姫騎士様は恋を知らない

Sora

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26.戦闘①

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 鋭い風切り音の直後、甲冑に矢が当たる鈍い衝撃音が響いた。次の瞬間、会談の場に悲鳴が上がる。

 「伏せろ! 矢だ!」

 近衛騎士の叫びと同時に、訓練された護衛たちが即座に動いた。貴族たちは慌てて身を低くし、護衛がそれぞれに覆いかぶさる。

 セラフィナは咄嗟に一歩、王太子の前へと出た。鋼の剣が鋭く抜かれ、次に飛来した矢を弾き落とす。

 「殿下、こちらへ!」

 振り返らずに声をかけると、背後にいた近衛の一人が王太子の腕を取り、即座に安全圏への退避を開始する。セラフィナはその背後につき、矢の射線を警戒しながら後退を始めた。

 避難の目標は、広場の端にある石造りの通路だ。通常は使用されない物資搬入用の出入り口で、緊急時には退避路として活用される。

 矢の雨は十数秒で止み、直後に建物の影から黒衣の襲撃者たちが次々と姿を現した。

 彼らは顔まで覆面で隠し、装備は軽装。だが動きに無駄はなく、足取りも迷いがない。一目で、素人ではないことが分かった。

 ただの暴徒ではなかった。戦いのために鍛えられ、殺すために送り込まれてきた者たちだ。

 「敵、接近――距離、二十メートル!」

 ルークの部隊の隊長が叫ぶ。その声に呼応するように、王宮兵と混成の騎士団が一斉に前へ踏み出し、襲撃者たちと激突した。

 金属のぶつかる音、呻き声、甲高い叫びが広場に響く。戦いは瞬く間に混戦へと変わり、視界のなかで剣と刃が交錯する。

 「セラフィナ! 王太子は任せた!」

 その喧騒の中、ルークの声が響いた。彼自身もすでに剣を抜き、最前線で敵と斬り結んでいた。

 「了解!」

 セラフィナは王太子の背後にぴたりと付き、近衛たちと息を合わせて後退を続ける。避難通路は目前だが、油断はできない。

 案の定、その前に立ち塞がる者がいた。

 一人の襲撃者が、滑るような速さで横から飛び出し、進路を塞ぐように通路の前へと跳び込んだ。顔は覆面で隠されていたが、瞳に宿る光は明確な殺意そのものだった。

 「下がってください、殿下!」

 セラフィナはすかさず前へ出た。突き出された短剣を剣で受け止め、そのまま力で押し返す。刃がぶつかり火花を散らすが、相手は細身ながらも驚異的な膂力を持っていた。

 兵士の動きではなかった。あれは暗殺を専門とする刺客だ。

 敵の体捌きは流れるようで、虚を突くような足運びと間合いの取り方が、明らかに正規軍のそれとは異なっていた。王太子の命を狙うためだけに鍛え上げられた存在。言葉を交わすことすら無意味だと、その気配が物語っていた。

 セラフィナは集中を高め、動きの癖を読む。

 次に右足に体重をかけた瞬間、跳びかかってくる。読み切った。足払いをかけて崩したところへ、鋭い斬撃を叩き込む。

 敵は呻き声も上げずに崩れ落ちた。

 王太子と近衛たちがその隙に通路へと駆け抜けていく。


 セラフィナもすぐに後を追おうとしたが、突如、横から別の刺客が飛び出してきた。体格のいい男で、両手には鈍く光る短剣。先ほどの者よりも動きに重みがあり、それでいて速い。明らかに訓練された暗殺者の一人だ。

 剣を振り向きざまに構え、なんとか初撃は受け止めたものの、その勢いに押され、足元がわずかに乱れる。間合いを詰められる前に体勢を立て直そうとする――その時だった。

 近くの屋根の影から、ルークはある異変に気付いた。反射的に目を凝らす。

 (……屋根の上。何か光った?)

 鋭い違和感が背筋を走る。訓練された兵士の直感が告げていた。

 セラフィナの位置からは見えない――だが、そこから何かが放たれる。

 「……狙われてる!」

 彼は即座に動いた。

 風を裂く勢いで走り出す。セラフィナの眼前、わずかに隙ができたその瞬間、建物の屋根の影から放たれたのは、短く細身の鋼製の矢だった。羽根も装飾もなく、音すら殺されたそれは、殺意の塊だった。

 正確な軌道。しかも、セラフィナの視界に入らない角度から放たれている。

 ルークは迷わなかった。彼女の前に飛び込み、肩を反らすようにしてその身で矢を受け止める。

 鈍い衝撃音と同時に、血飛沫が弧を描いた。

 「ルーク……っ!」

 セラフィナの目が見開かれる。彼の肩に突き立った鋼の矢が、深く肉にめり込んでいる。

 「大丈夫だ……まだ動ける」

 唇をかすかに引き結びながら、ルークは敵の刺客に剣を向ける。ふらつきながらも、足を前に出す気迫は衰えていない。

 「行け、セラフィナ。あいつはお前を狙ってた……今、殿下を守れるのはお前しかいない」

 その言葉に、セラフィナの眼差しが一瞬揺れた。

 だが、迷いはしない。

 「了解。……絶対に戻る。だから、死ぬなよ」

 言葉を残し、彼女は王太子のもとへと駆け出す。背中に血の匂いを残したまま。

 ルークは、逃げていくその後ろ姿を見送りながら、唇の端をわずかに持ち上げた。

 「心配性だな、まったく……」

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