最果ての僕等 【ハイエナ】

コハナ

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家に着くと、志治が「おかえり」と玄関で出迎えた。祐は黙って靴を脱いでいる。


「どうだった?」
「祐、話があるから座りなさい。」


明日香の強圧的な声に祐は黙ってリビングに行くとソファに座った。明日香と志治もソファに座ると、明日香が重苦しげに口を開いた。


「先生はね、移植を勧めているの。今のままでは完治は無理だし、最悪命を落とす可能性があるって。」
「‥そうか。」
「だからと言ってすぐにドナーは見つからない。ドナー登録をして見つかるまで今の投薬療法と日常生活の制限をかけた状態で対応しようかって。」
「‥。」
「でもね、ドナーが見つかったとして移植の順番がいつ回ってくるか分からないし、それまで祐の体が今の状態を保てている保証もないの。だから生体移植を視野にいれたらどうかって。」
「っ!?」
「家族なら適合する可能性が高いし、ドナーを待つより早く移植出来るそうよ。‥今度の検診で、私と渉の適合検査を受けようと思うの。」
「は!?勝手に決めるなよ!」
「勝手じゃないわ。家族なんだから当たり前の事よ!」
「俺は頼んでないっ!」
「‥祐は体を治す事だけ考えればいいんだ。」
「馬鹿らしい!話になんねぇわ!」


明日香の身勝手な提案に一気に頭に血が登った祐はソファ前のローテーブルを蹴りあげてリビングから出ていこうとする。志治が祐の肩を掴み「話は終わってない!」と阻止するが、祐は志治の手を払い「うるせぇ!」と怒鳴る。


「何が煩いんだ!お前の体の話をしてるんだぞ!」
「俺の体だ。俺が決める!」
「何がそんなに不満なんだ?手術が怖いのか?」
「お前らの体の一部が俺の体に入れられるって想像するだけで虫酸が走るんだよ!」


祐のとどめの一言に志治の堪忍袋の緒が切れた。祐の胸ぐらを掴むと右手で祐の頬を拳で殴った。祐は床に倒れこみ明日香が祐の側に駆け寄る。


「ゆき君!やめてっ!」
「どんな事をしても子供を助けたいと思うのが気持ち悪いのか!?」
「俺に執着するな!」


祐が志治を睨み付け言い返すと、自室に逃げるように階段に向かった。そこには渉が立っていて、渉と目が合った。


「兄ちゃん。俺検査受けるよ。」
「っ!?」
「兄ちゃんに元気になって欲しいもん。」
「うざいっ!」


祐に笑みを見せながら自分の体を犠牲にすると話す渉に、嫌悪感が込み上げ怒鳴りつけていた。この家に居たくないと祐は外に飛び出した。玄関のドアが閉まる前に「待ちなさい!」と祐を止める明日香の声と「放っておけ!」と未だ怒りがおさまっていない志治の声を聞き流し宛てもなく走った。しかし5分もしないうちに体は重怠くなり、視界が霞む。吐き気が込み上げると道路に踞った。家に居ても足枷になる自分が惨めで、1人では何も出来ない無力さに襲われて息が苦しい。心身共にズタボロで立ち上がる気力さえない。そのうち頭がぼうっとして視界が狭くなっていく。すると遠くで自分の名前を呼ぶ声がして声が近くなると吏都の顔がぼんやりと見えた。しかしすぐに視界が暗くなり祐は意識を失った。


吏都が家に帰る途中、道端に踞っている人影が見えた。「大丈夫ですか?」と声を掛けながら近づくと祐だった。「たす君!?どうしたの?」と祐の体を擦りながら声をかけるが祐は真っ青な顔をして反応が鈍い。一度吏都の顔を見たように見えたが、すぐに意識を失い道路に倒れこんだ。吏都は急いでカバンからスマートフォンを取り出して救急車を呼んだ。救急車が到着するまで祐の体を擦りながら名前を呼び続けた。


祐が目を覚ますと真っ白い天井が目に入った。


「良かった!気がついた!」
「‥お前。」
「大丈夫?痛いところないは?今先生呼ぶからね。」


祐が目を覚ますと枕元には吏都がいた。吏都は祐の意識が戻るとナースコールを押した。数十秒程で桐山と明日香と志治が部屋に入ってきた。


「気分はどうかな?」
「‥別に。」
「彼女がずっと側についていてくれたお陰で助かったんだよ。」
「‥。」
「祐、良かった。」
「どれだけ心配掛ければ気が済むんだ!」


志治が怒鳴ると病室内がピリッと張りつめた緊張感に包まれた。祐はそっぽを向いて黙っている。全く反省している態度が見られない祐に志治はさらに怒りを募らせていく。「祐、聞いているのか!?」と祐に詰め寄る志治の前に吏都が割って入る。「吏都ちゃん、退いて。」と志治は諭すが「おじさん。たす君は優しいんだよ。」と今の状況とはかけはなれた支離滅裂な事を吏都が言い出した。噛み合わない会話に志治はぽかんと口を開けた。


