悪役令嬢は桜色の初恋に手を伸ばす

夜摘

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第12話 真打ヒロイン"アリシア・クリスハート"

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 柔らかな桜色の長い髪。
 アクアマリンを思わせる透き通った青色の大きな瞳。
 右の目元にある特徴的な泣き黒子。
 庇護欲を刺激するような華奢な身体つきと、白磁のような白い肌。
 無垢で無邪気で心優しい彼女は、持ち前の天真爛漫さと不思議な包容力を持って、傷を負って警戒心が強い男達の心ですら簡単に溶かしてしまう。
 そして、そんな彼女に心を奪われたのは男達だけではない。
 それはまだ恋に恋する少女だった頃の私…波佐間悠子も例外ではなかった。
 彼氏どころかまだ片思いしか知らなかった頃の中学生の私は、ゲームの中でアリシアと一緒に沢山の恋をした。
 魅力的な様々な男性キャラ達とロマンチックな恋を重ね、沢山の時間を過ごした。
 イベントスチルに描かれた彼らと可愛らしいアリシアを見るのは本当に幸せだった。
 アリシアはあの頃の自分自身であり、いつまでだって大好きな、最強最高の憧れのヒロインだった。

 そして今、その私にとって最高で最強の大好きなヒロインの彼女が、アリシアが、私の目の前に居る!

 私は知っている。正確に言えば波佐間悠子は知っている。
 これはゲーム「悠久のチェリーブロッサム」のオープニング部分だ!!

 玉座に座った王様からエリスレアとアリシアの両名を正式に王子の婚約者候補とすることが告げられる。
 そして、二人で競い合い切磋琢磨し、1年後、よりこの国の妃として相応しく成長した者を王子の正式な伴侶として認める という宣言を受けるのだ。
 私は、アリシアと並んで跪きながら王様の言葉を聞いている間中、ずっとアリシアのことばかりに気が行っていて、正直王様の言葉なんて半分も聞いていなかった。
 波佐間悠子としては憧れのアイドルと並んで座っているような状況であるし、エリスレアとしては今までずっと夢見ていた運命の恋人とようやく出会えたような状況なのだ。
 王子の婚約者がどうのとか国に相応しいがどうのとか、本当にどうでも良かった。……いや、どうでも良くはないのだが、有体に言えば優先順位がうんと低い。
 だって、初回プレイならともかく散々プレイをしてきたゲームのオープニングなのだ。もうスキップしてしまっても全然問題ないなく進められるという自負があった。
 ゲームのオープニングでは、まずこの王様との謁見シーンがあり、そして外に出て自分の部屋へと案内されるアリシアが、その道中でライバルであるエリスレアに声をかけられるのだ。
 別にゲームの展開に沿う必要なんてあるとは思わないけれど、どうしてもゲームでの出会いのシーンを思い出し、この後、自分の出番がある…みたいな変な気持ちになってソワソワしてしまう。
 ゲームでの最初の会話のシチュエーションで、私は彼女になんと言う言葉をかけようか、そればかり考えていた。

 考えていたのに…。


 彼女を目の前にした瞬間。私の頭の中は真っ白になってしまい、それまで考えていた全ての言葉が吹っ飛んでしまったのだ。

「アリシア。お待ちになって」

 ゲームと同じように、彼女を呼び止めたことまでは覚えている。
 私の言葉に彼女は素直に立ち止まって振り返った。
 長い髪がふわりと翻るのが、何故かスローモーションみたいに見えた。

「エリスレア様」

 彼女の澄んだ声が私の名前を呼んで、その瞳が私を映した時、私はきっと心臓が止まってしまったのだと思う。
 瞬き一つ出来ない。

「………」

「………」

 言葉を発することが出来なくて 黙り込んでしまった私を前に、振り向いたアリシアは困惑した顔をする。

「あの、エリスレア様…????」

 当然だ。
 呼び止められて振り向いたのに、その当人が固まってしまって何も言わないのだから。けれど、私はそれでも声を出すことができなかった。
 声だけではない。息だって上手に出来なくなってしまった。

 永遠みたいに感じる沈黙を破ったのは彼女。

「………どうして泣いているんですか?」

 アリシアの細い指先が、私の目元を優しく拭う。
 自分でも気がつかないうちに私は泣いていたようだった。

「………あ」

 私より少し低い位置から私を見上げる彼女の眼差しは優しい。
 突然泣き出されてしまってきっと困惑しているはずなのに、あくまで私の心配をしている、そんな表情。

「…ごめんなさい。貴女を困らせるつもりではなかったのに…」

 我に返った私は、何とか言葉を絞りだす。
 気がつけば、彼女との距離がとても近いし、彼女の眼差しが真っ直ぐに私を見ている。

「…大丈夫ですよ。エリスレアさま。もし何かお困りごとや悩み事がおありなのでしたら、よかったらお話を聞かせてください。私でよければ力に…」

「…」

「…あ、ご、ごめんなさい…。私ったら、自分がまだこの町やお城のこともろくにわからないのに、エリスレア様の力になろうなんて出しゃばり過ぎですよねっ…」

 私の反応の無さにか、急にわたわたと慌てだすアリシア。
 つられて私も慌ててしまう。

「…ち、違いますわ、アリシア。わたくし、その、嬉しくて…」

「え?」

「…会ったばかりのわたくしに、貴女がそんな風に言ってくれるなんて思ってもみなかったものだから、驚いてしまっただけですのよ。だから…本当にありがとう。………出しゃばりなんてことは、絶対にありませんから……」

「そ、そうですか?」

 アリシアはほっとしたような表情をする。
 つられて私も少しほっとする。

「…悩み…というのとは違うのだけれど、…わたくしね、貴女の存在を知ったときから、ずっと貴女とお話がしたいって思っていましたの」

「……エリスレア様……」

「…だから、王子の婚約者の座を競い合うライバル同士なんて肩書きは置いておいて…友人として仲良くしてくれたら嬉しいと思いますわ」

 ちょっと重たいだろうか?と不安になりつつも、出来るだけ押し付けがましくない言葉で、素直な気持ちを伝える。
 元々考えていた気取った台詞たちは全部吹き飛んでしまったのだから仕方ない。

「…………」

 今度はアリシアが少しびっくりしたように大きな瞳をパチパチと瞬かせた。
 彼女の返答を待つ私の表情は、不安と緊張で引きつってすらいたかも知れない。

「………」

「………」

「………」

「ふふっ」

 不安に押し潰されそうになった私の心を解放したのは、不意に零れ落ちた彼女の愛らしい笑顔。

「嬉しい!私も貴女とお友達になりたいって思っていたの」

 そう笑って私の手を取るアリシア。
 私の顔はきっと情けないぐらいに緩んでしまっていたと思う。


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