愛を知らないパトリオットへ

あず

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第1章 新王国

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次に目が覚めた時、僕は冷たい床の上で寝そべっていた。アーシュは檻の向こう側に立つ兵士と何やら話をしていた。僕はその様子をぼーっと眺めていた。

兵士は僕が起きたことに気がついて、アーシュに顎をしゃくって知らせた。それに気付いたアーシュが僕の方を振り返って見た。アーシュは、相変わらず優しく笑った。僕はそれに安心する。

アーシュは兵士ともう一言二言、話をすると、頷き合って、別れた。アーシュの手にはきらりと光る何かが握られている。

「ハル。今日の夜、ここを出られることになったよ。」

アーシュは掌に握った光るもの…鉄の鍵を僕に見せた。きっとこの檻の鍵に違いない。僕はその鍵を見てから、僕の前に膝をつく、アーシュの顔を見つめた。

「ハルはここから出たらどうしたい?家族のもとへ戻りたい?」

ここから出たら。
そんなことができるのだろうか。
いや、できたとして、僕にこの世界に居場所があるのだろうか。

アーシュとの会話でわかったこと。
僕はこの世界よりも1000年以上前に滅んだリーフレンド王国の人間で、しかも憎まれていた王侯貴族側の人間だ。
早い遅い関係なく、当時の顔見知りは全員処刑されているはずだ。それに当時のことを知る人間も今や存在しない。してたら怖い。
それに、この、僕とそっくりなこの体の持ち主がどうなったのか、俺にはわからない。僕はこの檻に入れられるまで何をしていたのだろうか。
アーシュの話では、売られてここへ来たということになっている。売られる人のことを奴隷と言うらしい。リーフレンド王国にはそんなものはなかった。
それに僕は僕を買った人間にまだ会っていない。

話が逸れたけど。

つまり、僕はこの檻から出たところで、無事でいられる保証なんてどこにもないのだ。

だからといって、この状況が良いものであるとは限らない。いつおかれたのかわからない食事のようなトレーに乗った器にはシチューなのか何なのかわからないドロドロしたものが入っている。が、美味しそうには見えないし、腹いっぱいに満たせるようにも見えない。

しかし、同じ状況で檻に入れられているアーシュがこれよりも良い待遇で迎えてくれるのかは、正直いってわからない。
それに、この檻の外の世界で本当にアーシュを信用できるのかだって疑問だ。
今、2人の間に僅かでも好感が持てているのは、布一枚で外部とのつながりも遮断されているからこそである。

「うーん、じゃあ少し言い方を変えよう。俺とこの檻を出て、一緒に着いて来てくれないかな?信用できないのは分かる。でも、俺たちは君に不利益になることは絶対にしない。約束する。」

僕と目線を合わせるように僕の正面でしゃがんだアーシュに真っ直ぐに見つめられて、少したじろぐ。
本当に信用できるのだろうか。また、父や母のように僕をモノのように偉い人に差し出すのではないだろうか。
国の安寧ためと言って、殺されるのではないのだろうか。

そこまで考えていると、ガシャン、と檻の外で大きな物音がした。薄暗かったあたりが物音の下方から光が差して明るくなった。

ガツガツと大きな足音を立てて誰かがこちらへ近づいてくる。アーシュが僕を隠すように自分の布で抱きつくように覆った。
僕は戸惑って、アーシュの顔を見上げるが、アーシュは緊張した面持ちで音のした方向を睨み付けていた。

「おや?随分と仲良くなっているみたいだねえ。性奴隷というのは同族意識が強いのかね?まあいい。金色が目覚めたと聞いた。顔を見せなさい。」

アーシュに遮られて見えないが、粘つくような声色にゾッと鳥肌が立った。

「おい、お前。そこを退きなさい。」

おそらく、金色というのは僕のことだろう。
アーシュに退けと命じるがアーシュは動こうとしない。僕を抱く手に力が入る。

「ほら、早く退かしなさい。」

キンキンと部屋中に響くねばねば声が少し不機嫌にトーンを落とす。

そして、ギイと檻の扉を開ける音が聞こえ、兵士が近づいて来たのが音と気配で分かる。
抵抗する間も無く、アーシュと僕は2人の兵士に引き剥がされる。
1人は僕を無理やりに立たせて、檻の手前側、通路の方へと引っ張る。
もう1人はアーシュを押さえ込んでいる。

「そんな小さな子供に何をさせる気だ!お前たちその子に指一本でも触れてみろ…俺が許さないからな!」

アーシュが声を上げるが、誰も聞く耳を持たない。
引きずられて、僕が目の前に連れてこられたのは多分、ねばねば声の持ち主だ。1人だけ、上質そうな生地の服を着て、どう見ても実用性のない装飾品で着飾っている。中肉中背…よりも少し脂の乗ったおじさん。

品定めをするようにおじさんが僕を頭の先から指の先まで見回す。
その目がいやらしく光るものだから、居心地が悪い。唯一、僕の身を守っていた布は兵士にはぎ取られてしまった。心許なくせめてもの抵抗で前を隠す。

「ふん、大人しくて良い。それに顔も体も、汚れてはいるが綺麗だ。」

僕の品定めが終わったのか、満足そうに笑って盛大に僕を見下す。

「今朝言った通り、着飾らせて私の部屋に連れて来なさい。ちゃんと綺麗に洗ってね。」

それだけ言うと、おじさんは出て行った。

僕はアーシュの方を見る。乱雑な兵士の手が僕を掴んで檻の外に出そうとする。痛い。
ごちゃごちゃと考えている暇なんてもう無いようだ。この人たちを選ぶか、まだ見ぬアーシュの上司という人を信じるか。アーシュの上司は、僕に優しいアーシュをこんな目に合わせている。だけど、でも、この人たちは敵だ。

「アーシュ、」

たった1人でこの人たちと戦うのなら、優しいアーシュに一時的でいいから、縋りたかった。

「ハル!絶対、助けるから!」

名前を読んで手を伸ばすが、引っ張られる僕と取り押さえられるアーシュの伸ばした手は届くことはなかった。

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