0.04%の矛盾を見抜いて帝国を追放された魔導監査官、辺境で「真実の帳簿」を付けていたら世界を支配する巨大銀行を潰してしまった件

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第2部「交錯する伏線」

第7話:毒の降る村

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1. 黄金の麦と、銀の病
​クレイ・ラグから商業都市「エリュシオン」へと向かう街道の途中に、その村はあった。
かつては帝国一の収穫量を誇ったという「ヴィーゼル村」。だが、ルカスの目の前に広がるのは、不気味に銀色に変色し、立ち枯れた麦畑の群れだった。
​「……ひどいな。まるで世界が色を失ったみたいだ」
御者台に座るラットが、顔を顰めて呟く。
「マナの過剰摂取による『銀化現象』ですね。植物が魔法エネルギーを処理しきれず、細胞が結晶化して死んでいる」
ルカスは馬車から降り、結晶化した麦の穂を指でなぞった。パキリ、と硬質な音を立てて穂が砕ける。
​村に入ると、さらに異様な光景が広がっていた。
住民たちの肌の一部が、麦と同じように硬く、銀色に輝いている。
「銀身病(ぎんしんびょう)……。帝都では『不治の奇病』とされていますが、原因は明らかです」
「……誰かが、魔法を捨てたの?」
馬車から降りたリナが、村を包む不穏な空気を感じ取ってルカスの袖を引く。
「ええ。それも、組織的かつ大規模に、です」

​2. 見えない排出源
​村の広場では、数少ない動ける若者たちが、村の外から来た「救援隊」から高価な薬を買い求めていた。
その救援隊の旗に記されていたのは、ルカスがよく知る紋章——帝立魔導研究所のものだった。
​「おかしいと思いませんか、カイトさん」
ルカスは、背後で警戒を怠らない護衛の男に声をかけた。
「……何がだ。病人が薬を買っている。よくある光景に見えるが」
「薬を売っているのが、この原因を作ったと思われる組織そのものだとしたら? 自ら毒を撒き、その解毒剤で利益を得る。マッチポンプの典型的なスキームです」
​ルカスは村の古老に接触し、帳簿……ではなく、村の「水利記録」を見せてほしいと頼み込んだ。
「役人に用はない! 帝都の連中が、俺たちを実験動物扱いしているのは知っているんだ!」
老人は激昂したが、ルカスは動じなかった。
「私は帝都を追放された身です。今、この村の『負債』の正体を暴かなければ、村はあと半年で、住人ごと銀の彫像に変わることになりますよ」
​ルカスの冷徹だが真実を突いた言葉に、老人は力なく肩を落とし、村に伝わる古い記録簿を差し出した。

​3. 消失した「0.04%」の正体
​夜、ルカスは村のハズレにある川の上流へと向かった。
そこには、峻険な崖に隠されるようにして、巨大な排水口が鎮座していた。本来、地図には載っていないはずの施設だ。
​「……見つけた。これが『プロトコル・ゼロ』の排出口か」
ルカスは川の水を汲み、持参した試薬に滴らす。
試薬は瞬時に、見たこともない禍々しい紫色へと変色した。
​「第1話で私が見つけた、建国記念祭の『消えた0.04%のマナ』。それは、魔法の純度を高める過程で削ぎ落とされた、高濃度の『毒性廃棄物』だったわけです。帝都は、その汚れを地下水道を通じて、人知れずこの辺境の村へと流していた」
​「あいつら……自分たちが綺麗でいるために、ここの連中を殺してたのかよ!」
ラットが拳を握りしめる。
「しかも、ただ捨てるだけではもったいないと考えた。廃棄物から発症する病を観察し、そのデータを元に新たな『医療ビジネス』を展開する。……極めて効率的で、極めて非道な経営判断だ」
​その時、暗闇から無数の足音が響いた。
「……そこまでだ、ルカス・ハルフォード」
現れたのは、白衣を着た魔導研究員たちと、彼らに雇われた「私設警備隊」だった。

​4. 知的な「口封じ」
​「君は、知りすぎた。クレイ・ラグで大人しくしていれば、まだ命だけは助かったものを」
研究員の一人が、魔導杖を構える。
「知ることは監査官の義務です。……ところで、あなた方の研究所、最近『予算不足』に悩んでいませんか?」
​ルカスの突拍子もない問いに、研究員が眉をひそめる。
「何の話だ?」
「あなた方の使っている防護服、最新型に見えますが、接合部の魔力シールが旧型だ。予算を削られていますね。おそらく、上層部はすでにこの計画の『切り捨て』を始めている。汚染の証拠をすべて消し、あなた方ごとこの村を『焼却処分』するつもりですよ」
​「……馬鹿な。我々は功労者だぞ!」
「会計士の視点から言わせてもらえば、功労者ほど『高価な負債』はありません。秘密を知る人間を一生養うより、一回の事故で処理する方が、遥かにコストが安い」
​ルカスは、懐から一枚の水晶板を取り出した。
「先ほど、ここの汚染状況と、あなた方の身分証、そして今の会話をすべて『広域通信魔導波』で隣の商業都市エリュシオンのギルドに送信しました。今この施設を破壊すれば、あなた方もろとも、帝国全土にこの汚職がリアルタイムで放送されます」
​「貴様……!」

​5. 経済的な和解の提案
​「殺し合いはやめましょう。非効率だ」
ルカスは眼鏡を直し、一歩前に出た。
「私にこの施設の『清掃記録(ログ)』を渡してください。代わりに、あなた方の身の安全と、帝都以外の場所での再就職先を斡旋しましょう。……ちょうど、クレイ・ラグに腕の良い技術者を欲しがっている管理人がいましてね」
​研究員たちは顔を見合わせた。
彼らも心の底では、使い捨てにされる恐怖を感じていたのだ。
ルカスは、彼らの「保身」という名の計算式を完璧に読み解いていた。
​数分後。
ルカスは、帝都の闇を証明する膨大な「廃棄物処理記録」を手に入れた。
それは、総裁バルドスを法的に追い詰めるための、強力な弾丸となる。

​6. 交錯する人々
​翌朝、ルカスたちは村を後にした。
村には、リナが能力を応用して作った「マナ中和フィルター」が設置され、銀身病の進行は止まった。
​「……ルカス。あの人たち、助かるの?」
「時間はかかりますが、麦の芽はまた緑に戻るでしょう。……ただし、根源にある毒を止めない限りは」
​街道を進む馬車の前に、一人の老学者が立ちはだかっていた。
ボロボロの服を着ているが、その眼光は鋭い。
「……ほう。あの研究所の連中を、言葉だけで降伏させたか。面白い男がいるものだ」
​その老学者の胸元には、リナが持っているのと同じ「失われたマナ」の紋章が刻まれていた。
​「ルカス・ハルフォード。君の『計算』に、私の知恵を貸してやってもいい。ただし……真実を知る代償は、君の想像よりも高いぞ」
​ルカスは静かに笑い、老学者のために馬車の扉を開いた。
「高い買い物ほど、燃えるタイプでして。……お乗りください、先生」
​点と点が、繋がり始める。
ルカスの旅は、ただの復讐から、帝国の構造そのものを変える「聖戦」へと変貌しつつあった。

​次回予告
​老学者が語る、帝国の成り立ちに隠された「巨大な嘘」。
一方、リナの記憶に刻まれていたのは、皇帝さえも恐れる「終末の数字」だった。
ルカスたちは、次なる目的地、商業都市エリュシオンで、帝国最大の競売会(オークション)に挑む。
次回、第8話「消えた暗殺者」。
「——あなたの命に、最低落札価格を設定させていただきます」
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