お腹の弱いショタは頼れないので、気づけばお父さんは心配しすぎて過干渉

Sora

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 布団に戻った景介は、少しだけ息を吐き、毛布を肩まで引き上げた。
 自分で歩けたことと、母とのやり取りが、わずかに気持ちを軽くしていた。
(明日には、きっともう大丈夫だな……)
 そう思いながら、ゆっくりと目を閉じた。
 その夜、景介は深く眠った。
 けれど。
 午前二時を回ったころ、父は再び景介の額に手を当てていた。
「……やっぱり下がりきらなかったな。」
 熱はぶり返していた。昼間よりも少し高い。額と首筋には汗が滲み、布団の中の景介の呼吸はどこか浅く、不規則になっている。
 夢の中でうなされるように時折眉をひそめるが、目を覚ますことはなかった。
 父は洗面器をそっと脇に置き、水分の準備を整えたあとも、しばらくその場を離れずにいた。
 時折、毛布の位置を直し、乱れた前髪を指で避け、静かな寝息を確認するように見守っている。
(……平気って言っても、まだこれだ。)
 景介が言った「一人でも大丈夫」という言葉を思い出しながら、父はそっと息を吐いた。
 手の中に残る、じっとりとした景介の熱。
 それは“まだ大丈夫じゃない”ことを、誰よりも強く物語っていた。

 朝。
 景介は、ゆっくりと布団から身を起こした。
 頭がふらつくことはなかった。熱は残っているものの、昨日よりずっと楽に感じた。
「三十八度ちょうど……」
 手にした体温計を見つめながら、小さく息を吐く。
 このくらいなら、もう大丈夫だ。そう思った。
「……なあ、今日、もう大丈夫だと思うんだけど。」
 隣で体温計を片付けていた父が、ちらりと目をやる。けれど、返ってきた声は冷たかった。
「何が大丈夫だ。」
「だから、家にひとりでいるくらい……もう平気だって。」
 言いながら、景介は自分でも気づかないくらい、拳を握っていた。
 少しでも前進していることを伝えたかった。ただ、それだけだったのに。
「熱があるうちは、油断できん。」
 短く返されたその言葉が、心に刺さる。
 昨日もそうだった。言っても、伝わらない。何をしても、信じてもらえない。
「昨日より下がってるって言ったじゃん。飯も食べられるし、水も飲んでる。大丈夫だって。」
 声が、少し上ずった。
 言えば言うほど、自分でも余計に幼く聞こえる気がして、それがまた腹立たしかった。
「……俺、いつまでこうやって監視されてなきゃなんないわけ?」
 ぽつりと、唇から漏れたその一言に、父の表情がわずかに変わる。
「誰も監視してるとは言っていない。」
「じゃあ……なんなの。つきっきりでいなきゃ、気が済まないだけ?」
「お前が“平気”って言うときほど、信用ならん。」
 それを聞いた瞬間、胸の奥に火が灯った。
 わかってる。自分でも、その通りだって。
 でも。
「……そんなの、もう……!」
 気づけば、布団を乱暴に跳ね上げていた。
 勢いのまま立ち上がった。
「放っといてよ!」
 怒鳴った声が、部屋の空気を揺らした。
 その直後、視界がふっと揺れた。
(……あれ?)
 床が遠ざかっていくような感覚。
 足の裏が、何も掴めていない。世界が傾いた。
「――っ!」
 ぐらりと倒れかけたその瞬間、父の腕が伸びる。
 がし、と体を支えるその手に、景介の体は何の抵抗もなく預けられた。
「……景介!」
 重くない。
 でも、あまりにも力が入っていない。
 景介の息が、荒くなっていく。
 胸がばくばくと波打ち、喉の奥から熱い呼吸が漏れた。
「っ、はあっ……はっ、は……っ…」
 背中を支えられたまま、ぐったりと崩れかかる。
 すぐさま父が洗面器を引き寄せる。
「……っ……おえっ!」
 吐き気が、突然込み上げてきた。
 何かを言う間もなく、胃の奥から熱い液体が逆流し、洗面器へと落ちていく。
「……っぐ、はっ……おえっ……!」
 何度も、えずく音が響いた。
 目元からは涙が流れ、頬は汗で濡れている。
 景介はただ、震えながら吐き続けた。
 やがて、吐き気が落ち着いてきても、息は荒いままだった。
「はあっ……、はっ……ごほっ……」
 喉が焼ける。
 声にならない音だけが、口から漏れた。
 父は、そっとタオルで口元を拭い、額を押さえる。
 何も言わない。ただ、じっと支え続けている。
「……情けない……」
 かすれた声が、唇の端からこぼれた。
 悔しさと苦しさがごちゃ混ぜになって、どうにもならなかった。
「……ひとりで、できると思ったのに……」
 小さな呟きは、布団の中に吸い込まれていった。
 父は、毛布をもう一度肩まで掛けながら、低く言った。
「……もう休め。」
 その声が、どこまでも静かで、やさしく響いた。

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