お腹の弱いショタは頼れないので、気づけばお父さんは心配しすぎて過干渉

Sora

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 夕方になり、部屋の空気は再び静けさを取り戻していた。
 障子越しに差し込む光が、夕日の色に変わっている。
 布団の中の景介は、額に残る熱を感じながらも、ようやく体を少しずつ動かせるようになっていた。
 喉の渇きも治まり、水も少しずつ自分で飲めるようになってきた。
 そして、久しぶりに「食べたい」と思った。
 母が作ってくれたおかゆの匂いがふんわりと漂い、思わず腹が鳴る。
「食えそうか?」
 耳ざとい父が聞いてくる。
「……うん。ちょっとだけなら。」
 父は何も言わず、台所に向かい、茶碗に盛ったおかゆとスプーンを手にして戻ってくる。
 景介は体を少し起こして、枕を背もたれ代わりにしてもらい、おかゆを受け取った。
 まだ少し震える手でスプーンを握ると、父が黙って横に座る。
 ゆっくりと口に運ぶ。
 ほんの少し塩気のあるおかゆが、思った以上にやさしく胃に落ちた。
「……うまい。」
 ポツリとこぼしたその言葉に、父は何も返さなかったが、視線を外さずにいた。
 食べ終わったあと、父が茶碗を片付けてくれている間、景介は静かに部屋を見渡した。
 一日中ここで寝ていたはずなのに、どこか空気がやわらかく感じる。
 父が戻ってくると、景介は小さな声で言った。
「……明日、一人でも平気だから。」
 その声には少しだけ力が戻ってきていた。
 本音としては、まだ少しだるさもある。けれど、父が一日中張りついているのが、照れくさいやら気まずいやらで、落ち着かなかった。
 父は黙って景介を見た。
 何も言わず、ただその目だけが静かに景介を射抜く。
「熱、今もあるだろ。」
「でも、朝より全然マシだって。薬も飲んだし、水も飲んだし。……明日はもう、大丈夫だと思う。」
 父は低く、静かな声で言い返した。
「“思う”じゃ足りん。」
「……俺、中学生だよ。小学生じゃないんだし……」
「だから一人にしていいとは限らん。」
「もう大丈夫だってば!」
 声が少しだけ強くなった。けれど、父は一切たじろがない。
 むしろ、きっぱりと言い切った。
「俺が決める。」
 その言葉に、景介は口をつぐんだ。
 睨むでもなく、すがるでもなく、ただ黙って視線を天井に向ける。
(……ほんと、頑固すぎ。)

 布団の中で横になっていた景介が、もぞもぞと身じろぎを始めた。
「……トイレ。」
 小さな声でそう言って、景介は布団をめくり上体を起こした。
 さっきよりはだいぶしっかりしていて、足を床に下ろす動きにも迷いはない。
 すぐに、隣の座布団で静かに座っていた父が反応する。
「立てるか?」
「立てる。」
「支えるぞ。」
「いらない。」
 即答だった。
 景介は立ち上がると、ふらつきながらも壁を頼って歩き出す。
 それでも、父はついてこようとする。無言のまま一歩、また一歩と後ろから歩を進める。
 景介が振り向かずに「……ついてこなくていいって」と言うと、父の足がぴたりと止まった。
 そのまま、景介は壁づたいに歩き、廊下の先にあるトイレへと向かった。
 無事に用を済ませ、手を洗って戻ってくると、台所の方から鍋を扱う音や、水道の流れる音が聞こえてきた。
 夕飯の片付けをしているようで、水の流れる音と、皿の重なる軽い音が聞こえる。
「……母さん。」
 景介はふいに声をかけて立ち止まった。母が顔を上げて振り返る。
「ん、あら、歩けたの?」
「うん。父さんが……ついてこようとしたけど。」
「あらまあ。」
 母は笑いをこらえるように口元を押さえた。
「いいじゃない、心配してるだけよ。」
「いや、もう。トイレくらい一人で行けるって……中学生なんだけど。」
「ふふ、そうね。でも、お父さん、ああ見えてすごく気にしてるのよ。ずっと部屋にいたでしょ?」
 景介は鼻を鳴らした。
「……俺、明日一人で大丈夫なんだけど。」
 母は手を止めて、少しだけ首をかしげる。
「そう?」
「うん。熱も下がってきたし、水も飲めてるし。……だからもう、会社行ってくれていいって言ってるのに、全然聞かない。」
「お父さん心配してるのよ。」
「大丈夫だって。母さんもなんとか言ってよ。」
 景介の声に、ほんの少しだけ甘えがにじんだ。
 思春期の反発と、子どもらしい頼りなさが混ざった声だった。
「母さんの言うこと聞かないわよ。」
 母はそう言って、景介の頭をそっと撫でた。
「ちゃんと布団入って、また明日少しでも元気なら、自分で話してみなさい。」
「……うん。」
 景介は短く返事して、ふいっと視線をそらした。
「…戻る。」
「はーい、おやすみ。」
 母はそう見送ると、また静かに洗い物に戻っていった。
 景介の背中はまだ完全ではない体調の影と、それでも少しずつ戻ってきた元気の気配が、同時に宿っていた。
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