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第3話 卒業式後の告白イベント

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 その樹の下で告白をすると永遠に結ばれると言う伝説がある運命の樹の下だったり、学校の敷地内にある古い教会だったりみたいに、この学校にも卒業式の後に告白されるお決まりのスポットがある。
 それは学校の屋上。卒業式の後、相手の好感度やフラグがどれだけ立っているか次第で、自分から相手を呼び出したり、相手から呼び出されて屋上へと向かい、告白する・告白されることになるんだ。
 これで呼び出しをされないなら、好感度がそこまで高くないみたいだし、そのまま帰宅すればヨシ。呼び出されてしまったら、告白される前にこちらから何だかんだ先にお喋りして煙にまいて退場すれば良いか…と考えていた。

 そんな訳で卒業式の日。私は、ゲームで何度も何度も聞いたことがある校長先生からの卒業祝いのメッセージを聞き終え、教室へと戻った。ゲームだとこのタイミングでSNSにメッセージが入っていたはずだからだ。

(………あ、メッセージ受信してる…。)

 恐る恐るメールボックスを確認するとそれはやはり水嶋くんからのもので、卒業式の後に屋上へ来て欲しいとのものだった。

(……うぅっ……。ルート入ってるんだもん…。好感度はやっぱりちゃんと高いのか……)

 告白イベントを体験できると考えたら凄く貴重なんだけど、今後を考えるなら断った方が良いはず…と言う結論に至っていた私にとって、これは凄く気が重かった。顔は凄く良い…声もめちくちゃ好きな声優さんだ…。告白イベントは、ゲームでは思ったより淡泊でちょっとがっかりした記憶があるけど、それでもゲームの画面越しではなく3Dで…もといリアルで告白なんてされたらきっとドキドキしてしまうと思う…。けど、私はそれを断ろうって決めたんだ…。
 出来るだけ気まずくならないように…そういう雰囲気になる前に、さりげなく…後腐れのないように…うまいことお話を進めなければ…。

 誰も居ない階段をゆっくりと登って行って、屋上へと通じるドアを開ける。
 心地の良い風がふわりと吹いて来て、校庭に咲いている桜の花びらがここまで舞い上がって来ていて青空に凄く映えた。
 どこか幻想的で、美しいのに何処か切ないような、感傷的な気持ちになるのは卒業式と言うイベントで少なからず気持ちが盛り上がってしまったせいかもしれない。

「萌黄」

 私が少しぼんやりとしてしまっていると、すぐ近くから声を掛けられる。

「あ」

 声の方へと顔を向けると、私と同じ卒業生であることを示す花のコサージュを胸に着けた、背の高い男子生徒が、こちらに軽く手を挙げている。

「水嶋くん…」

 …ああ、やっぱり乙女ゲームの攻略キャラだ…!凄く…凄くカッコいいぞ…!
 整った目鼻立ちは勿論、ちょっとだけチャラ男めいた軽薄そうな表情をしているのに、眼鏡が似合い過ぎて知的な雰囲気も漂っている…何処か色気のあるタイプの男の子。
 身長は180cm以上あった気がする…男子の中でも高い方だし、体つきも程よくガッチリしてて男性らしい逞しさも感じられる…。

「急に呼び出してごめんな。友達に掴まったりしなかった?」

 へらっと気さくな感じで目を細める顔はちょっと可愛くすらあり、ビジュアル面で非常にズルさを感じる…!!

(うぐぐ…。顔も声もやっぱり良いんだよなぁ…!)

 けれどそんな風に悶える自分に気が付かれてはいけない。姿形は女子高生であっても心は大人の女なんだからしっかりしないと。

「…だ、大丈夫。皆、校庭で写真撮ったりとか、家族と帰ったりしたみたいで…あ、うちの親には先に帰って貰ったから…」

「そっか」

 水嶋くんのお顔が良すぎて、直視しているとクラクラしてきてしまう…。私は極力目を合わせないように言葉を放す。なんとなくしどろもどろになってしまっている自覚はあるけど、仕方ない。
 これまでの人生で出会ったこともないような顔の良い男子と二人きりで…こんな近い距離感で話す経験なんて普通はないし、こんなの凄く凄く緊張してしまうんだよお…!!