「たす君はさ、自分が興味がない事も友達の為なら自分の気持ちを押さえて友達の為にって行動できちゃうんだよ。」
「え?」
「自分の事は後回しにして人の事を優先しちゃうくらい優しいんだよ。そんなたす君が自分を痛め付けてまで反抗するのって絶対理由があるんだよ。」
「‥。」
「たす君もさ、我慢して黙ってるのは優しさじゃないよ。家族にも友達にも自分で言葉にしなきゃ勘違いされちゃう。そんなのたす君が辛いじゃん。」
「‥。」
「我慢して耐えていなくていいんだよ。たす君が楽になっていいんだよ。」
「祐、ちゃんと話をして。」
「頼む。」
「私は廊下で渉と待ってるね。」


祐を見透かしていたかのような吏都の発言に祐は息を飲んだ。吏都は「ごゆっくり。」と笑顔で病室を出て行くと桐山が「祐君に耳を傾けてあげてください。」と志治と明日香に声を掛け会釈をすると病室を出ていった。明日香がベッド脇に置かれた椅子に座ると祐の手をぎゅっと強く握る。志治は祐に深く頭を垂れる。


「教えて、お願い。」
「祐、頼む。」


まだ気怠い体を動かす気力もなく、明日香に力強く握られた手も振りほどけず逃げ場のない祐は大きく息を吐くと2人と向き合う覚悟を決め口を開いた。


祐が幼い頃から入退院を繰り返すせいで、その都度親戚の家に預けられる渉に後ろめたさを感じていた。親に甘えたい時期も祐を優先され渉は後回しで構ってもらえなくても幼いながら受け入れて駄々の1つこねない渉に我慢をする事を当たり前の環境にしてしまったと祐は責任を感じていた。ましてや祐のせいで健全な体に傷をつけるなど絶対にさせたくない。明日香は祐が生まれてから不眠不休で面倒を見ているが祐の前で疲れた顔など見せず笑顔を絶やさずにいた。しかし祐と渉が寝静まると丈夫な体に産んであげられなかったと自分を責めて毎晩1人て声を殺してなく姿を見てしまった時、胸をえぐられるような衝動だった。定期検診で芳しくない結果を目の当たりにする度、顔つきは強張りさらに祐に体に配慮した食事にこだわって自分を追い詰める姿を見ているのが心苦しい。志治は正義感に溢れ警察官になるために産まれてきたような人柄だったが、祐の病状が良くならない現実に家族を支える為にとあっさり警察を辞めて今は自営で便利屋という名の探偵業をしている。探偵とは聞こえがいいが、仕事の依頼は浮気調査が大半を占めている。生き生きと警察官として働いていた頃に比べると、今は疲れ果ててソファで横になっている姿しか目に映らない。祐が原因で家族が壊れていくようで堪らなかった。まだまだ死とは縁遠い年齢のはずなのに、常に意識させられる毎日に恐怖を感じているのも事実。しかし、誰からもらう命、それを見守る人の思いや覚悟を背負う意気地も覚悟などないし、ドナーを待つのは誰かが死んでくれるのを待っているようで苦しい。だけど死ぬのは嫌だと葛藤する胸中を口に出すと、勝手に涙が零れた。


「分かった。」
「苦しい思いをさせてごめんなさい。」


祐の口から本心が溢れると、明日香と志治は祐を力強く抱き締めた。


「話してくれてありがとう。」
「先生と相談してベストな方法を探そう。」


祐は静かに頷いた。明日香と志治が病室から出てくると廊下で待つ吏都に足を向けた。


「吏都ちゃん、ありがとう。」
「お陰で祐と話が出来たよ。」
「そうなんだ。良かった。」
「俺たち先生と話してくるから吏都ちゃん祐と待っててくれる?」
「分かりました。」
「渉、お母さん達と一緒に先生のところ行こうか。」
「え?僕も?」
「お兄ちゃんが話してくれた事を先生に伝えるんだが、お前にも一緒に聞いて欲しいんだ。」
「‥分かった。」
「じゃあ、吏都ちゃん頼むね。」
「はい。」


明日香達は桐山のところへ向かって行った。吏都は祐の病室のドアの前に立つと、一度大きく深呼吸をしてからドアをノックした。


「はい。」
「吏都だけど、入るよ。」
「うん。」


ガラリと扉を開けると祐がこちらを見つめていた。


「何かさっきより顔色いいね。」
「そんな急激に変わるか?」
「うん。憑き物が取れたって感じ?」
「何だそれ。俺呪われてたの?」


祐が「ふはっ!」と声を出して柔らかい表情で笑った。ひどく久しぶりに見る祐の笑顔は幼い頃と変わっていない穏やかで純粋な姿がそこにはあった。本来の祐の姿が目に映ると吏都も子供の頃のように無垢な笑みを祐に見せた。
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