを見た。
正人からだった。
左手が前に引かれた。
不意を突かれたように、思わず僕も前に出た。
下を見ると、僕と美津子は線路の真ん中にいるのがわかった。
電車のライトに照らされ、僕は眩しくて何も見ることができなくなった。
次の瞬間、僕は……。
公園にいる時から、僕はずっと美津子の手を握っていた。
普段なら、美津子といえど、女の子の手を握って歩くなんてことはしなかった。
けれどなんだか、今日はそれがとても普通で必要なことのような気がしたのだ。
美津子の手を、離しちゃいけない。
ここに来るまで、僕は何度もスマホの画面をチェックした。
正人からのメッセージがないか確かめたのだ。
けれど、正人はまるで息を潜めるようにそこにはいなかった。
「正人、どうしちゃったのかな?」僕の考えを読み取るように、美津子はLINEでそう言ってきた。
なんだか少し心細かった。と同時に、なんだか心配になってきた。今までこんなことはなかったからだ。正人が僕たちの呼びかけに応えないなんて。ふと僕は、もしかしたら正人もいま、僕たちと同じように心細い思いをしているんじゃないかと考えた。実は正人は、三人の中で一番強そうに見えて、本当はずっと心細かったのではないだろうか。
……、僕はいま、なんでそんなことを考えたのだろう。
空き地の雑草林を抜け、僕たちは再び踏切に近づいた。
踏切が見える場所まで近づくと、僕たちは歩を止め、そこに誰かいないか周りの気配を探った。
今日は鎌を持ってはいなかった。
左手に美津子の手を、右手にスマホを握っていた。
「誰もいない。大丈夫だ」僕は自分にそう言い聞かせるように口に出し、美津子の手を引いて踏切の前まで歩いた。
何の前触れもなく、カーンカーンカーンと踏切が鳴り出した。
遮断機が下りる。
僕たちに近い方の線路の上を、すごい速さで電車が駆け抜けていった。
電車がかき分ける空気の圧力で、僕はまるで目に見えない何かに後ろに押されているような感じにした。
「帰れ、帰れ、帰れ……」誰かにそう言われているような気さえした。
「ほんとに、行くの?」僕は美津子にそう聞いた。
美津子はLINEを使わず、僕の目を見つめて頷いた。
黒縁の眼鏡の奥に見える美津子の目は、いつになく力強く、見たこともないほどぎらぎらとしていた。
どうして美津子は、これほどまでにこの場所に引かれるのだろう。
異世界に興味がある、と言うだけにしては、なんだか美津子の意志の強さの説明にはなっていないような気がした。
興味があるだけではない、美津子は異世界に行こうとしているんだ。
なぜ? なぜだなぜだなぜだ?
間違えなら死ぬんだぞ?
美津子に聞けば済む話だった。
けれど僕はなぜか、そうしなかった。
美津子はあまりに真剣だったし、正直僕はそんなに興味がなかった。
けれどそれを美津子に言うことは、酷く美津子を傷つけてしまうことになってしまうような気がしたのだ。
そんな心の温度の差を感じていたから、僕は美津子に何も聞くことができなかった。
再び踏切がカーンカーンカーンと警告音を響かせ始めた。
遮断機が下りた。
美津子の顔を見ると、その横顔が明滅する赤いランプに照らされていた。
次は、向こう側の線路に電車が来るようだった。
あの夜、男が飛び込んだのと同じだ。
唾を飲みこもうとしたけど、口の中がからからだった。
心が空っぽになった。
美津子がスカートを押さえながら遮断機をまたいだ。
僕もその後に続いた。
カーンカーンカーン、と、その音はなんだか水の中で聴くように揺らいでいた。
音は前と後ろから、僕たちを囲むように聞こえてきた。
踏切の中にいると思うと眩暈がした。
電車が近づいてくる。
僕はそちらの方を見ないようにした。
左手の感覚がない。
美津子は本当にそこにいるのだろうか。
瞬きをすると、熱を出した時のように目が熱かった。
電車の音はあっという間に近づいてきた。
すごいスピードだ。
もっとゆっくり来てくれればいいのに。
死んじゃうんだろうか。
すぐ隣にいる美津子の顔を見ることができない。
体の自由がきかなくて、顔をそちらに向けることができないのだ。
小さな電子音が聞こえ、僕は右手に握ったスマホを見た。
正人からだった。
左手が前に引かれた。
不意を突かれたように、思わず僕も前に出た。
下を見ると、僕と美津子は線路の真ん中にいるのがわかった。
電車のライトに照らされ、僕は眩しくて何も見ることができなくなった。
次の瞬間、僕は……。
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