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壊れた心
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結局一睡もできなかった。
その代わり、体を自由に動かせるように、様々な動作を試していたので、だいぶ馴染んできたような気がする。
……こんな体に、馴染みたくはないけれど、魔王軍の幹部に手を貸されるようなことは、二度とされたくないから。
この体は、デリッサも言っていた通り、戦闘仕様になっている。軽く跳ぶだけでも、かなりの距離が出るし、その場にあった小さなオブジェを投げたら、壁に穴が空いてしまうほどの威力が出た。
「おはようカリアナ。よく眠れたみたいだね」
デリッサが、不気味に口角を上げながらやってきた。
朝からこいつの皮肉に答えるほど、私は優しい人間じゃない。
「こっちへ来なさい。楽しいことを用意したからね」
「行きません」
「ならば、僕の黒魔法で眠らせてやろう。……きっと、覚めない悪夢に襲われることになるけど」
「……」
肉体的な攻撃には、耐える自信があった。
……だけど、今の精神状態では、きっと、あの悪夢には耐えられない。
随分弱くなった。一度自ら、人生に別れを告げるほどに沈んだ心では、抵抗力など、皆無に等しい。
私は渋々、デリッサの後に付いて行った。
地下に降りていく。酷い匂いだ。生臭さと、カビ臭さが共存している。
壁に等間隔でドアが設置されていた。デリッサが足を止め、そのうちの一つをノックする。
そして、ゆっくりと開いた。
「……」
……一人の男が、椅子に手足を縛られている。
私たちが入って来たことに気が付くと、怒りに満ち溢れた眼を向けてきた。
「おはよう。元気かい?」
「……」
「彼は――。アークレオの兵だ」
デリッサが笑った。
「……悪趣味ですね」
「そうかい?」
「お前たち。殺すなら早く殺せ。俺は何があっても、国の機密を語ることはない」
「ははっ。真面目な兵だね。人間らしいよ。君もそう思うだろう?」
「……」
そういうことか。
デリッサは、私の目の前で、この兵に拷問を加えるつもりなんだ。
次の瞬間、兵に向かって、デリッサが思いっきり拳を振り下ろした。
「っ……!」
口から血を吐きながらも、目は怒りを帯びたままだった。
「どうだい。彼がこうして傷つくのを見て……」
次々に、兵に拳をぶつけていく。デリッサは真顔で、それが仕事であるかのように、淡々と兵の顔面をぐちゃぐちゃにしていった。
鼻が折れ、頬は腫れ、内出血の跡が痛々しい。
「やめなさい……!」
私は回復魔法を使い、兵を癒した。
兵が驚いたような顔をして、私を見上げる。
「あんた……」
「かっかっか。優しいなぁ君は。だけど、傷が治ったということは……。もう一度壊せるってことなんだよ?」
再び、デリッサが暴力を振るう。
彼の動きを直接止めれば、私は体の力を抜かれてしまうだろう。
だから、兵を回復させる以外に手段は無い。
だけど、何度回復させても同じことの繰り返し。
「もう、もういい。回復させるな。このまま殺してくれ!」
ついには、兵にそんな風にして叫ばれてしまった。
「……あそこに、鏡があるだろう?」
血の付いた拳を開き、部屋の隅を指差すデリッサ。
「それがどうかしましたか」
「自分の顔を見てみるといいよ」
私は、鏡の前に立った。
「へ……」
鏡の中の私は――。笑っていた。
どれだけ表情を変えようと思っても、動いてくれない。口角が上がったまま、目元は緩み……。涎が垂れていた。
「わかったかい。それが君の心だ」
「……あなたが、何かしたのでしょう?」
「そもそも、傷ついた兵を回復させ、また暴力を加える……。これは立派な拷問の一種だ。君は無意識のうちに、それをやってみせた。才能があるんじゃないか?」
デリッサが大声で笑った。そんなはずは……。
「兵を殺すも殺さないも、君次第だ。僕はこの辺りで失礼するよ」
ドアが閉まる音が、狭い部屋に響いた。
回復したばかりの兵が、私に怯えた眼を向けている。
「……頼むよ。殺してくれ。もう嫌なんだ」
「殺しなんてしません。ここで助けを待つんです。信じれば、きっと」
「助けなんか来るかよ!俺はこのまま、拷問漬けの毎日を送るんだ!だったら死んだ方がマシだろうが!」
「そのようなことを言ってはいけません!」
「っ!?」
えっ――。
気が付くと、私の手が……。兵の頬を、引っ叩いていた。
嘘だ。なんで?だって私は聖女――。
「……また俺を傷つけ、回復させるのか?この悪魔め!」
「ち、違います!これは」
「お前たち魔族は――。等しく裁かれるべきだ!」
『呪われた聖女に、神の裁きを!』
『お前なんて消えてしまえ!』
「……黙れ」
「は?」
「黙れ!」
一瞬の出来事だった。
兵の首が、床に転がっている。
自分でも、何をしたのかわからない。
ただ一つ、わかることは――。私が彼の命を奪った。ということ。
「ふ、ふふふ……?」
なんで私は、笑っているのだろうか。
とても悲しく、胸が苦しい。