「……………萌黄?」

「な、なに?」

「何かあったのか?」

 ああ、平静を装ったつもりだったけど、全然装えてなかったらしい。…あるいは単に彼が鋭いだけか…。
 水嶋くんは怪訝そうな顔で私を見ているようだった。(直視出来てないのではっきりとはわからないけど…)

「…な、何もないよ。ちょっと卒業式で疲れちゃったのかも」

 私は咄嗟に、あははと誤魔化し笑いを返す。

「…ええと、あのね。…私も、水嶋くんに話したいことがあったんだ。聞いて貰っても良いかな」

 ここで美形に翻弄されていても決意が揺らぐばかりだ。さっさと決着をつけてしまおう…!私は覚悟を決めてそう切り出す。

「……え」

 少しだけ戸惑う様子の水嶋くんを無視して、私は勝手に話を続ける。ちょっと強引だけど、自分のペースで物事を進まないとゲーム通りの展開になっちゃうだろうから仕方ない…!

「私ね、この学校で3年間過ごせて、凄く楽しかった。友達も沢山出来たし、水嶋くんとも学校の行事で一緒に過ごしたり、色んな所に出かけたり、凄く楽しかった」

 私の記憶の中にある"この学校で3年間を過ごした主人公・萌黄ヒロイン"としての思い出は、ゲームでのイベントシーン以外はうろ覚えで、具体的にこの水嶋くんとどんなイベントをこなしてどんなフラグが立ってるのかもわからない状態だったけれど、告白イベントまでたどり着いてるということは学園祭と修学旅行は水嶋くんと過ごしているはずだし、その為には数度以上はデートもしてるはずだ…という予想で話をしている。
 これがとんだ見当違いだったりしたら、頭のおかしい女と思われてしまうかも知れないけど……でもそれはそれで化けの皮が剥がれたってことでフラれることになるなら結果的には良いのかも知れない…。(私の心は傷つくけど…)

 水嶋くんは普段の何処か悪戯っぽい表情ではなく、何処か真剣な顔で私の言葉を聞いている。
 視線はやっぱり真っ直ぐ合わせることは出来なくて、ちらちらとだけしか見られないのだけれど、桜の花びらが舞う青空を背景にした水嶋くんは、とにかく絵になって…。お別れするのが寂しくなってしまう。

(いくら美形とお別れするのが名残惜しくたって、このまま流されて付き合う…なんてなっても、きっと破綻するだけだよ…。このルートじゃ会うこともないだろうけど…推しにも失礼だし、水嶋くんを推してる人にも失礼だ…。ちゃんとここでお別れしないと…)

「水嶋くんは大学生になるんだよね。…水嶋くんは要領が良いし余計なお世話かも知れないけど……、慣れない環境だし、忙しくて大変だとは思うし、身体には気を付けてね」

 出来るだけ明るい笑顔で話す。

「私はバイト先にそのまま就職だし、そこまで変わり映えはないんだけど…。学校がなくなって毎日お仕事になるっていうのはちょっと不思議な感じはするかな」

「萌黄」

 何処か感情のこもっていない声で水嶋くんが私の名前を口にしたけれど、私は聞こえないふりで言葉を続けてしまう。一度話すのを止めてしまったら、勢いがそがれて言葉が上手く出なくなってしまう気がしたのだ。

「なんかまとまらなくってごめんね。…でも、水嶋くんにちゃんとお礼が言いたかったんだ。今まで本当にありがとうって」

「………」

「これからは今までみたいには会えなくなるけど、またたまには良かったら遊びに行こうね」

 あくまで"仲の良い友達"と言う距離感を意識した、お礼と、お別れの言葉。
 確かこのゲームには友情エンドがあるキャラもいて、そのキャラとのエンディングではこんな感じのことを言っていたはずだ。
 水嶋くんの無言が何だかちょっと怖いけれど、ここまで言っちゃったらもう後戻りは出来ない。
 言いたいことをとにかく言い終えた私は、とりあえずやり切った…という気持ちで一息をついた。

「…………」

「…………」

「…………」

 漂う沈黙。
 私はやっぱり水嶋くんの顔を見られなくて、彼が今何を考えているのかわからない。
 考えてみたら、結構良い感じだった女友達に、告白しようとしたら、相手から「卒業だね!じゃあ元気でね!」みたいにお別れを告げられたということになる。

(あ、あれ…。もしかして私かなり酷いことしちゃったんじゃ…)

 もとはゲームのキャラだから…と言う思いがどこかにあって、お互い傷が浅いうちにわかれようなんて自分本位な結論を出してしまったけれど、現実の人間だと考えたらこれ、萌黄わたしが彼の心を弄んだみたいな感じもとれる気がする……。
 はっきりと告白を断ることすら怖いからって、こうやって躱そうとしているわけで…。

