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魔法使いの職業の中で、薬師ほど気楽なものはないと私は思っている。
治癒魔法使いのように、治せなかった患者の家族に恨まれることはない。
魔道具職人のように、不具合で訴えられる心配もない。
ポーションは作った時点で性能が決まるし、一度封を切ったらそれきりだ。
薬師は「ポーションを作るだけの仕事」と思われがちだが、それだけじゃない。
少なくともこの世界では、薬師も当然のように生活魔法を使えるし、使い魔と契約することもできる。
ポーションを渡せば感謝される。
それだけで社会に貢献したことになり、町内活動の類もほぼ免除。
治癒魔法使いには敵わないけれど、私は別に一番になりたいわけじゃない。
そもそも、本当に負けているのだろうか?
治癒魔法使いは、一度に治せるのはせいぜい一人だけ。
でも薬師なら、事前に準備をしておけば、何十人でも同時に癒せる。
それに、私がその場にいなくてもポーションが代わりに治してくれる。
やはり、薬師以上に素晴らしい職業はない。
ほどほどに働き、貧しすぎず豊かすぎない暮らしをする。
少しの労力で、当たり前の幸せをつかむ。
……過労死なんて、もう嫌だ。
それが、異世界に転生した私——アリスの目標だ。
☆☆☆
街の中心部、広場に面した工房付き住宅。
その店舗部分の前には、早朝から行列ができていた。
「起きろ、薬屋!」
「寝坊してんじゃねえぞ!」
「早く店を開けろ!」
冒険者たちの怒声が響き渡る。
時刻は午前五時。まだ肌寒い冬。
この世界では、日の出前に起きるのが常識らしい。
「はいはい、お待ち~。」
窓を開けると、金貨三枚を握りしめた冒険者たちがずらりと並んでいる。
うちでは “金貨一枚でポーション二本”、一人あたり六本までと決めている。
相手を見て値段を変えるのは面倒だから、特別扱いしたい相手には 「上限を上げる」 ことで対応している。
六本ずつ、特製の箱に入れてテキパキと渡していく。
一時間もすれば、すべて売り切れた。
「はい、閉店。」
うちは売り切れたら、その日は営業終了と決まっている。
というか、一人でやっている以上、そうしないと無理なのだ。
多少の文句はあるけれど、この街は面倒な奴も多い分、怠け者にも寛容なところがある。
いい街だと思う。
☆☆☆
街の中心部から少し外れた場所。
新しくて質素な扉と、それに似合わぬ古臭い装飾が施された柱や天井、屋根——。
ここが、リンダの街の冒険者ギルドだ。
私は、依頼者用の個室にいた。
「今日は依頼ですか? 買取ですか?」
「両方お願いします。」
魔法鞄から、売れ残りのポーションを取り出して机に並べる。
さすがに雪の降る真冬になると、まれに売れ残ることもある。
そういうときは、採取依頼を出すついでに、ギルドに買い取ってもらうのだ。
「依頼は、いつも通り魔石をお願いします。」
「はい、内容はこちらで間違いないでしょうか?」
受付嬢が依頼書をすっと差し出す。
何度も同じ依頼を出しているせいか、もはや用意されているらしい。
薬草は冬場には採れないため、乾燥させたものを利用する。
ただ、当然ながら量には限りがある。
だから私は、倉庫に貯めた薬草の量を長めに見積もり、雪解けまでの日数で割った本数を毎日販売している。
他の薬師よりも、少ない薬草で十分な品質のポーションを作ることができる。
そのおかげで、一人営業の薬屋としては冬場でも多くのポーションを供給している方だ。
文句を言うやつの方がどうかしている。
まだまだ上がいるが、同年代ではトップと言っていいだろう。
☆☆☆
趣味といっても色々ある。人それぞれだ。
陽キャと呼ばれる人々は、仲間と遊びに出かけるのだろう。
でも私は違う。
人と関わると、それだけで疲れる。だから引きこもる。
仕事でもないのに、誰が外になんて出るものか。
自分の時間は、自分のために使う。
——今日は料理の気分だ。
調理場に立つのは久しぶりだ。
軽く掃除をして、手早く袖をまくり、棚から食材を取り出す。
「さて、今日は何を作ろうかな。」
少し手間はかかるが、簡単なシチューを作ることにした。
