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優しい少女
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ライロットが乗せられた船は、豪華客船だった。
幸い、花屋の主人の妻がプレゼントしてくれた、余所行きの服を着ていたので、自然に紛れることができたが、個室から出るようなことはしなかった。
サンバスタのことは、良く知らないライロットだったが、観光地であるという情報だけは持っていた。
だからわざわざ、各地を回っている最中であるらしい、この豪華客船も、サンバスタに向かうのだろう。
……ここまで豪華な追放も、珍しいのではないだろうか。
人生初の豪華客船を、ここで体験するとは、夢にも思っていなかった。
窓の外の波を見つめながら、ライロットは、これまでの人生を、思い返している。
エージャリオンの辺境の村で生まれ、両親を亡くし、孤児院に引き取られたのが、五歳のころ。
そこから十二歳まで、孤児院で暮らした後、王都で労働者不足が発生し、ライロットもそこへ派遣されることになった。
てっきり、王都の工場や、ゴミ処理場で働かされると思っていたライロットだったが……。その道中、運良く自分を見つけてくれた、王都の中心地で花屋を営んでいる主人に引き取られ、そこで働くことになった。
そして、今日……。
令嬢の大嘘により、追放されることに。
花屋の主人たちとは、泣きながら別れた。あと少しで、二十二歳の誕生日だったので、お祝いのパーティを開いてくれる予定だったのだ。
店の常連の人々も、みんな悲しんでいた。中でも、ユレイナのメイドのシブリエは、自分に良くしてくれていたので、涙を流しながら、別れを惜しんでくれた。
「ついてないなぁ……」
自分しかいない部屋で、ライロットは呟いた。
しかし、ある種、納得したような気持ちも、ライロットの中にはあった。
――自分みたいな村娘が、あんな華やかな王都にいるのは、令嬢の言う通り、ふさわしくないだろう。
サンバスタという、小さな島くらいが、ちょうどいいはずだ。
そう思いながら、海の青さを、瞳に映していた。
「ヘイサル……」
知らぬ間に、そう呟いていた自分に、ライロットは驚いた。
これではいけない。彼への想いは、とっくに捨て去ったはずだったのに。
……せめて、挨拶だけでもと思ったが、叶わなかった。
だけど、それくらいの方がいいだろう。
今や彼は、王子なのだから。
あの街にいたところで、どっちみち、結ばれる可能性は無い。
だったらいっそ、離れてしまえた方が……。
――孤児院で、一緒に過ごした日々など、もうそろそろ忘れなければいけない。
☆ ☆ ☆
「よ~こそサンバスタへ!」
船を降りてすぐ、元気な声が聞こえた。
背の低い、可愛らしい女の子が、大きく手を振りながら、乗客を誘導している。
ライロットは、たった一人、その列から逸れようとした。
「あ~ちょっとちょっと! こっちですよ! お姉さん! こっち!」
そんな風に、声をかけられたが、ライロットは無視をして、早足で歩いて行った。
「ちょっとってば!」
しかし、追いかけてきた女の子に、腕を掴まれ、引き留められてしまった。
「どうしたんですか? 船酔いですか? でしたらあっちのトイレで――」
「違うの。私は大丈夫だから」
「……お姉さん、すごく綺麗な目をしてますね」
「……え?」
そのセリフは……。
……かつて、花屋の主人が、自分を拾ってくれた時に、かけてくれた言葉だった。
それを思い出し、ライロットは、思わず涙を流してしまった。
「あわわ! 嘘、泣いちゃった! ちょっとサムレフちゃん! 私、この人を休憩所に案内するから! お客様の誘導、任せてもいいですか!?」
どれだけ拭いても、涙が止まらない。
街で別れを告げた時、もう全ての涙を流し尽くしてしまったはずなのに。
「大丈夫ですよ。泣かないでください。ほら、こっちへ」
女の子に誘導されながら、ライロットは、休憩所のようなところへ連れて行かれた。
椅子に座り、背中を撫でられ続けている間に……。ようやく、涙が収まってきた。
「ほら、この島の特産品である、命の茶ですよ」
「命の……?」
女の子が差し出してくれた茶を、ライロットは一口飲んだ。
ほんのり甘い、だけど渋みもある……。不思議な味だ。
なんとなく、体があったまるような感覚があった。
「それを飲めば、心が安らぐんです。ね? 落ち着いてきたでしょ?」
「……うん。ありがとう」
「私はクリム。クリム・エバリオットです! この島の、観光ガイドを担当してます! あなたは?」
「私は、ライロット」
「ライロットさん……。ようこそ! サンバスタへ!」
クリムの明るさに、思わずライロットは、笑ってしまった。
「ありがとう。もう大丈夫だから。あなたは仕事に戻って?」
「いえいえ。仕事は、後輩のサムレフちゃんに任せるとして……。今の私がするべきことは、あなたの事情を聞くことだと思います」
「え……?」
「島を訪れた人は、みんな家族なんです。家族が泣いている時に、一人にするわけにはいきませんから」
……どうしても、花屋の主人を思い出してしまう。
