おさかなごはん

七山月子

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ハンバーグに涙

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ランプのシェードを買いに出かけると秋の木の葉が空っ風に乗っかって私の赤いマフラーもなびかせる。

銀杏並木は幼少期におばあちゃんとおじいちゃんと歩いたいつかの通り、何も変わらない田舎を感じさせる。駅にたどり着けば、なんだか見覚えのある姿が、ふとこちらを振り向いて、小さく手を振ってくれた。
「ルイ! 久しぶり」
「ナツキ、奇遇だね。今朝は突然、ごめんね」
「いいの、ルイが来てくれるなら毎日美味しくなるし、大歓迎だよ!」
ナツキは、数年前に漫画雑誌でデビューした少女漫画家だ。
デビューして直後に、私に電話をかけてきたかと思えば、「お金をもらってくれないか」という相談をしてきた。
理由を聞けば、400万なんて大金は、どう使えばいいのかわからないし、あってもなんだか怖い、と。一風変わったナツキのその400万は、ほどなくしておばあちゃんの家を買うお金になったのだ。
「メシスタントなんて図々しいかなと思ったんだけど、何も他に出来ないからさ。漫画についてはさっぱりわからないし、、」
「いいって、ルイの手料理食べられるなんて幸せだよ、、もうご飯にマヨネーズなんて飽きてたし、、」
よっぽどひどい食事をしているらしく、潤んだ瞳で私を見上げ、「ね、今夜はハンバーグがいい」とよだれでも出そうな顔でそう言うものだから、つい笑ってしまった。
「でも、材料費だけでいいの? お給料少しだったら出せるんだよ?」
「いいよ充分。食べなきゃ始まらないからね。あとの必要なお金は、他で仕事を見つける」
さすがに家庭料理程度の腕で、お金をしかも親友からとるのには気がひけた。私はひとつ背伸びをして、電車の電気くさい風にからまる髪をおさえた。
やけに空間を空けて座るくせのある田舎の電車は、聞きなれない方言交じりの声が飛び交って、東京育ちの私には少しだけ疎外感をくれる。
「おばあちゃん、もういないんだよね」
ナツキは隣に座り、そうつぶやいて、目を細めた。
18の頃、田舎に住みたいと言って、東京を出て、私のススメでおばあちゃんのいるこの町に、アパートを借りて住み始めたナツキは、私の知らないところで、きっとおばあちゃんの卵焼きを、食べていたにちがいない。
「そういえば、、今日の昼ごろにね。立川ユウヒっていう男の人が、ウチに来たんだよ」
事の顛末を話すと、ナツキは、頷きながら何かを知っているような顔で聞いていた。
「そう、ユウヒくんが。あたし、あの人苦手なんだよねえ、、」
最後にため息をつくナツキの横顔を見つめていると、「あの人、あたしに以前、こう言ったの。食べ方が汚いねって、笑いながらね!」
と、太ももをグウの手で叩き、ユウヒさんを非難するが、彼女の食べ方を知っている私としては、なんとも言えなかった。
「箸なんて、持てればいいじゃない!?」
ナツキは、箸の持ち方とペンの持ち方が異様に個性的なのだった。絵はうまくいくのに、お皿の上は綺麗にならないことは、常々不思議である。
ナツキと別れ、お目当ての雑貨屋へたどり着く。
老婆が奥の座敷に小さく腰を降ろし、お茶をすすっているその店は、広い土間にアンティークの什器がしつらえてあり、大ぶりのステンドグラスの照明でその空間を照らしていた。
土壁が見えぬくらい背の高い書棚には、古めかしい本の海が時間を止めている。
クラシックの波がひいては押し寄せ、冷えた指先や耳に届いていく。
ガラス細工の小さなシェードが煌めいて、きっと部屋の影を美しく照らしてくれるだろうと思った。
老婆は背を丸めながら、こちらに向かっていささか大きめの声で「お嬢ちゃん、見ない顔やね。ちょいとこっちおいで」と訛りの強いイントネーションで言った。
私が座敷へ向かえば、炬燵のぬくもりが肌を覆った。
「ああそう、雛川さんとこのお孫さんか。そうけ、あのおばちゃんも長いこと生きて、こんな綺麗なお孫さんも出来て、えろう幸せやったやろねぇ。ま、ま、それにしてもこんな何もない田舎によう来たねえ、あんた、、」
「何もないところなんて、ないですよ。ひとまず、可愛らしいシェードも、あることですし」
私がそういえば、老婆は照れ臭そうに笑って、お茶をすすり、「これ食べ」と、飴玉をくれた。

シェードが少し重い帰り道、銀杏の葉がさっきよりも強い風に吹かれて、だけど飴玉のイチゴ味で、潤っていた。
夕刻、家にたどり着くと、ミルクが玄関先でひっくり返って出迎えてくれる。
まだ慣れぬこの家に、私はつぶやく。
「ただいま」

スーパーへの道をスマートフォンで調べてみたものの、ほとんど建物の名前が書かれていない地図に四苦八苦しながら、なんとかたどり着けば、オーミルというマイナーなスーパーがでかでかと建っていた。
だだっ広い駐車場を通り抜け、入り口にあるカゴを手に、野菜売り場からジャガイモとニンジンを入れる。
「ただのハンバーグじゃあつまらないものね。デミたまかな~?チーズものっけちゃおう」
合挽き肉を品定めして、レジへ向かう。
ビニール袋に卵のパックを詰めながら、ふと思い出す。
確か、なにか混ぜて焼いていたと。
おばあちゃんの卵焼きには、何かが入っていた。

ナツキの家は田んぼに挟まれたぼろアパートの二階で、専用階段を上って、隙間風で寒そうな薄いドアにノックを三回鳴らすと、着膨れしたナツキが墨のついた手で私を招く。
「やはー、寒いね今日は」
赤々と焚かれたストーブではまかなえない寒さの今夜、狭い台所に立つと、シンクの汚れが気になってくる。
亀の子たわしでこすっても、なかなか落ちないその汚れのおかげで、「ねえ、まだ?」ナツキのしょぼくれた声を聞くことになってしまう。
ひき肉をこね、フライパンを温め、油をしいて、焼き始めてから少し経った頃には、部屋中が暖かくなっていた。ナツキのどてらも机の下に投げ散らかしてあって、なんだか懐かしい気分になる。
ニンジンを砂糖で煮て、芋を蒸して焼けば、出来上がった。

目玉焼きを乗せたハンバーグを、小さなテーブルに並べると、ナツキは、黙りこくった。
打ち震えんばかりの肩に戸惑って、何か間違えただろうか、と不安に身をすくめると、ナツキの拳の上に、涙が落ちた。
「家庭料理だ、、」
マヨネーズご飯ばかりの毎日がよっぽど辛かったらしく、彼女は私のハンバーグを、飢えた猫のように唸りながら食いついた。
うみゃあ、うみゃあ、うまい、ああ、うまい、うまい、ああうまい、うみゃあ、うみゃあ。
犬食いが常のナツキだが、この時ばかりは犬よりも酷い食べ散らかし方だった。
しかしなんともいえぬ、喜びはそこに、感じられた。

家に帰ってから、ミルクに温めた猫缶をやると、私はなんとなく、外に出かけたくなった。
















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