薬師として培った知識のおかげでスパイスやハーブの扱いには自信がある。
市場で手に入れた〈月草の葉〉と〈白胡椒の実〉をすり潰し、香りを引き出す。
これらはポーションの材料としても使える高級品だが、薬師の特権として安く仕入れることができる。
〈月草の葉〉は魔力回復、〈白胡椒の実〉は気付けの効果がある。
食材としても優秀で、これらを加えればシチューから臭みを抜き爽やかな香りを加えることが出来る筈だ。
鍋に水を張り、ゆっくりと火を入れていく。
——ことことこと。
静かな時間。
薬を作るのも楽しいけれど、料理はまた別の楽しさがある。
「アリスちゃん、何作ってるの?」
突然、店の裏口から声がした。
振り向くと、頭を落とし血抜きされた朝鳴き鳥を片手に、ローズが顔を覗かせている。
相変わらずサラッとBランクを狩るなあ、怖っ。
この街で一番の武闘派であり、愛と情熱に生きる最強のSランク冒険者。
男の度胸と女の愛嬌を兼ね備えた、オカマなお姉様だ。
「シチューだけど。」
「なーんだ。美味しそうな匂いがすると思ったら、やっぱりね。」
ずかずかと店に入ってくるローズ。
遠慮という言葉を知らないのか、この女(?)は。
「ちょうどいいわ。私も食べる!」
「ちょうどよくないんだけど……。」
「まあまあいいでしょ!あと、これあげるからいい感じに調理して!」
可愛い妹を助けるのが趣味という彼女がしょっちゅうわたしを尋ねる理由を知っているから。
しょうがないにゃあ。
仕方が無いので鶏皮チップスとチキンソテーを進呈することにする。
そんなこんなで、私は今日も自分の時間を奪われるのだった。
——まあ、悪くはないか。
☆☆☆
数少ない友人が去れば、夜は一人。
薬師の夜は遅いものである。
夜にしかできない調合というものがあるからだ。
薬草を一枚一枚丁寧に刻み、慎重に火加減を調整しながら煮詰めていく。
昼間のポーションとは違い、夜の調合はより繊細で長時間の作業になる。
「起きろボケナス」
——そして、気づけば朝になっていた。
「……ふわぁ。」
うっかり徹夜してしまった。
とりあえず予備のストックから出すか。
欠伸をかみ殺しながら、私はようやく一区切りつける。
こうして今日も、薬師アリスの一日が始まるのだった。
治癒魔法使いのように、治せなかった患者の家族に恨まれることはない。
魔道具職人のように、不具合で訴えられる心配もない。
ポーションは作った時点で性能が決まるし、一度封を切ったらそれきりだ。
薬師は「ポーションを作るだけの仕事」と思われがちだが、それだけじゃない。
少なくともこの世界では、薬師も当然のように生活魔法を使えるし、使い魔と契約することもできる。
ポーションを渡せば感謝される。
それだけで社会に貢献したことになり、町内活動の類もほぼ免除。
治癒魔法使いには敵わないけれど、私は別に一番になりたいわけじゃない。
そもそも、本当に負けているのだろうか?
治癒魔法使いは、一度に治せるのはせいぜい一人だけ。
でも薬師なら、事前に準備をしておけば、何十人でも同時に癒せる。
それに、私がその場にいなくてもポーションが代わりに治してくれる。
やはり、薬師以上に素晴らしい職業はない。
ほどほどに働き、貧しすぎず豊かすぎない暮らしをする。
少しの労力で、当たり前の幸せをつかむ。
……過労死なんて、もう嫌だ。
それが、異世界に転生した私——アリスの目標だ。
☆☆☆
街の中心部、広場に面した工房付き住宅。
その店舗部分の前には、早朝から行列ができていた。
「起きろ、薬屋!」
「寝坊してんじゃねえぞ!」
「早く店を開けろ!」
冒険者たちの怒声が響き渡る。
時刻は午前五時。まだ肌寒い冬。
この世界では、日の出前に起きるのが常識らしい。
「はいはい、お待ち~。」
窓を開けると、金貨三枚を握りしめた冒険者たちがずらりと並んでいる。
うちでは “金貨一枚でポーション二本”、一人あたり六本までと決めている。
相手を見て値段を変えるのは面倒だから、特別扱いしたい相手には 「上限を上げる」 ことで対応している。
六本ずつ、特製の箱に入れてテキパキと渡していく。
一時間もすれば、すべて売り切れた。
「はい、閉店。」
うちは売り切れたら、その日は営業終了と決まっている。
