0.04%の矛盾を見抜いて帝国を追放された魔導監査官、辺境で「真実の帳簿」を付けていたら世界を支配する巨大銀行を潰してしまった件

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第2部「交錯する伏線」

​第8話:消えた暗殺者

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1. 黄金の檻、エリュシオン
​帝国最大の商業都市エリュシオン。
そこは、クレイ・ラグの泥臭さも、ヴィーゼル村の銀の絶望も存在しない、虚飾に彩られた黄金の街だった。街全体が巨大な魔導結界に包まれ、24時間、太陽のような輝きを放っている。
​「……計算が狂いそうな街だな。光が強すぎて、影が見えない」
ルカスは馬車の窓から、豪華な毛皮を纏った商人たちが闊歩する大通りを眺めていた。
「へへっ、ここはスリの天国だぜ。金持ちの財布が重すぎて、みんな歩くのが遅いんだ」
ラットはすでに「仕事」をする気満々だが、ルカスに首根っこを掴まれる。
​「我々の目的は財布ではない。この街に流れる『不透明な金』の行方を突き止めることだ」
​一行に加わった謎の老学者——コーネルは、奥の席でリナの持つメダルをじっと見つめていた。
「ルカスよ。この街には、帝都中央銀行の『裏の出納係』がいる。表向きは宝石商を装っているが、実体は存在しないマナを現実に変換する、錬金術師ならぬ『粉飾師』だ」

​2. 存在しない依頼人
​一行が投宿したホテルに、その夜、一通の招待状が届いた。
差出人は不明。中には「明晩の地下オークションへの招待」と、金貨一枚分の価値があるマナ・チップが同封されていた。
​「罠か、あるいは……」
カイトがナイフの手入れを止め、鋭い視線を送る。
「罠でしょうね。しかし、招待を受けないのは監査官の流儀ではありません」
​その時、ホテルの廊下を「音もなく」横切る影があった。
カイトが即座に反応し、ドアを開けて廊下へ飛び出すが、そこには誰もいない。ただ、絨毯の上に「薄暗い霧」のような残滓が漂っているだけだった。
​「……暗殺者か。だが、気配が薄すぎる。まるで生きている人間の感覚がない」
カイトの顔に緊張が走る。
「『消えた暗殺者(ゴースト)』。帝都の暗部が飼っている、魔導実験の成れの果てかもしれません」

​3. オークションの裏帳簿
​翌晩。エリュシオンの地下深く、厳重な警備に守られたホールでオークションが開催された。
並んでいるのは、国宝級の美術品や、禁忌とされる古代の魔導核。
ルカスは、会場の喧騒から離れた一角で、コーネルが指し示した「宝石商・ヴァルガス」を観察していた。
​ヴァルガスは、売買が成立するたびに、水晶の板に何かを書き込んでいた。
ルカスの魔眼「真偽の天秤」が、その水晶板から放たれる微かな違和感を捉える。
「……なるほど。売却価格の30%が、帳簿上で消えている。それも、ただの着服ではない。魔法的な『座標転送』によって、即座に帝都の秘密口座へ送金されているんだ」
​ルカスは確信した。このオークションは、帝国が汚職で得た「汚れたマナ」を洗浄するための巨大な洗濯機(ランドリー)なのだ。

​4. 見えない刃との対峙
​「発見したようだな、ルカス・ハルフォード」
背後から、凍りつくような声がした。
振り返ると、そこには昨夜の「霧」を纏った男が立っていた。
全身が半透明に透け、背景に溶け込んでいる。物理的な攻撃は透過し、魔法的な探知も逃れる、暗殺の極致。
​「カイト! 来るな、こいつは物理干渉を遮断している!」
ルカスが叫ぶ。カイトの放った投げナイフは、男の体を虚空のように通り抜けた。
「無駄だ。私は『存在の確率』を操作されている。今の私には、あなたの心臓を掴む権利はあるが、あなたが私に触れる権利はない」
​男の手が、ルカスの胸元へと伸びる。
絶体絶命の瞬間。ルカスは懐から、一枚の「真っ白な契約書」を取り出した。
​「……権利、ですか。それはいい言葉だ。なら、この会場の『所有権』はどうなっていますか?」

​5. ロジックの「境界線」
​「何を……?」
「このオークション会場は、ヴァルガス氏が『帝国の公共財産』として登録している。つまり、ここは法律上、帝国領内だ。そして帝国法第82条により、未登録の魔導個体(あなたのような存在)は、その場での『資産没収』の対象となる」
​ルカスが契約書に万年筆を走らせる。
「私は今、この会場内の『存在確率』を、監査対象として『一時差し押さえ』した」
​ルカスが事前に仕掛けていた「マナ干渉陣」が起動する。
それは地下水道で見つけた高純度マナを、リナの力を借りて「空間の定義」として固定したものだ。
「——定義の確定(フィックス)!」
​半透明だった暗殺者の体が、突如として実体化し、重力に従って床に叩きつけられた。
「がっ……身体が……重い……!?」
「存在を曖昧にすることで敵を防いでいたのなら、強制的に『ここに居る』と確定させてしまえばいい。実体化したあなたなら、カイトのナイフ一本で十分だ」
​カイトが音もなく男の背後に立ち、首筋に冷たい刃を当てた。
「チェックメイトだ、幽霊さん」

​6. 暴かれたマネーロンダリング
​混乱する会場の中で、ルカスは青ざめる宝石商ヴァルガスの元へ歩み寄った。
​「ヴァルガス氏。あなたの隠し口座への送金ログ、すべてこちらでコピーさせていただきました。……帝都中央銀行の総裁バルドスへの、月々8億MPの献金。これが公になれば、エリュシオンの全資産は凍結されますよ」
​ヴァルガスはガタガタと震えながら、ルカスの前に跪いた。
「た、助けてくれ! 私は命じられただけで……!」
「助けはしません。ただ、『融資』はしてあげましょう。……その裏帳簿の内容と引き換えにね」
​ルカスは冷徹な取引(ディール)を完了させた。
手に入れたのは、帝都を揺るがす「マネーロンダリングの全容」。
しかし、その記録の最下部に記された「最終受取人」の名前を見た瞬間、ルカスの手が止まった。
​そこにあったのは、総裁の名前ですらなく——
「リナ・エリュシオン」。
​ルカスは、隣で無邪気に美術品を眺めている少女を振り返った。
彼女の名が、なぜ帝国の汚れた金の終着点に記されているのか。
​「……計算が、一気に複雑になったな」
​ルカスは静かに呟き、新たな謎の深淵を見つめた。

​次回予告
​ヴァルガスの裏帳簿に記された「リナ」の名。
それは、彼女がかつて帝国の「生きた中央銀行」として利用されていた過去を示していた。
真実を知るため、ルカスたちは帝都へ繋がる禁断の「魔導回廊」への侵入を試みる。
次回、第9話「コインの裏側」。
「——あなたの価値を、私が再評価(リバリュエーション)してあげます」
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