甘酸っぱい恋の味

月華 澪

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第一章 言えなかった、ひとこと

わかってたのに

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八月の終わり。
夏期講習も、いよいよ終盤に差し掛かっていた。

憧子は、あれ以来、航太と距離を取っていた。
あえて目を合わせないようにして、会話も必要最低限だけ。
陽菜とも、自然に話すことができなくなっていた。

でも、心の中は、静かに騒がしかった。

***

ある日、講習後。
憧子が教室を出ようとしたとき、航太が後ろから声をかけてきた。

「なあ、ちょっといい?」

「……なに?」

「最近、憧子、俺のこと避けてない?」

「そんなことないよ。気のせい」

即答したけど、顔は笑えていなかった。
航太はじっと憧子を見たまま、静かに言った。

「……小さい頃からずっと一緒にいたんだよ?気づかないわけないじゃん」

「……」

「なんかあった?言いたくないなら、いいけど……俺、憧子がそんなふうにするの、はじめてだからさ」

憧子は答えなかった。
ただ、小さく頭を下げて、そのまま教室を出ていった。

航太の視線が背中に残っていた。

***

その日の夕方、憧子は、思い切って陽菜に連絡を取った。
夕暮れの公園。蝉の声が遠くで鳴いている。

ベンチに並んで座ったふたりは、少しだけ沈黙していた。

「……ごめんね」

憧子が口を開いた。

「私、やっぱり……航太のこと、好きだった」

陽菜は少し驚いたように目を見開いて、それから小さく笑った。

「うん、知ってたよ。途中から」

「……ほんとは、協力なんて言うべきじゃなかった。でも、陽菜ちゃんがすごくいい子で……私なんかが邪魔しちゃだめだって思って」

「……ねえ」

陽菜は、急に俯いて言った。

「航太くん、最近ずっと……憧子ちゃんの話ばっかりするの」

「え?」

「最初は“幼なじみだから”って思ってた。けどね、こっちが勇気出して手つないでも、デートしても、彼の気持ちはどこか遠くにあるの、わかるんだよ」

陽菜の声が少し震えていた。

「航太くん、あたしのこと見てるようで、全然見てなかった。……普通、わかるよね。好きな人のことばっかり話す人が、本気じゃないってことくらい」

「……」

「でも、嫌いにはなれなかったの。私の初恋だったから」

ぽろり、と陽菜の目から涙がこぼれた。
強くて、明るくて、いつも笑っていた陽菜が、泣いていた。

憧子は、そっと陽菜の手を握った。

「ごめんね……ほんとに、ごめん」

「違うよ。憧子ちゃんが謝ることじゃない。恋って、誰のせいでもないから……」

ふたりの間を、夕方の風がやさしく吹き抜けた。

言えなかったこと。言わなかったこと。
そして、やっと言えたこと。

その全部が、夏の終わりの空に吸い込まれていくようだった。
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