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第一章:神聖リディシア王国襲撃編

彼女と世界の運命 ①

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「まず、私の事についてお話させていただきます」

涙を拭った彼女はそう言って、俺の眼を見る。かすかに揺らぐ彼女の綺麗な瞳に思わず目をそらす。ただ、彼女はそういうことは気にせず、素性を語る。

「私は、シエラ・プルーティア。今年から勇者の役職を押し付けられました」

「・・・勇者? 押し付けられた?」

勇者になりました、なら分かる。しかし、彼女が口にしたのは、勇者を押し付けられた、だ。まるで自分の意思に関係なく、どこかの誰かに無理矢理与えられたかのように。勇者といえば、正義の為に悪と戦う、漫画やゲームの主人公ヒーロー。子供の頃は沢山の人が夢見たであろう勇者という役職。ただ、それは全員に当てはまる訳では無い。勇者に夢見たからといって本当に勇者にさせられたら嫌に決まってる。夢は夢のままで、憧れは憧れのままでいいのだ。俺達にとって、勇者は偶像。想像の産物。それを現実にしてしまっては意味が無い。きっと、この彼女も勇者に夢見ただけのどこにでもいる小さな女の子なんだろう。

「なぁ、お前は勇者をやりたくなかったのか?」

「・・・はい。私は、普通にこの村で家族と過ごしたいんです。それだけで十分なんです」

泣き止んだばかりだというのに、再び泣きそうな表情を浮かべる。

「なら、なんで断らなかった? 嫌だ、って一言いえば解決できる事だったんじゃないのか?」

「・・・言いましたよ。嫌だって!それでも無理だった!誰もが、これがお前の運命だ、って!運命から逃げることは許さない、って!私を責める!なんで…なんで…私が…」

シエラは泣き叫ぶ。彼女は運命という不確かなものに『勇者』という役職を押し付けられた。なんの理由もなく、彼女に尋ねることも無く、黙って押し付けた。神からの贈り物と言えば聞こえがいいかもしれないが、こんなモノが神の贈り物なら、その神は単なるクソ野郎だ。欲しいものは与えず、欲しくないものを与える。そんな理不尽があっていいわけがない。

「・・・」

俺が、今の彼女に出来ることなんて何も無い。同情すれば、彼女は喜ぶのか?そんな訳が無い。偽善の言葉なんて誰でも言える。俺にとって偽善は悪だ。何が、大丈夫?、だ。 そんな言葉で、悔しさや悲しさが消えるわけない。その程度で治るモノなんて大した内容じゃない。

「・・・すみません。つい、取り乱してしまいました」

黙って何も言えない俺の感情を読み取ったのか、シエラは涙を拭って、頭を下げる。そして、

「気を取り直して、話の続きをしますね」

彼女は自分の目の前で弧を描くように人差し指を動かした。すると、何も無い空中に突如、一冊の薄い書物が出現した。

「・・・は?」

非現実的すぎる事象を目のあたりにした俺の口から間抜けな声が漏れた。それは無理もない。空中から本が現れるなんて普通ありえない。そんな俺を気にすることなく、彼女は空中に浮く書物を掴み、タイトルの記された方をこちらに見せてきた。

「・・・?」

そこには--なんとも言えない意味不明な記号の羅列が並んでいた。
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