「…あ、あの………」

 長い沈黙と罪悪感に耐え切れず、私が思わず視線を上げると、私の事を見ていた水島くんとばっちりと視線が合ってしまった。

「あ」

 その視線は強く、鋭くて、私は思わず身体が固まって動けなくなってしまった。
 水嶋くんは私を射貫くような眼差しで見つめたまま、一歩二歩と近づいてきて、私の手首をぎゅっと掴んだ。

「…み、水嶋くん…?」

「………何だよそれ。」

「…え?」

 絞り出すような水嶋くんの声が聞こえたかと思うと、私はそのまま体を壁に押し付けられて、強引に唇を重ねられてしまった。

「…んっ…!…んぅっ…!?」

 咄嗟に抵抗しそうになったけれど、水嶋くんの力には少しも敵わなくて…。彼の手は、身体はびくともしなかった。
 水嶋くんの顔が私のすぐそばに近づいてくると言う予想外の状況にただただ戸惑っているうちに彼と私の唇と唇は重なっていた。

(なになになに…!!!?なんで…!!!?なんで私キスされてるの…!!!?)

 当然ゲームではこんな展開なかった。
 断った時は勿論、告白を受け入れた時だってキスなんてされてなかったはずだ!

「……っふ、んっ…ぅっ……」

 しかも、このキスが…唇と唇を重ねただけ…なんてものではなくて、水嶋くんの舌は強引に私の唇を割り入って私の口の中へと入り込んで来ると、私の歯列をぬるりとなぞる様に這ったかと思えば、私の舌を捕らえようとするみたいに絡みつかせてきたりする。
 お互いの吐息と、唾液が混ざり合ってしまうような熱と、この状況に対しての戸惑いと羞恥に、私の身体も熱くなってきてしまう。

(…な、なにこれ……っ…。…なんで…)

 私の口内を犯すぬるりとした彼の舌は、まるで別の生き物みたいに蠢いていて、凄く凄く違和感があるし、呼吸が出来なくて息苦しいのに、どうしてだろう。それすら…すごく気持ちが良くって、頭がおかしくなってしまいそうになる。
 どんどん熱くなる顔が、身体が溶けてしまいそうな気がしてくる…!!

「っ……みずっ…しま、く……」

 必死に声を絞り出そうとするけれど、水嶋くんのキスは終わらないまま、何度も何度も繰り返される。呼吸の為に唇が一瞬離される瞬間キラキラと輝く唾液が糸を引いて、酷く恥ずかしい気持ちになった。
 けれど、恥ずかしいなんて思う間もなく再び口を塞がれてしまい、呼吸も思考も鈍らされる。

「……なん……ッで…、こん…なこと…」

「…なんでって、…そんなの、こっちの台詞だろ……ッ…」

 途切れがちに何とか呟いた私に、水嶋くんは少しだけ唇を放し、何処かイラだった様子でそう返してくる。

「え…?」

「………人の気持ちを散々掻き回しておいて、そっちの都合で切り捨てようなんて、ひでー女だよな、お前………」

 すぐにでもまた唇を重ねられてしまいそうなくらいの至近距離で、強い眼差しで見つめられて、私は言葉に詰まってしまう。

「…そ、そんなこと……」

 彼を傷つけようとか弄ぼうとか言う気持ちはなかったけれど、彼の言う通りこっちの都合で彼との関係を切ろうとしたのは確かだから、咄嗟に強く否定することも出来なかった。

「……他に好きな男でも出来たのか?」

「…ちが………」

 水嶋くんは、思いつめたような、何処か切なげですらある瞳で私を見つめながらそう囁いて、私が何か話すより先に、再び深く激しく唇を重ね合わせてくる。

「んっ……んっ…!!!」

 両の手首を水嶋くんに掴まれ、壁に押し付けられているからなんの抵抗も出来ない。
 今は誰も居ないとはいえ学校の屋上なんて、いつ誰が来るかもわからない場所で、こんな風に無理やりに激しくキスされている。
 頭の中ではこんなのまずい、こんなの駄目だ。何とか逃げなくちゃってわかっているのに、身体は思い通りに動かない。

(…ど、どうしたらいいの、これぇ……!!?)



 こんな風に唐突に始まった乙女ゲー世界での私の物語は、確定していた推しではないキャラルートからの脱却を試みた私が、告白イベントを切り抜けようとして逆にとんでもないことになってしまうと言う予想外のスタートを切ってしまった。
 私の知っているゲームの彼は、いつも飄々としていて本心をあまり見せないミステリアスなキャラだったのに…!こんな激重感情をぶつけてくるなんて聞いてないんだけど!!?

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