最果ての僕等 【ハイエナ】

コハナ

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翌日、明日香と志治と祐が桐山と面談をして今後の意向を話し合った。どうしても生体移植に賛同できない祐の意思を汲み取りドナーを待つことにした。しかし、ドナーがいつ現れるかも現れたとして順番がいつ回ってくるかも予測がつかない。投薬療法を続けながら今より厳しい生活制限もかけ状態を保つように桐山から告げられると「宜しくお願いします」と志治が深々と頭を下げ、続いて明日香と祐も頭を下げた。検査と経過観察を兼ねてもう少し入院するように桐山が提案すると祐は素直に「お願いします。」と頷いた。翌日、仕事で来られない明日香と志治に代わって吏都が祐の荷物を持って面会に来た。


「たす君、荷物持ってきたよ。」
「おう。」
「棚にしまっちゃっていい?」
「いや、それは俺やる。こっち持って帰ってくれるか?」
「うん、分かった。」


吏都が新しい荷物も祐に渡し、持ち帰る荷物を整理していると「ありがとうな。」とお礼を言う祐の声が聞こえた。驚いて思わず祐の方を向けば、祐はそっぽを向いている。しかし良く見れば耳が真っ赤に染まっていた。


「ふふ。」
「何が可笑しいんだよ?」
「別に。」
「お前のその顔、面白がってんだろう。」
「お前じゃなくてさぁ、昔みたいにりっちゃんって呼んでいいのに。」
「はっ!?嫌だよ!」
「何で?渉はりっちゃんって呼んでくれるよ?」
「渉と一緒にすんなよ!」
「えーっ!一緒じゃん!」


祐と隔てる壁が無くなっていくのを感じて吏都は冗談混じりに祐をからかった。祐と吏都の微笑ましい姿を羨ましそうに病室のドアから佐々原、波多野、木戸が視線を送る。

 
「アオハルしてんな。」
「いいな。」
「ウラヤマー!!」
「あっ!お前らっ!」
「入院したって聞いたから心配してきたのに。」
「お邪魔だった?」
「差し入れ持ってきたのになぁ!」
「ありがとうな。中入れよ。」



素直にお礼を言う祐を初めて見る3人は顔を見合せて驚いた。


「どした?入院して性格まで治してもらったん?」
「は?」
「素直な祐、レアキャラ!星5じゃん!」
「人をガチャみたいに言うなや。」
「新鮮ー!」
「祐、具合どう?あっ!吏都ちゃん久しぶり。」
「蜂谷君‥久しぶり。」
「お陰さまで。」
「いいね、祐。この病院若い看護師さん多くて。」
「(佐々原・波多野・木戸)えっ!?」
「祐好みのお姉さんナースは居るの?」
「そうなん?俺の担当ナースは主任のおばちゃんだし知らねぇわ。」
「じゃあ差し入れの品が役に立ちそうだ!」
「は?」


「お納めください。」と木戸が手に持った紙袋を祐に手渡した。祐は紙袋に入った雑誌を取り出すと、そこには何冊かのアダルトな雑誌が入っていた。「ちゃんとシチュエーション考えて病院モノにしておきました。」と祐に耳打ちをしていると、佐々原と波多野が紙袋から取り出しすと「おおー!」と歓声をあげて拍手した。「あのなぁ‥」と祐がありがた迷惑そうに困った表情を浮かべると、蜂谷は吏都の後ろに回り「吏都ちゃんには内緒ね!」と両手で吏都の目覆いを隠すと蜂谷との距離が近づき吏都の肩がビクッと跳ねた。それを目の当たりにした祐は不愉快に思い、雑誌を紙袋に戻すと木戸に返し、吏都が持ってきた荷物を祐の手元に持ってくるように吏都に頼んだ。すると吏都は「うん。」と頷いて祐の側に立ち手渡した。吏都から受け取った荷物の中からゲーム機を取り出した。


「祐、ゲームやるんだ!」
「意外っ!」
「何のソフトあんの?」
「弟に借りたんだよ。これオンラインで出来るんだろ?後でやり方教えてよ。」
「え?」
「消灯時間までは出来るから、暇だったらやろうぜ!」
「やるやるー!」
「祐は初心者だから簡単なのがいいよな?」
「あっ!マリカーあんじゃん!!」


佐々原と波多野と木戸は初めて祐から提案された事が嬉しくて操作の仕方等をワイワイと賑やかに教えている。祐も穏やかな表情を浮かべて3人の話を聞いている。その姿を見ていると吏都の胸が熱くなり顔が綻ぶ。しかし蜂谷は吏都が温かく祐を見守る姿が面白くない。


