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【百十七話】これは一つの罪人の証なのだから。
しおりを挟む「ミシェール。大切な弟君の命が繋がったよ」
私はフィル様にそう言われて我に返る。
頭の中には、大理石の湯舟が広がっていたのだ。
奥方様。
その人の壮絶な死。
だからなのだ。
フィル様にお会いした時、つかみ所の無い方だと思った。
真実。
彼は無なのだ。
もちろん。
意欲を無くした訳でも。
厭世的になっている訳でもない。
甥の幸せを心から願っているし。
王女様方も大切に思っている。
自国の未来とも、いつだって本気で向かい合っている。
ーーでも。
きっと。
彼には自分の欲する所がない。
その部分がポッカリ空いているから、つかみ所が無く見えるのだ。
私利私欲がないと言えば、それまでだが。
私利私欲とは、あるある意味気力とリンクしている。
自分に対しての気力の薄さが出ているのだ。
奥さんを亡くしてしまったその場所に、すっぽり置いてきてしまったのね。
それくらい、愛してた。
最初に聞いた時は流してしまったが。
国王という立場の人間が恋愛結婚は珍しい。
だがしかしーー
所詮は自国の侯爵令嬢。
社交の場で出会う可能性は高いだろうし、可能範囲内といえば範囲内だ。
私とルーファスだって、ある意味恋愛になるのだが。
第二王子と公爵令嬢は、端から見れば政略結婚にすら見える。
まったく問題なしとは言わないまでも。
ありっちゃあ有りな範囲だ。
それはフィル様も同じ事。
『精霊の申し子』
普通に考えて、初代国王から続く、ウンディーネに愛された子。
もしくは、色彩的に自分の力を顕現させやすい子。
言わずもがな、ウンディーネは水の精霊で、海に住み、水と溶け合う存在な訳で。
煌めく海水の色というか……。
まあ、太陽の光の色なのだろうが。
七色で言うと蒼の波長が好きな訳だ。
好みというよりは、体質的に。
ウンディーネだとて、四大精霊の中で、自らが水を選んだ訳ではない。
誕生と同時に手にしている性質のようなものだ。
金髪の子供は自分で髪色を選んで生まれた訳じゃない。
黒い目の子供は、自らが勝ち取った色彩な訳ではない。
持って生まれたもの。
与えられたもの。
それは個人の力ではどうにもならないし。
変えられる種のものじゃない。
受け入れるしかないのだ。
私のこのペールピンクのような瞳も、決して自分で選んだ訳じゃない。
珊瑚色か……。
初めて言われたわ……。
国が違えば、価値観も変わるものね。
それを実感した。
「君は見たことがあるかい?」
「……え?」
「紅く波打つ海を」
見たことはない。
たぶん、海自体を見たことがない。
でも、前世の私は海を知ってる。
綺麗な海じゃないけれど。
海猫が飛んでいて。
船が着けられるような漁港。
夕日の海。
あれは波がオレンジ色に染まっていたけれど。
そういう事じゃないんだろうね。
「私の目には焼き付いているよ。瞼を閉じれば紅い水の広がる海が。今も煌々と照りつける」
「…………」
「罪を犯した罪人の色」
フィル様は瞼を閉じる。
「ウンディーネが流した涙の色」
「………」
「私は彼女の一部を裏切ってしまった。そういう色が瞼に張り付いて、未来永劫消える事はない」
「………」
「それが証なのだから」
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