また涙が出そうになったが、今度は堪えることができた。
この、命の茶のおかげかもしれない。
幸い、花屋の主人の妻がプレゼントしてくれた、余所行きの服を着ていたので、自然に紛れることができたが、個室から出るようなことはしなかった。
サンバスタのことは、良く知らないライロットだったが、観光地であるという情報だけは持っていた。
だからわざわざ、各地を回っている最中であるらしい、この豪華客船も、サンバスタに向かうのだろう。
……ここまで豪華な追放も、珍しいのではないだろうか。
人生初の豪華客船を、ここで体験するとは、夢にも思っていなかった。
窓の外の波を見つめながら、ライロットは、これまでの人生を、思い返している。
エージャリオンの辺境の村で生まれ、両親を亡くし、孤児院に引き取られたのが、五歳のころ。
そこから十二歳まで、孤児院で暮らした後、王都で労働者不足が発生し、ライロットもそこへ派遣されることになった。
てっきり、王都の工場や、ゴミ処理場で働かされると思っていたライロットだったが……。その道中、運良く自分を見つけてくれた、王都の中心地で花屋を営んでいる主人に引き取られ、そこで働くことになった。
そして、今日……。
令嬢の大嘘により、追放されることに。
花屋の主人たちとは、泣きながら別れた。あと少しで、二十二歳の誕生日だったので、お祝いのパーティを開いてくれる予定だったのだ。
店の常連の人々も、みんな悲しんでいた。中でも、ユレイナのメイドのシブリエは、自分に良くしてくれていたので、涙を流しながら、別れを惜しんでくれた。
「ついてないなぁ……」
自分しかいない部屋で、ライロットは呟いた。
しかし、ある種、納得したような気持ちも、ライロットの中にはあった。
――自分みたいな村娘が、あんな華やかな王都にいるのは、令嬢の言う通り、ふさわしくないだろう。
サンバスタという、小さな島くらいが、ちょうどいいはずだ。
そう思いながら、海の青さを、瞳に映していた。
「ヘイサル……」
知らぬ間に、そう呟いていた自分に、ライロットは驚いた。
これではいけない。彼への想いは、とっくに捨て去ったはずだったのに。
……せめて、挨拶だけでもと思ったが、叶わなかった。
だけど、それくらいの方がいいだろう。
今や彼は、王子なのだから。
あの街にいたところで、どっちみち、結ばれる可能性は無い。
だったらいっそ、離れてしまえた方が……。
――孤児院で、一緒に過ごした日々など、もうそろそろ忘れなければいけない。
☆ ☆ ☆
「よ~こそサンバスタへ!」
船を降りてすぐ、元気な声が聞こえた。
背の低い、可愛らしい女の子が、大きく手を振りながら、乗客を誘導している。
ライロットは、たった一人、その列から逸れようとした。
「あ~ちょっとちょっと! こっちですよ! お姉さん! こっち!」
そんな風に、声をかけられたが、ライロットは無視をして、早足で歩いて行った。
「ちょっとってば!」
しかし、追いかけてきた女の子に、腕を掴まれ、引き留められてしまった。
「どうしたんですか? 船酔いですか? でしたらあっちのトイレで――」
「違うの。私は大丈夫だから」
「……お姉さん、すごく綺麗な目をしてますね」
「……え?」
そのセリフは……。
……かつて、花屋の主人が、自分を拾ってくれた時に、かけてくれた言葉だった。
それを思い出し、ライロットは、思わず涙を流してしまった。
「あわわ! 嘘、泣いちゃった! ちょっとサムレフちゃん! 私、この人を休憩所に案内するから! お客様の誘導、任せてもいいですか!?」
どれだけ拭いても、涙が止まらない。
街で別れを告げた時、もう全ての涙を流し尽くしてしまったはずなのに。
「大丈夫ですよ。泣かないでください。ほら、こっちへ」
女の子に誘導されながら、ライロットは、休憩所のようなところへ連れて行かれた。
椅子に座り、背中を撫でられ続けている間に……。ようやく、涙が収まってきた。
「ほら、この島の特産品である、命の茶ですよ」
「命の……?」
女の子が差し出してくれた茶を、ライロットは一口飲んだ。
ほんのり甘い、だけど渋みもある……。不思議な味だ。
なんとなく、体があったまるような感覚があった。
「それを飲めば、心が安らぐんです。ね? 落ち着いてきたでしょ?」
「……うん。ありがとう」
「私はクリム。クリム・エバリオットです! この島の、観光ガイドを担当してます! あなたは?」
「私は、ライロット」
「ライロットさん……。ようこそ! サンバスタへ!」
クリムの明るさに、思わずライロットは、笑ってしまった。
「ありがとう。もう大丈夫だから。あなたは仕事に戻って?」
「いえいえ。仕事は、後輩のサムレフちゃんに任せるとして……。今の私がするべきことは、あなたの事情を聞くことだと思います」
「え……?」
「島を訪れた人は、みんな家族なんです。家族が泣いている時に、一人にするわけにはいきませんから」
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この、命の茶のおかげかもしれない。
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