「じゃあ私行くね。」
「ああ。」
「たす君、あんまりはしゃぎすぎないでね!」
「俺らが監視してるんで大丈夫っす!」
「ふふ。お願いします。」
「僕も帰ろうかな。テスト近いから勉強しなきゃ。」
「真面目か、蜂谷!」
「冬休み補修になったら面倒だし。吏都ちゃん、途中まで一緒に帰ろうか。荷物重そうだし持つよ。」
「これくらい大丈夫だよ!持てるから!」
「遠慮しないで。」
「そうだよ、吏都ちゃん。蜂谷に持ってもらいなよ。」
「でも‥」
「さあ行こうか。じゃあお大事にね、祐。」
「おい!蜂谷!」


蜂谷は吏都の手から荷物を取り上げると左手で荷物を持ち、右手を吏都の背中に置くと不適な笑みを祐に向けて病室を出ていった。


「蜂谷って頭いいのに勉強する必要あるか?」
「只でさえモテんのインテリなんてずりぃ!」
「狙われたら落ちねぇ女子はいないだろうな。それでさ祐、この時なんだけどこうやって‥」
「悪い!ちょっとトイレ。」
「おう!じゃあ待ってるわ!」
「なぁ、祐が戻って来るまでこれ見てようぜ?」
「(佐々原・波多野)賛成!」
「木戸はデジタルじゃなくて紙媒体派なのな!」
「兄貴のコレクションお借りしてきました!」
「お兄様様っ!!!」


祐は蜂谷の不適な笑みが気になり、佐々原達を病室に残して早足でエレベーターホールへ向かうと蜂谷と吏都が乗り込む所だった。蜂谷が祐に気が付くと、吏都を先にエレベーターに乗せ、閉まるボタンを押した。祐がエレベーターの扉の前に立つ頃には扉は閉まり始め蜂谷が手を振る姿が扉の隙間から見えた。祐は舌打ちをすると階段を駆け降りて1階へ向かった。


「吏都ちゃんは本当に面倒見がいいんだね。」
「え?」
「家族でもないのに、祐の面倒を見てあげるなんて。」
「あ‥明日香さんも仕事してて忙しいだろうし私は学校が終われば暇だから。」
「そうなんだ。じゃあさ、放課後一緒に遊ばない?」
「え?」
「何処に行きたいかな?テストが近いなら一緒に勉強してもいいし。勉強嫌いじゃないし僕が教えてあげるよ。」
「ありがとう。でも放課後はたす君の様子見に来たいからたす君が退院したらみんなで遊びたいかな。」
「そっか、残念。僕は吏都ちゃんと2人で会いたいのにな。」
「へ?」
「2人じゃ嫌?」
「は、蜂谷君?」
「僕は吏都ちゃんと仲良くなりたいな。」


蜂谷がエレベーターの壁に吏都を詰め寄せていく。自分の体温や息遣いが伝わってしまうのではと思う程の距離に吏都は恥ずかしくて蜂谷の顔が見れずうつ向いている。するとエレベーターのドアが開き、外に祐が立っていた。


「随分と仲良くなったんだな。」
「たす君!?」
「あれ?ここまで見送りに来てくれたの?」
「いや、母親からそいつに伝言があってさ。」
「ねぇ走ったの!?大丈夫?痛いとことか苦しいとこない?」
「平気。雨降りそうだから母親が迎えに来るから待ってろって。」
「へぇ。」
「蜂谷も気を付けて帰れよ。雨に濡れて風邪引いたらせっかくテスト勉強しても無意味になんだろ?」
「そうだね、じゃあお先に失礼するよ。吏都ちゃん、またね。」
「う、うん。またね。」


蜂谷は吏都の頭をぽんぽんと撫でるとエレベーターか降りて行く。入れ替わりに祐がエレベーターに乗り込んだ。吏都を祐の後ろに隠すように立つと、閉まるボタンを押した。


「じゃあな。」
「学校で待ってるね。」


エレベーターが閉まるドア越しに祐と蜂谷は挨拶をするが2人は互いに鋭い目付きを交わしている。エレベーターが閉まると重い沈黙がエレベーターを包んだ。


「明日香さん仕事早く終わったんだね。」
「‥。」
「迎えに来てもらうの悪いな。」
「蜂谷と帰りたかった?」
「え?」
「紹介してやろうか?あ、すでに仲良くなってんのか?」
「何言ってるの?」
「アイツ人当たりいいし、イケメンだし。お前には勿体無いけど。せいぜい捨てられないよう頑張れよ。」
「‥。」

