おさかなごはん

七山月子

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もやもや

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田舎の夜道は、まさに真っ暗闇で、一寸先は漆黒の闇だ。
コンビニが確か、すぐそばにあったはずだと思い出し、目を瞑っては開き、人気のない鈴虫の音が響く夜のあぜ道に慣れようとした。
一歩ずつ歩いていくと、私の足音も鈴虫にかき消され、自分の存在が無になったようで、右手で左手をつかんで、確かめるように触った。
雲がかぶっていた月も朧げながら光をそっと放ち出し、それは強く強く上に伸びようとした麒麟草を優しく照らした。
突然、背中に物があたって、声も出ずに後ろを振り返ると、「危ないよ、こんな時間に女の子が」フードを深くかぶったユウヒがたっていた。
スケッチブックを抱えていた彼のわきに目をやって、
「絵を描きに?」と訊くと、「まあ、ね」と少しスケッチブックを隠すようにずらした。
「ユウヒさん、覚えていませんか? おばあちゃんの卵焼き、中に何が入っていたか」
揺れる朧げな月は、少し卵焼きのように見える。
ユウヒは「答えるから、家へ帰ろう。送るからさ」と言って、家の方向を指差した。

二人してならんで歩けば、ユウヒの背丈が思いの外大きなことに気づいて、少しだけ、胸がつままれた気分になった。
ユウヒは玄関の明かりの下で、「気をつけてよね」と手を振った。
「すこしお茶を飲んで行きませんか」
私の言葉に頭をかいて、なんだか睨むような顔のユウヒは、「俺、一応、男なんだけど」とのぞきこむように私を見やり、扉を閉めてしまった。

ミルクが足元で眠っている。寝息が聞こえる中で、窓の外からもがり笛が薄っすら鳴っている。
私は恋愛をあまりにしたことがなかった。

学生の頃は、引っ込み思案がひどくて、ナツキたち以外には心が開けずにいた。
クラスの男子は、私に興味を持たず、もっと派手で美しい女の子の周りにいたし、私は自信がなかった。
成人して、初めて彼氏が出来た時に、彼の腕が私を優しく触ることへの感動を知った。
だけど、数ヶ月も経たないうちにその腕は私に触れることもなく、自然消滅してしまった。
ある日ぐうぜん見かけた彼の腕には、他の女の子が触れていたのだった。
それ以来、私は恋人がいない。
そんなことをつらつらと思い出して、なんでだかユウヒの腕は誰かを優しく抱いているのだろうか、なんて思っていたまま、眠ってしまった。
胸の中に、やけに焦燥しきった苦い想いが残ったまま、朝を迎える。 

「おはようミルク」
ミルクの尻尾が揺れて、餌を食べているのを見ながら、どうにか仕事を探そう、とまずは背伸びをした。
朝日は緩く差し込んでいて、買ったばかりのシェードランプの光は部屋の隅まで照らしてくれた。
昨晩、ハンバーグと一緒に作って行ったフレンチトーストをきっとナツキは食べていることだろう。
自分のために染み込ませておいた分を、フライパンに乗せて焼くと、甘い香りが台所に充満した。
スマートフォンで、アルバイト情報サイトを見ていても、なんだかいい匂いのする仕事はなくて、「どうせなら人と接するお仕事がいい。この町の人たちと」という思いが浮上した。

服を着替えて、リュックを背負い、外に出る。
ミルクも外に出て行きたがったので、小窓だけ開けて鍵を閉めた。
もうお店はほとんど開いている時間帯だ。
求人の張り紙がないか一軒ずつ見て回ろう。
駅へ向かう途中、廃れたようなBARが目に入った。
シャッターをちょうど閉めるところで、綺麗なドレスに身を包んだ女性が、誰かに手を振っていた。
その先をなんとはなしにみれば、微笑んでいるユウヒだったもので、驚いた。
気づかれたくなくて、早足で通り過ぎれば、ユウヒの姿は向こう側の道を曲がっていた。
【俺、一応、男なんだけど】
そうだよね。
なんだか胸がムカついて、足元にあった空き缶を蹴り上げると、コカ・コーラの赤い影はアスファルトに甲高く音を響かせて落ちていった。






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