0.04%の矛盾を見抜いて帝国を追放された魔導監査官、辺境で「真実の帳簿」を付けていたら世界を支配する巨大銀行を潰してしまった件

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第3部「組織の闇」

​第11話:闇のオークション

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​1. 聖域への侵入
​帝都中央銀行、地下150メートル。
そこは、通常の行員さえ立ち入りを禁じられた「沈黙のフロア」だ。
​ジルが手に入れた特殊IDカードにより、ルカスたちは幾重もの魔導隔壁を突破していた。しかし、最深部「聖域」の手前で、エレベーターが不自然な衝撃と共に停止した。
​「……計算が狂ったな。予定より三つ早い」
ルカスの言葉と同時に、エレベーターの天井が凄まじい力で引き剥がされた。
​「ようこそ、ハルフォード元監査官。あなたの『帰還』を、数字の神もお喜びです」
​天井から舞い降りたのは、純白のスーツに身を包んだ男だった。手には計算尺と、細身のレイピア。帝都監査局の「執行部」を束ねる男、セバスチャン。ルカスが帝都にいた頃、唯一その計算速度で競い合った「実務の化け物」だ。
​「セバスチャン。……執行部の最高責任者が、わざわざ出迎えとは光栄だ」
「総裁からの伝言です。『リナ・エリュシオン』という資産を返還すれば、あなたのこれまでの不渡り(反逆)は、すべて帳消しにしましょう、と」

​2. 人間の価値を競う場
​セバスチャンが指を鳴らすと、周囲の壁がスライドし、そこが巨大な円形劇場のような空間であることが露わになった。
観客席には、ホログラムで投影された帝国の重鎮、貴族、そして大商人の姿がある。彼らは通貨暴落に怯え、新たな「価値」を求めてこの場に集ったのだ。
​「これより、緊急特別競売(オークション)を開始します」
セバスチャンの声が響く。
「出品物は、目の前にいる少女、リナ。彼女がもたらす『永久マナ徴収権』のシェアを、皆さんの残り全資産を賭けて競っていただく」
​「リナを……オークションにかけるだと!?」
ラットが激昂して飛び出そうとするが、カイトがそれを抑える。周囲には、すでに不可視の魔導結界が張り巡らされていた。
​「ルカス、お前なら分かるはずだ。今の帝国に、もはや『信用』など存在しない。あるのは『生存への渇望』だけだ。ここでは、数字こそが法だ」

​3. 絶望の入札(ビッド)
​ホログラムの観客たちが、次々と数字を打ち込んでいく。
画面に表示されるのは、天文学的な単位のMP(マジックポイント)。それは、彼らが支配する領土、民衆の命、そして未来の収穫のすべてを担保にした「絶望の入札」だった。
​「……現在の最高入札額は、北方領土の全徴税権を担保とした3,000兆MP。……他にありませんか?」
セバスチャンがルカスを嘲笑う。
「どうした、監査官。あなたも参加しますか? もっとも、着の身着のままのあなたに、入札できる『価値』があればの話ですが」
​リナが震えながら、ルカスの服を掴んだ。
「私……また、バラバラにされちゃうの?」
「……いいえ」
ルカスは眼鏡を直し、懐から一冊の、古びた黒い手帳を取り出した。それは彼が追放される際、密かに持ち出した「帝都中央銀行・創設時の秘密定款」だった。
​「セバスチャン。オークションのルールを忘れていませんか? 競売品に『先取特権(抵当権)』が付いている場合、入札は一時停止されるべきだ」

​4. 100年前の「隠し条項」
​「先取特権だと? 彼女は総裁が作り出した私物だぞ」
「いいえ、彼女の体内に流れるマナの起源を辿れば、それは100年前の『救済基金』に由来する。そしてその基金の出資者は、当時の民衆たちだ。彼らとの契約書にはこう記されている——『このマナの所有権は、1MPたりとも私物化を許さず、常に国民の信託(トラスト)の下に置くものとする』」
​ルカスは手帳の104ページを開き、壇上の魔導スキャナーへ叩きつけた。
「この契約には、一度も解除(クローズ)のサインがなされていない。つまり、総裁バルドスが彼女を競売にかける行為自体が、100年越しの『債務不履行』にあたる!」
​会場が騒然となった。ホログラムの貴族たちが顔色を変える。
「……そんな古い契約が、今のシステムで生きているはずが……」
「生きているんですよ、セバスチャン。あなたたちがシステムの効率化を優先して、古いサブプログラムを消さずに放置していたおかげでね」

​5. 監査官の「全額入札」
​ルカスは、呆然とするセバスチャンを見据えて言い放った。
​「私は今、この場で『国民の信託』の代理人として入札に参加する。……価格は、あなたたちがこれまで国民から不正に奪い、隠し持ってきた『全裏口座の残高』すべてだ!」
​ルカスが事前に仕込んでいたヴィーゼル村の汚染記録、エリュシオンのマネーロンダリングのログ、そしてジルの持つ内部告発データ。それらが一斉にオークション・システムへとアップロードされた。
​「——強制相殺(オフセット)! あなたたちの持つ偽りの入札額は、今、すべて被害者への賠償金として差し押さえられた!」
​モニターに表示されていた数千兆の数字が、凄まじい勢いで「0」へとカウントダウンしていく。
ホログラムの観客たちが悲鳴を上げて消えていく。彼らの資産が、法的に「存在しないもの」として抹消されたのだ。
​「……ハルフォード! 貴様、何ということを……!」
「私はただ、正しい帳簿を付け直しただけです。……さあ、リナを返してもらおうか」

​6. 実力行使(ハード・フォース)
​「……論理(ロジック)で勝てぬなら、物理(物理)で排除するまでだ」
セバスチャンがレイピアを抜いた。計算尺が魔導回路として起動し、彼の周囲に緻密な「戦闘演算」が展開される。
​「あなたの動きは、すべて確率統計の中にあります。私を倒す確率は、0.0001%以下だ」
閃光のような突きがルカスを襲う。
​しかし、その剣筋を止めたのは、カイトの黒い刃だった。
「悪いな。俺の動きは、あんたの教科書には載ってないぜ」
「……傭兵風情が! 貴様の筋肉の動きから次の挙動を——」
​その隙を突き、ラットが天井のダクトから特大のマナ中和爆弾を投下した。
「——今だ、リナ!」
ルカスの呼びかけに応じ、リナが両手を広げる。
「……返して。みんなの、大切なものを!」
​リナから放たれた波動が、オークション会場の全魔導具を無力化させた。セバスチャンのレイピアから光が消え、彼は呆然と膝をついた。

​7. 総裁への招待状
​崩壊する会場の中で、ルカスは床に落ちたセバスチャンの計算尺を拾い上げた。
​「セバスチャン。あなたの計算は美しかった。ですが、一つだけ見落としていた。……数字の重みを知らない人間に、数字を扱う資格はない」
​ルカスは通信機を拾い、その向こう側にいるであろう男に向けて言った。
​「バルドス総裁。……『聖域』のドアを開けておいてください。あなたの人生、これから精査(フル・オーディット)させていただきます」
​一行は、静まり返った廊下を進む。
その先にあるのは、帝国の真の心臓部。
そして、ルカス・ハルフォードが人生のすべてを賭けて挑む、最後の「決算」の場だった。

​次回予告:最終決戦へ
​ついに総裁バルドスと対峙するルカス。
巨大な魔導コンピュータと化した総裁が提示した「人類救済のシミュレーション」。
それは、ルカスの正義を根底から揺るがす、残酷な真実だった。
次回、第12話「最後の決算」。
「——あなたの正義は、世界を黒字にできますか?」
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