祐が振り向き吏都を見ると吏都の手が祐の右頬を平手で叩いた。


「‥いてぇ。何すんの?」
「勝手なこと言わないでっ!」
「は?応援してやってんだろ。」
「私は‥!」


祐が余りにも身勝手な発言をするせいで、思わず吏都の心根が零れそうになるが慌てて手で口を押さえて飲み込んだ。


「何だよ。言いたいことあるなら言えよ!」
「言わないっ!」
「は?」
「たす君の馬鹿っ!私1人で帰るから!」


祐の病棟に到着すると、吏都は祐をエレベーターから押し出してエレベーターの閉まるボタンを押す。祐は「おい!」と閉まるドアに手を掛けるが、吏都の目から涙が零れ落ちる姿が視界に入った。祐は驚いてドアから手を離すと吏都の泣き顔を閉まるドアの隙間から見送った。


その日の夜、祐がロビーの自販機でフルーツオ・レを買いベンチに腰を下ろした。未だに吏都の泣き顔が脳裏に焼き付いている。泣かしてしまった後悔と吏都が何を考えているのか分からず、はぁっとため息をついて項垂れる。


「あれ、君は?」
「え?」
「この前此処で会ったよね?先日は迷惑をかけてしまって申し訳なかった。」
「あぁ、あの時の!?」


伊月が販機の前に立っていて祐に気づくと声を掛けてきた。祐を上から下までじっくり見ると「君も入院仲間か。」と歯を見せて笑った。伊月も缶珈琲を買うと、祐から1つ席を空けて座った。


「こんな時間に此処にいて大丈夫か?」
「貴方こそ、また眠くなっても助けられませんから。」
「はは。今夜は大丈夫だよ。眠れなくて散歩に来たんだ。」
「ふーん。」
「‥君、この前会った時よりいい顔してるね。」
「は?だったらこんな所にいないだろ。」
「迷いが消えたって顔してる。」
「‥。」
「何となく分かるよ。俺も経験したからね。」
「‥何処が悪いの?」
「ん?末期ガンなんだ。余命も宣告されている。」
「立ち入ってごめん。」
「いや大丈夫だよ。驚かせてしまって申し訳ない。」
「いや‥。何でそんな平然としてられんの?」
「ん?そんな事はないさ。夜の病室に1人でいれば、ふと恐怖に襲われる事もある。眠ってしまったら朝を迎えられないかもしれないと眠れない夜もあるよ。でも、目標があるから平常心を保てているのかな?」
「目標?」
「うん。俺は此処に来るまで仕事にしか興味がなくてね。病気になってから大事な人が出来たんだ。その人に俺に欠けていた物を教えられたり与えられたりしているうちに、俺には何が出来るかって考えるようになってね。」
「この前の出迎えた人?」
「そう、伊吹って言うんだ。可愛かったろう?」
「うん?‥睨まれた記憶があるけど。」
「はは。人見知りなんだよ。今は彼と過ごす他愛のない日常がひどく幸せなんだ。」
「そこまで到達出来るのか。」
「この齢になって初恋をしているようでね。伊吹との時間を大事にしたいんだ。」
「へぇ。」
「君はこれから盛りだくさんに経験が出来るんだ。楽しんでくれよ。」
「‥どうかな?」
「ん?」
「‥移植手術を待ってるんだ。受けないと体がもたないらしい。」
「そうか。良かったじゃないか。」
「は?」
「移植手術を受けれれば治るんだろう?治療法があって良かった。」
「だけど、誰かが死んでくれるのを待つなんて非道だ。提供をしてもらう誰かとその家族を2度も殺してしまうようで酷いだろう。受けると決めたのにまだ躊躇っている自分がいるんだ。‥ごめん、こんな話。余計眠れなくなるよな。」
「君は優しいんだね。うーん‥自分の体を使って誰かが生きられるなら喜んで提供するけどな。」
「え?」
「どうせ死んで燃やされて灰になるなら、使える物は使ってもらえたら効率的だろ?俺の体は転移だらけであげられるものなんてないのが残念だが。」
「そんな、リサイクルみたいに言うなよ。」
「何も残せず忘れられて消えていくなら、誰かの一部になって生きていたいけどね、俺は。」
「そう‥なんだ。」
「君はもっと貪欲になっていいんだよ。悪いことなど何もしていないじゃないか。」
「‥。」
「さて、そろそろ戻るよ。話が出来て楽しかった。」
「うん。‥体に気を付けて。」
「ありがとう。君もね。」


伊月はベンチから立ち上がると笑顔で手を振って自分の病棟へと戻っていった。祐は座ったまま軽く会釈をした。伊月と会話をしたお陰で自分で選んだ決断に背中を押されたようで前向きな心持ちに変わっていた。
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