聖女が人を殺めるなど……。
わけがわからなくなって、私は部屋を飛び出した。
その代わり、体を自由に動かせるように、様々な動作を試していたので、だいぶ馴染んできたような気がする。
……こんな体に、馴染みたくはないけれど、魔王軍の幹部に手を貸されるようなことは、二度とされたくないから。
この体は、デリッサも言っていた通り、戦闘仕様になっている。軽く跳ぶだけでも、かなりの距離が出るし、その場にあった小さなオブジェを投げたら、壁に穴が空いてしまうほどの威力が出た。
「おはようカリアナ。よく眠れたみたいだね」
デリッサが、不気味に口角を上げながらやってきた。
朝からこいつの皮肉に答えるほど、私は優しい人間じゃない。
「こっちへ来なさい。楽しいことを用意したからね」
「行きません」
「ならば、僕の黒魔法で眠らせてやろう。……きっと、覚めない悪夢に襲われることになるけど」
「……」
肉体的な攻撃には、耐える自信があった。
……だけど、今の精神状態では、きっと、あの悪夢には耐えられない。
随分弱くなった。一度自ら、人生に別れを告げるほどに沈んだ心では、抵抗力など、皆無に等しい。
私は渋々、デリッサの後に付いて行った。
地下に降りていく。酷い匂いだ。生臭さと、カビ臭さが共存している。
壁に等間隔でドアが設置されていた。デリッサが足を止め、そのうちの一つをノックする。
そして、ゆっくりと開いた。
「……」
……一人の男が、椅子に手足を縛られている。
私たちが入って来たことに気が付くと、怒りに満ち溢れた眼を向けてきた。
「おはよう。元気かい?」
「……」
「彼は――。アークレオの兵だ」
デリッサが笑った。
「……悪趣味ですね」
「そうかい?」
「お前たち。殺すなら早く殺せ。俺は何があっても、国の機密を語ることはない」
「ははっ。真面目な兵だね。人間らしいよ。君もそう思うだろう?」
「……」
そういうことか。
デリッサは、私の目の前で、この兵に拷問を加えるつもりなんだ。
次の瞬間、兵に向かって、デリッサが思いっきり拳を振り下ろした。
「っ……!」
口から血を吐きながらも、目は怒りを帯びたままだった。
「どうだい。彼がこうして傷つくのを見て……」
次々に、兵に拳をぶつけていく。デリッサは真顔で、それが仕事であるかのように、淡々と兵の顔面をぐちゃぐちゃにしていった。
鼻が折れ、頬は腫れ、内出血の跡が痛々しい。
「やめなさい……!」
私は回復魔法を使い、兵を癒した。
兵が驚いたような顔をして、私を見上げる。
「あんた……」
「かっかっか。優しいなぁ君は。だけど、傷が治ったということは……。もう一度壊せるってことなんだよ?」
再び、デリッサが暴力を振るう。
彼の動きを直接止めれば、私は体の力を抜かれてしまうだろう。
だから、兵を回復させる以外に手段は無い。
だけど、何度回復させても同じことの繰り返し。
「もう、もういい。回復させるな。このまま殺してくれ!」
ついには、兵にそんな風にして叫ばれてしまった。
「……あそこに、鏡があるだろう?」
血の付いた拳を開き、部屋の隅を指差すデリッサ。
「それがどうかしましたか」
「自分の顔を見てみるといいよ」
私は、鏡の前に立った。
「へ……」
鏡の中の私は――。笑っていた。
どれだけ表情を変えようと思っても、動いてくれない。口角が上がったまま、目元は緩み……。涎が垂れていた。
「わかったかい。それが君の心だ」
「……あなたが、何かしたのでしょう?」
「そもそも、傷ついた兵を回復させ、また暴力を加える……。これは立派な拷問の一種だ。君は無意識のうちに、それをやってみせた。才能があるんじゃないか?」
デリッサが大声で笑った。そんなはずは……。
「兵を殺すも殺さないも、君次第だ。僕はこの辺りで失礼するよ」
ドアが閉まる音が、狭い部屋に響いた。
回復したばかりの兵が、私に怯えた眼を向けている。
「……頼むよ。殺してくれ。もう嫌なんだ」
「殺しなんてしません。ここで助けを待つんです。信じれば、きっと」
「助けなんか来るかよ!俺はこのまま、拷問漬けの毎日を送るんだ!だったら死んだ方がマシだろうが!」
「そのようなことを言ってはいけません!」
「っ!?」
えっ――。
気が付くと、私の手が……。兵の頬を、引っ叩いていた。
嘘だ。なんで?だって私は聖女――。
「……また俺を傷つけ、回復させるのか?この悪魔め!」
「ち、違います!これは」
「お前たち魔族は――。等しく裁かれるべきだ!」
『呪われた聖女に、神の裁きを!』
『お前なんて消えてしまえ!』
「……黙れ」
「は?」
「黙れ!」
一瞬の出来事だった。
兵の首が、床に転がっている。
自分でも、何をしたのかわからない。
ただ一つ、わかることは――。私が彼の命を奪った。ということ。
「ふ、ふふふ……?」
なんで私は、笑っているのだろうか。
とても悲しく、胸が苦しい。
聖女が人を殺めるなど……。
わけがわからなくなって、私は部屋を飛び出した。
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