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【八十四話】王弟の担うもの
しおりを挟む私は、初めてルーファスに会った、あの王宮の庭を思い出していた。
彼は頬に痣を作っていたのだ。
あの女の子と見紛う程の綺麗な作りをした顔。
そんな顔を殴る人って誰なのだろう?
子供の頃は大して深くも考えなかったが、身分が身分だけに、大変限られた人間になるのではないだろうか?
恐れ多くも。
陛下。皇后陛下。王弟殿下。第一王子殿下。
まだ、いるかも知れないが、数人だ。
この中で、彼を殴る人はと考えると。
私は目の前のティアナに対して不敵に微笑んだ。
「あら、王家にとてもお詳しいのね? さすが公爵家序列三位。四位とは格がち違うのね?」
私は嫌みたっぷりに言い放つ。
「ええ。オールディスとカールトンを一緒にしないで欲しいわね。我が家は王家の相談役。王族の血を色濃く継いだ誇り有る家格なのよ? 私と話せるだけでも光栄に思うが良いわ」
おお。
めっちゃ高く出た。
「だったら幼少期からルーファス様を苦しめていたものも御存知よね? まさか序列三位の公爵家令嬢が知らない訳、ないわよね?」
待ってましたとばかり、ティアナが頷く。
「もちろん知っていてよ? 幼少期のルーファス様をお苦しめ遊ばせたのは---
教育係よ」
「…………」
ヤバイ。
肝心な所で、微妙に伏せられた。
釣り切れてなかった?
明らかに間が空いたわね?
言おうとした名前を言わなかった……。
もしくは、言えなかった。
大物過ぎて言えなかったのかな……。
大貴族であればあるほど、抵抗がある人物。
速やかに戻そうね。
これはチャンスなのだから。
「まあまあ、これはこれは。教育係ですか? オールディス家も大した事がないのですね? その程度の情報しか掴めなかったと」
煽る私に、ティアナは少し悔しそうに歯噛みする。
「その程度とはどういう事よ? かなり具体的に言ったわよね」
ええ。
具体的ではありましたね。
でもそれって身に覚えのない人物が浮かび上がるスケープゴートではなくて?
ティアナは自分でも何か歯切れが悪いと思ったのか、何かを言いつのろうとする。
「カールトン公爵令嬢はアッシュベリーの建国法をお忘れなの? 悌の観念。『兄は弟を慈しみ、弟は兄を尊敬する』ですわよ?」
知ってるわよ?
建国法の中でも伝説と共に語り継がれている、我が国固有の法だ。
普通は入れないわよね?
兄弟仲良くなんて、分かっとるわって話よ。
「そんなものを建国法に入れなければいけない理由を考えた事がなくって?」
「…………」
「兄弟というのはね、関係がとても難しい。仲の良い兄弟も居れば、その反面、仲の悪い兄弟もいる。当たり前よね?」
まあ、言われてみれば当たり前よね。
カールトン家だって兄弟関係は複雑だ。
「私も沢山兄弟がいるから、分かるのよ? 上の子の性質が大きくものを言うのが兄弟仲。兄弟というのはね、ほっとくとライバル関係に陥りやすいの。上の子は下を邪魔に感じる。後からやって来て、親の愛情を奪う得体の知れないモンスター。そんな風に思うものよ?」
神様。
何故ですか?
何故、弟のアベルの貢ぎ物だけを祝福するのですか?
思えば人類最初の殺人と言われたカインとアベル。
旧約聖書の話ですよね。
これはなんて残酷な話なんだろうと思う。
何故?
神様、何故ですか?
二人の貢ぎ物を同じように祝福すれば、あんな結末にはならなかった。
何故兄弟に差を付けた。
つまりーー
兄弟関係の善し悪しの一旦を握っているのは親ということ?
原因はいつでも親の反応なのだろうか?
子供にとって、親とは神にも相当する?
親とは誰?
先の国王陛下なら、現国王陛下と王弟殿下の関係を表し。
現国王陛下なら、王子殿下達の関係を表す。
「教育係はね、お優しいルーファス様に良く言っていたものよ? やれ人殺しの練習だ、この虫を殺して見ろ。やれこのネズミを殺して見ろってね」
うっわー。
さすがに聞きたくなかったー。
エグくて気分が悪いわ。
教育係とやら、ムカつくわね。
悪趣味。
私はちょっと寒気がして参りましたよ?
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