というか、一人でやっている以上、そうしないと無理なのだ。
多少の文句はあるけれど、この街は面倒な奴も多い分、怠け者にも寛容なところがある。
いい街だと思う。
☆☆☆
街の中心部から少し外れた場所。
新しくて質素な扉と、それに似合わぬ古臭い装飾が施された柱や天井、屋根——。
ここが、リンダの街の冒険者ギルドだ。
私は、依頼者用の個室にいた。
「今日は依頼ですか? 買取ですか?」
「両方お願いします。」
魔法鞄から、売れ残りのポーションを取り出して机に並べる。
さすがに雪の降る真冬になると、まれに売れ残ることもある。
そういうときは、採取依頼を出すついでに、ギルドに買い取ってもらうのだ。
「依頼は、いつも通り魔石をお願いします。」
「はい、内容はこちらで間違いないでしょうか?」
受付嬢が依頼書をすっと差し出す。
何度も同じ依頼を出しているせいか、もはや用意されているらしい。
薬草は冬場には採れないため、乾燥させたものを利用する。
ただ、当然ながら量には限りがある。
だから私は、倉庫に貯めた薬草の量を長めに見積もり、雪解けまでの日数で割った本数を毎日販売している。
他の薬師よりも、少ない薬草で十分な品質のポーションを作ることができる。
そのおかげで、一人営業の薬屋としては冬場でも多くのポーションを供給している方だ。
文句を言うやつの方がどうかしている。
まだまだ上がいるが、同年代ではトップと言っていいだろう。
☆☆☆
趣味といっても色々ある。人それぞれだ。
陽キャと呼ばれる人々は、仲間と遊びに出かけるのだろう。
でも私は違う。
人と関わると、それだけで疲れる。だから引きこもる。
仕事でもないのに、誰が外になんて出るものか。
自分の時間は、自分のために使う。
——今日は料理の気分だ。
調理場に立つのは久しぶりだ。
軽く掃除をして、手早く袖をまくり、棚から食材を取り出す。
「さて、今日は何を作ろうかな。」
少し手間はかかるが、簡単なシチューを作ることにした。
薬師として培った知識のおかげでスパイスやハーブの扱いには自信がある。
市場で手に入れた〈月草の葉〉と〈白胡椒の実〉をすり潰し、香りを引き出す。
これらはポーションの材料としても使える高級品だが、薬師の特権として安く仕入れることができる。
〈月草の葉〉は魔力回復、〈白胡椒の実〉は気付けの効果がある。
食材としても優秀で、これらを加えればシチューから臭みを抜き爽やかな香りを加えることが出来る筈だ。
鍋に水を張り、ゆっくりと火を入れていく。
——ことことこと。
静かな時間。
薬を作るのも楽しいけれど、料理はまた別の楽しさがある。
「アリスちゃん、何作ってるの?」
突然、店の裏口から声がした。
振り向くと、頭を落とし血抜きされた朝鳴き鳥を片手に、ローズが顔を覗かせている。
相変わらずサラッとBランクを狩るなあ、怖っ。
この街で一番の武闘派であり、愛と情熱に生きる最強のSランク冒険者。
男の度胸と女の愛嬌を兼ね備えた、オカマなお姉様だ。
「シチューだけど。」
「なーんだ。美味しそうな匂いがすると思ったら、やっぱりね。」
ずかずかと店に入ってくるローズ。
遠慮という言葉を知らないのか、この女(?)は。
「ちょうどいいわ。私も食べる!」
「ちょうどよくないんだけど……。」
「まあまあいいでしょ!あと、これあげるからいい感じに調理して!」
可愛い妹を助けるのが趣味という彼女がしょっちゅうわたしを尋ねる理由を知っているから。
しょうがないにゃあ。
仕方が無いので鶏皮チップスとチキンソテーを進呈することにする。
そんなこんなで、私は今日も自分の時間を奪われるのだった。
——まあ、悪くはないか。
☆☆☆
数少ない友人が去れば、夜は一人。
薬師の夜は遅いものである。
夜にしかできない調合というものがあるからだ。
薬草を一枚一枚丁寧に刻み、慎重に火加減を調整しながら煮詰めていく。
昼間のポーションとは違い、夜の調合はより繊細で長時間の作業になる。
「起きろボケナス」
——そして、気づけば朝になっていた。
「……ふわぁ。」
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