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【百二十七話】あの頃と同じ、冷たい指先。
しおりを挟む鉄格子越しに繋がれたシンデレラの指は、あの雨の日と同じように冷たかった。
普通は。
普通の価値観の人間ならば、自分が殺そうとした人物が、目の前に現れたなら。
『様』なんて敬称は付けないのではないだろうか……。
『お姉様』なんて呼ばない。
ましてや手なんか取らない。
「お前」とか「あんた」とか呼んで罵るものではないだろうか?
『お姉様、助けて』なんて言われたら。
そんな事を言われたら。
私はーー
足が震える。
寒いのかな?
ここは寒いわね?
このドレスは少し薄着だったかしら……。
それにハイヒールって足元が冷えるのよ。
何かブーツとか、履いてくれば良かっただろうか?
シンデレラは私の足元を見て、ニコリと笑った。
「やっぱり、その靴は、お姉様にピッタリですね。それはミシェールお姉様の靴です。誰の脚よりも美しく見せる、七色に輝く靴」
「…………」
「お姉様。その靴を履いて、第二王子様と結婚して下さい。白いプリンセスドレスを着て、白いベールに、美しいダイヤモンドのティアラ」
「…………」
「素敵だわ。目を瞑ると、こんな牢屋の景色ではなくて、ミシェールお姉様の花嫁姿が見られます。きっと誰よりも綺麗。私がお姉様のブーケを作ります。お姉様が大好きだった花で……」
私は喉の奥で言葉が詰まる。
「お姉様の大好きな花は知っています。あの森に咲く小さな小花。あの花を温室のバラと一緒に束ねますね? そうしたらきっと持ってくれますか? ミシェールお姉様」
「…………」
「きっと、持ってくれますか? ミシェールお姉様」
…………胸の奥が詰まって。
目の前には、あの森に咲き誇っているであろう、小さな小花がチラついた。
そうよ?
私はあの花が大好きだったのよ。
小さくて可憐で。
森の中にひっそり咲く花。
苺の季節と同じ時期に咲く花で。
今も、目を瞑れば思い出せる。
あなたと出会った時に、咲いていた。
私は自分で見ている景色が滲んで行くのが分かった。
来るはずだった未来が。
ゆっくりと滲んで行く。
私の結婚が決まったならば。
二人であの森へ行って、あの小さな白い花を両手いっぱい摘んで来よう。
そうして我が家の自慢の温室で、白薔薇と一緒にブーケにしよう。
王家程ではないけれど、カールトン公爵家の温室も捨てたもんじゃないわ。
年子の妹と一緒に。
私は自分のブーケを一つ一つ紡ぐの。
いつか妹が結婚する時は、今度は彼女の大好きな花で、色いっぱいのブーケを作るわ。
彼女はピンクだとか水色だとか、元気な色をした花が好きだから。
ブーケはカラーブーケが良い。
その横に立つのは。
私の大好きな弟だったかもしれない。
私の弟は、びっくりした事に、第三王子様で。
その事を、次女の私だけが知らなくて。
結婚すると聞いた時は、きっと吃驚するわね?
笑いながら二人の結婚を祝福するのよ?
そんな未来が素敵だった。
そんな未来を望んでた。
未来は色褪せてしまい。
目の前には、ただただ現実が続いている。
現実が、一番怖い。
この白い手を握ったまま。
私は一歩も動けません。
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