甘酸っぱい恋の味

月華 澪

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第八章 甘酸っぱい恋の味、永遠に

はじめまして、杏です。

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2年ぶりの秋。
陽菜と航太の娘、杏(あん)は、もうすぐ2歳になる。

「おじゃましまーす!」
憧子が玄関を開けると、ふわっとシチューの香りがした。
そのすぐ後ろには和真の姿。

「わーっ! 」
ぱたぱたと走ってきたのは、まだ小さな足取りの女の子。ピンクのワンピースに、くるくるの髪。
陽菜にそっくりな大きな瞳が、嬉しそうに輝いていた。

「杏ちゃん、大きくなったねえ!」
憧子はしゃがんで両手を広げると、杏が迷わず飛び込んできた。

「んー! あこたん!」

「……あこたん?」
和真がクスッと笑う。
「気に入られてるなー」

「ほんとだね」
憧子は頬を緩めながら、杏のほっぺをツンと触った。

リビングに入ると、陽菜がエプロン姿で振り返った。
「いらっしゃい!シチュー煮えてるよー!」

「ごめんね、突然。杏ちゃんに会いたくて」
「ううん、すごく嬉しいよ。ね、杏?」

「んーっ!」と叫ぶように返事をする杏。
その後ろから航太が、杏のぬいぐるみを持って登場した。

「こいつ、最近“パパ”より“あこたん”のほうが好きなんじゃないかと思ってる」
「えー!」と、陽菜と憧子が笑いながら声を揃えた。

テーブルには、陽菜手作りの料理が並んだ。シチュー、グラタン、パン、サラダ、そして杏が最近ハマってるという「にんじんスティック」。

「子どもって、味覚ちがうんだよね~。甘すぎると食べないし、薄すぎても怒るし」
「そんなに怒るの?」と和真。
「怒るよ。なんか“ぷんっ!”って顔するもん」

「憧子もそうだったよなあ、小さい頃」
「なんで知ってるの!」
「いや、たぶん。想像」

笑いが絶えない食卓。
その中で、和真は時折、杏の姿を見つめていた。
憧子もまた、そんな和真を横目で見ていた。

――この子みたいに、自分たちにも、いつか。
ふと、そんな思いが胸に浮かぶ。

「ねえ」
陽菜が小声で憧子に耳打ちした。
「憧子たち、そろそろじゃない?」

「……え?」
「結婚。だって、こんなに仲良しなんだもん。ほら、杏だって“あこたん”大好きだし♡」

「もう、やめてよー」
照れくさそうに憧子が笑う。
けれどその横顔は、どこか嬉しそうだった。

その夜、帰り道。
和真がふと、憧子の手を握った。

「杏ちゃん、かわいかったね」
「うん、すっごく」

「……俺たちも、いつか」
その言葉の続きを、憧子はそっと微笑んで受け止めた。

冷たい風が頬を撫でる。
でも、心はどこまでもあたたかかった。
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