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第九話

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 今日は定休日、私は久しぶりにマルサさんが働いている食事処へと足を運んだ。

 「いらっしゃい!あれ、サチコじゃないか。元気にしてるかい?」
 「マルサさん、こんにちは。お陰様で元気にしています」
 「こんなところで立ち話もなんだからこっちにおいで。食べていくだろう?」

 今日ははティラのレモンバター焼きと、クスクスのサラダを頼んだ。宿屋に滞在中、ここで食事を食べていたけれど、どれも美味しかったのをよく覚えている。

 「はい、お待ちどうさま。これ、マンゴルのプリン、店からのサービス。子供の分までしっかり食べて、元気な子を産むんだよ!」
 「うわぁ、美味しそう!ありがとうございます、いただきます!」

 いつも元気なマルサさんを見ていると、母のことを思い出す。

 ーーもしここにお母さんがいてくれたら、きっと心強かったんだろうな…………。

 「ん~、どれも美味しい!」
 「そりゃそうだよ、なんたって主人が作っているんだから」

 最初に会ったきりすっかり見かけないと思ったら、受付にいたご主人はシェフだったようだ。話を聞けば、この旅館は夫婦二人で切り盛りしているらしい。

 「いずれはうちの息子が後を継ぐ予定なんだけど、なかなか嫁の見つかり手がなくてさ。だからまだまだ引退はできそうにないさ」
 「あ、そうだった!あの、伺いたい事があるんですが、この辺りに赤ちゃんの物を売っているお店をご存知ですか?」
 「ああ、それなら知ってるよ。何でも屋みたいな所があるんだよ。そこに行けば大体のものは揃えられる」

 リサイクルショップみたいな所だろうか。この世界では布や紙などの資源は高価な物のようだった。だから屋敷にいた時のように新しい品を手に入れることは今後難しいだろう。私は店の場所を教えてもらうと、このあと立ち寄ることにした。

 「ご馳走様でした。とても美味しかったです!」
 「それは良かった。またおいでね」

 さて、お腹いっぱい食べたら今度は運動だ。妊娠中だからって食べて寝る生活をしていたら、ぶくぶく太って大変なことになってしまう。私は大きくなったお腹をさすって歩き始めた。


 教えてもらった場所まで行くと、いろんな店が立ち並ぶ商店街の一角に目当てのお店があった。いろんなグッズが店先にまで出されて売られている。私は早速、入用なものを物色し始めた。

 「あ、ベビーベッドがある!うわぁ、かわいいなぁ。吊るす玩具まで付いてるんだ。こっちのこれは何だろう……」
 「赤ん坊のものをお探しかい?」

 お年寄りのお爺さんが店から出てきて声をかけられた。ニコニコ目尻のシワが人柄を表している。

 「はい。あと一月ほどで生まれるので、今のうちに揃えておこうと思いまして。恥ずかしながらまだ何も用意できていないんです」
 「なるほどなるほど。初めての子供じゃといろいろ必要になるじゃろうて。店の中にもあるから、好きなだけ見ておゆきなさい」

 私はお礼を言うとお爺さんに付いて中に入った。
 店中にはキッチン用品から寝具、はたまた衣服や靴、色鮮やかな模様が描かれた絨毯まで、いろんなものが置かれてあった。中には少しくたびれた物もあったので、予想通りリサイクルショップなのだろう。値札を見ると、どれもリーズナブルな物ばかりで嬉しくなってしまった。

 赤ちゃん用品も揃っていて、いろいろなものが置かれてあった。私はとりあえず布おむつとおくるみ、新生児用の衣服と肌着を買った。まだまだ必要な物はあったけれど、持ちきれないのでまた次回購入することにする。

 「毎度あり。またおいで」
 「はい、また来ますね!」

 私は購入した品をよいしょと持って家路へと向かった。
 てくてく歩いていると、向こうからトーマさんがやって来るのが見えた。あ、トーマさん!と思っていると、こちらに気づいた彼が駆け寄ってきた。

 「何をしてるんだ!」

 彼にしては珍しく焦っているようだった。

 「何って、買い物ですけど……そろそろ臨月に入るから、赤ちゃんの物を揃えようと思って」
 「だったら俺に一言言えばいいだろう!」
 「す、すみませんっ!」

 咄嗟に謝ってしまったけれど、私どうして怒られているんだろう?頭の中がクエスチョンマークだらけになっていると、トーマさんは私の手から荷物を取ってスタスタと歩き出した。

 「え、ちょっと待ってください!それ私の荷物……」
 「妊婦がこんな重い物を持つんじゃない。何かあったらどうするんだ。さっさと帰るぞ」

 どうやら彼は妊婦が重いものを持つなと言いたかったようだ。ただでさえ普段からむすっとした人なのに、あんな風に言われたらビックリしちゃうじゃないか。けれど彼の気遣いが嬉しくて、ついニヤけてしまう。

 「それで、全部揃ったのか」
 「赤ちゃんの物ですか?いえ、まだベッドが買えてなくて」
 「……必要ない」

 いやいや、まさか床に直接寝かせるわけにもいかないし必要だと思いますよ。
 並んで歩く彼を見上げると、視線に気付いたのか咳払いをしてチラリとこちらを見下ろした。あれ、耳が赤い。

 「うちにある」
 「え?」
 「ベッド」

 ベッドってベビーベッド!?なぜそんなものが彼の家に?もしかして……

 「作ってくださったんですか?」
 「ああ」

 以前から手先が器用な人だとは思っていた。私のために椅子を作ってくれたことがあったし、この間は外の看板を自分で直していた。でもまさかベッドまで作ってしまうとは。すごいなぁと思いつつ、そんな彼の思いやりがとても嬉しかった。

 「見ていくか?」
 「はい!ぜひお願いします!」

 というわけで、急遽私は彼の家にお邪魔することになった。


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