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【四十七話】確率は二つに一つ
しおりを挟む次の瞬間ローストビーフは弾き飛ばされ、口の中に指を突っ込まれた。
オエー。
吐くと言うよりは、食べた物を力尽くで握り取られた感じです。
オエーー。
マジでオェーときた。
食べる気なんかサラサラなかったので、少し口の中に含んだだけで、いつでも吹き出せるよう準備万端だったのですが。
想定外に指が入って来たので……。
オェー。
更に無理矢理水を口の中に含まされて、またオェー。
何度も何度も吐かされる。
苦し過ぎる……。
むしろ虐めですか?
そうなんですか!
私は降りてきた全身黒装束の人物を睨み付けた。
敵は沈着冷静な感じで、涼しげな目をしてますけどね。
めちゃくちゃスルーされた感じ。
全身黒く、黒い頭巾で目元以外は全て覆われている。
私よりは大きいが、男性としては小柄だろう。
身軽で相当の身体能力だと思う。
服が黒ならその容姿も黒そのものだった。
黒髪黒眼をしている。
肌だけが僅かに白い。
「ちょっと待って! パンなんて一口も飲み込んでないから、そんなに水を飲ませないで」
私は悲痛の叫びを上げた。
もう、パンなんて口の中に一片も残っていない。
「ゴミみたいな茶番をしやがって、このゴミ令嬢がっ」
えーっ。
一応、ご主人様の婚約者なのに、なんて言われよう?
「そんなゴミゴミ言わないでよ。本当にゴミ以下の令嬢になってしまうじゃない」
「実際、ゴミ以下だろうが!」
初対面の影がご立腹です。
ちっ。ゴミ以下は言い過ぎよ。
ゴミよりはマシなんだからね。
本当よ?
疑いの目で見ないでね?
落ち着いて見てみれば、辺りは結構な惨状で、私と影さんは、しくしくとその惨状を片付ける羽目になるのだった。
わたし、公爵令嬢だし、生まれた時から恵まれた生活をしているから、自分で掃除をするのなんて初めてです。
でも、わざわざメイドを呼ぶと、影さんは姿を消してしまうのだろうし、何か流れで二人で掃除をしています?
しかし、前世は庶民中の庶民だったので、掃除は日常。
侮るんじゃないわよ?
庶民スキル高いんだから。
令嬢の割りには、掃除が上手過ぎて、驚くがいい。
鼻息を荒くして影さんをみると、彼は手早く掃除を終えていた。
早っ。
そして綺麗!
前世ではスパダリの部類よ!
掃除を終えた影さんに軽く手を振ると、プイとそっぽを向かれ無視された。
無視が基本仕様ですね。
「ねえ、名前教えてよ?」
取り敢えず初対面なんでね。
いつまでも『影さん』と呼ぶ訳にもいかない。
「ありません」
あるでしょうよ、名前くらい。
コードネームで名乗るの?
「じゃあ、半蔵と呼ぶわよ」
「セイとお呼び下さい。ミシェール様」
あるんじゃないのよ!
そして本名じゃないのね。
「私が着替えをしている間、どうしているの?」
「ガン見してます」
「嘘っ」
ガン見してるの!
ホントに!
「というのはもちろん嘘で、興味がないのでそっぽを向いています」
何それ。
興味があったら見るんかい!
人選間違ってない?
女性の影っていないの?
「ルーファス様が良く許したわね?」
「別に着替えを覗くことはお許しになっていませんよ? 見たと報告したら殺されかねませんね」
そうなんだ。
やっぱり人選間違っているじゃない。
着替え中だって、湯浴み中だって、無防備で危ないもの。
「女性の影はいないの?」
「一人もいません」
即答。
本当にいないのね。
「じゃあ、育ててよ。セイの妹辺りから」
セイは少し逡巡すると
「まあ、需要はありそうですね」
とだけ答える。
「妹さんは、いらっしゃられるの?」
「いません」
おい!
いないんかい!
「自分ではご不満ですか?」
「不満じゃないわよ」
不満ですか? と聞かれて不満ですよ。なんて答えられる人は、そうそういないでしょうよ?
「自分は不満です」
ここにいた!
本人に向かって不満とか言いましたよ。
清々しい程にキッパリと。
「第二王子殿下の御身をお守りするのが仕事なのに、替えの聞く妃など守るに値するのでしょうか?」
まったくその通りね。
セイ、あんた素直ね。
素直過ぎてムカつくったらないわ。
今日は夜通し話すわよ。
逃がさないからね!
覚悟しなさい。
半蔵っ。
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