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第二話
しおりを挟む翌日、目を覚ますと、自宅のベッドではなくソファの上で眠っていた。お陰で体はバキバキだ。もしかしてとは思ったけど、これが世に言う異世界転移なのね……まさか自分の身に降りかかるとは一ミリも思わなかったわ。
もしかして元の世界には戻れないのかなぁ。別に未練はないけどさ。いつまでもウジウジしているわけにはいかないし、まずはこの世界を知ることから始めよう。私は老夫婦にお礼を言うと、彼らの家を後にして町の中心部へと向かった。
大通りは朝の市場で賑わっていた。白いテントがずらりと並ぶお店には、食べ物や飲み物、雑貨や置き物などいろんな物が売られている。そこで私はある疑問に辿り着いた。道端で拾った謎のコインだ。もしかしたらこの世界の通貨なのではないか。迷っていても何も始まらない。私は一か八かの賭けに出た。
「すみません、これひとつください」
「はいよ、プルンカね。銅貨三枚だよ」
私は麻袋から赤銅色のコインを三枚出して渡した。すると売り手の男は笑顔で受け取って、丸い紫色の果物をくれた。
……やっぱりこの世界のお金だったんだ。
もしかしてとは思ったけれど確証が持てなかった。でもまさか本当に通過だったとは驚きだ。私は麻袋を鞄にしまうと、買ったばかりの果物を手に近くにあったベンチに腰掛けて一口かじった。
「……美味しい」
拳大のつるんとした果物はプルーンによく似た味がした。私は中心にあった種を残して全部食べると、種をティッシュに包んで鞄にしまった。
麻袋を入れた鞄はパンパンでとにかく重い。それでも金貨や銀貨が入った袋を公衆で堂々と持つわけにもいかず、鞄に入れて持つことにした。多くの人が行き交う大通りは、一見治安が良さそうに見える。けれど、だからといって気を許すにはあまりにもこの世界を知らなすぎた。
「さてと。コインがお金だと分かったことだし、次は宿屋かな」
私は立ち上がると、再び歩き出した。幸いにも言葉は通じるみたいだから意思疎通に問題はない。見たところ商品名が書かれた札も読めた。唯一、通貨の価値が分からないけれど、そのうち知る機会があるだろう。とにかく今は寝られるところを探さねば。
方向感覚を覚えるため、私は太陽を右手に通りを歩いた。途中、喉が渇いたので飲み物を買って飲む。レミンジュースという飲み物はレモンジュースにそっくりな味だった。名称も似ているから覚えやすい。
飲み物を片手に周囲を観察する。やっぱり大人も子供もみんな褐色の肌に明るい目と髪色で、しかも彫りの深い顔立ちをしていた。昨日お婆さんから譲ってもらったマントがなければ、異色を放つ私の存在はかなり目立っていただろう。
そんな時、目深に被ったフード越しに宿屋と思われる木造の建物を見つけた。開かれた扉越しに中を覗くと、一階は食堂になっていて、二階が宿泊スペースになっているようだった。
「いらっしゃい。好きな所に座ってくれ。それとも宿泊かい?それなら一泊小銀貨五枚、長期滞在なら十日で大銀貨四枚だ」
「え~と、それじゃあ十日間宿泊でお願いします」
カウンターの男に大きい方の銀貨を四枚渡すと、部屋の鍵を貰って二階へと続く階段を上った。充てがわれた部屋は、シングルサイズのベッドがひとつ壁側にあり、部屋の中央には丸テーブルと椅子が二脚置かれていた。別室へと続くドアを開けるとそこは浴室になっていた。見たところトイレは水洗で、バスタブには蛇口が取り付けられていてホッとした。
「それじゃあ、数えますか」
まずはこのコインをどうにかしなければ。私は麻袋をひっくり返してコインをテーブルの上にジャラジャラと出した。こうして見るとかなりの金額と思われる。
「えっと、銅貨が三十七枚。この小さいのが小銀貨……が四十五枚。大銀貨が五十六枚、小金貨が六十枚に大金貨が七十枚!!」
こんなに入っていれば重たいわけだ。しかも大金貨って一体いくらになるんだろう。確かプルンカというフルーツが銅貨三枚だった。それが三百円と換算して、宿泊料が一泊小銀貨五枚。それが五千円くらい?だとすると大銀貨が一万円、小金貨が十万円で大金貨が……ひゃ、百万!?」
百万円の大金貨が七十枚ということは、円にすると七千万になる。ひえぇ~、私ったらとんでもない大金を持ち歩いていたんだ!とりあえず、私は適当な金額を鞄に入れて、残りを麻袋に戻してベッドの下に隠した。
そして次は入浴だ。昨日お世話になったお爺さんとお婆さんの家には風呂がなかったため、二日間お風呂に入れていない。バスタブに備え付けられた蛇口を見ると、右側に青い石、左側には赤い石が嵌め込まれていた。取手を右に回すと水が、左に回すとお湯が出る仕組みらしい。私は湯加減を調節して湯を溜めると、服を脱いでバスタブの中にダイブした。
「あ~、気持ちい~」
置かれてあった石鹸でくまなく全身を洗った。肩甲骨あたりまであるロングの髪も洗ったら、キシキシになってしまったけれど仕方がない。と思っていたら香油を見つけた。蓋を開けて鼻を近づけると柑橘系の優しい香りがした。早速、少量を手のひらに乗せて馴染ませるように髪に付けていく。すると髪はツヤツヤになっていくではないか。
「うわぁ、凄い。これ顔にも塗れるかな」
アメニティを一切持っていなかったので、ほんの少しだけ手につけてマッサージする感じで塗っていく。うん、いい感じ。
お風呂に入ってスッキリしたのはいいけれど、着替えがないことに今更ながら気がつく。仕方がないので同じ服を着るしかない。それでもせめて下着だけは洗いたい。幸いにも着ていたのが黒地のパンツスーツなので、ノーブラ・ノーパンでもバレることはないだろう。それにこの上からすっぽりマントを着るんだから大丈夫、のはず。
私は石鹸を使って下着類を手洗いし、吊るすところが見当たらなかったので椅子の背もたれに引っ掛けた。あ~、下着を着けていないと変な感じがする。早く買い物に行かなくちゃ。
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