悪役令嬢ではありません。肩書きはただの村人ですが、いつの日か名だたる冒険者になっていた。

小田

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第二章 学園編

48話 狼の獣人

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「御姉さま。お休みのところ失礼します」

 デニムが得意げな表情でゼシルの自室に入ってきた。

「しっかり、ルリの遺体は片付けたのでしょうね?」

「いえ、まだです」

 遺体の処分をしていないのにも関わらず、弟のデニムはゼシルの前で余裕綽々しゃくしゃくの態度だ。

「一刻も早く処理をしなさい!!」

 ずっとイライラしていたゼシルはデニムに怒声を浴びせた。
 アレクが昨日の昼休みからゼシルに対して冷たい態度をとっていたから余計に機嫌が悪かったのだ。
 
「この屋敷にルリを連れてきました」

(ただでさえ、虫の居所が悪いのに、この子はわたくしになんて言ったのかしら。
ルリをこの屋敷に招き入れたですって?)

「デニム、貴方はわたくしのことを馬鹿にしているのかしら?」

 苛立ちが収まらないゼシルは椅子から立ち上がり、デニムを睨んだ。

「とんでもないです。ですが御姉さまも、お話を聞いて下されば考えが変わるかもしれません」

「いいわ。話しなさい」

「ルリはもしかしたら、治癒の魔法が扱えるのかもしれません。殺すのは勿体ないと思ったので、連れてきました」

(はい?)

 あまりに突拍子もない内容を口にしたデニムに、ゼシルは間抜け面を晒す。

「いきなり何を言うかと思えば、ルリは治癒の魔法が扱えるですって?ただの村人が治癒の魔法を使えるはずがないわ。天と地がひっくり返ってもありえない話だけど、仮にそうだとして、何か根拠はあるんでしょうね?」

「昨日胸を貫ぬかれた瀕死のはずのルリがピンピンしているからです」

 確かに変な話だ。
 デニムが嘘を吐くとは思えないし、それなら死体が転がっていないのも頷ける話なのだが。

(本当にルリは怪我を負っていないのかしら)

「今、ルリはどこにいるのか教えなさい」

「拘束した状態で僕の部屋にいます」

 ゼシルは急いで自室から飛び出し、デニムの部屋に向かう。
 
(この目でしっかり確認しないといけないわ。
ルリが怪我を負っていないっていうことは、つまり、神聖魔法が扱えるってことなのだから)

「御姉さま、待って下さい!ルリを調教したら利用価値があると思いませんか!?」

 部屋の中にいるデニムが必死に訴えかけてくるがゼシルはそれどころじゃなかった。
 デニムは事の重要さを全く理解していないから、こんな悠長な態度でいられるのだ。

 説明する時間も惜しいゼシルはデニムの言葉を無視をして全速力で駆けた。

 デニムが言ったことが事実なら、これはとんでもないことだ。
 この場で確実にルリを始末しなければいけない。

 他の誰かが運よくあの場に訪れてルリを治療した可能性もゼロでないが、彼女が自分の力で治療した方が濃厚だろう。

 そもそも、神聖魔法はごくごく限られた者しか発現しない。
 どこかの大貴族、もしくは王族のような魔法に秀でた家柄だったとしてもそうそう生まれてこない、それくらい貴重な魔法である。
 
 断言できるのはゼシルにとってこの流れは非常に不味いって事だ。
 もし仮にルリが神聖魔法の使い手だとしたら近いうちに、彼女はクリセイル教会に連れて行かれるだろう。
 もしその時、彼女がルリの暗殺を企てたことが露呈ろていでもしたら、間違いなくゼシルは厳罰に処されてしまう。

 単なる村人であれば公爵家の力で何とでも隠蔽することは容易だが、神聖魔法が扱えるとなると話は変わってくる。

(こんなことになるのであれば、初めから自分の手で確実に始末するべきだったわ)


  ◇    ◇    ◇         ◇   ◇   ◇         ◇   ◇   ◇


 デニムに拘束された私とナタリーは彼の自室に閉じ込められていた。 

「とりあえず、この部屋から脱出しないとね」

「だけど、両手両足を『奴隷の首輪』で束縛されているからどうすることも出来ないよ」

『奴隷の首輪』
 これは魔法具で、文字通り奴隷や捕虜に対して使用する道具だ。
 普通の手錠とは違い、拘束された者は魔法が扱えなくなる特殊な拘束具である。

 一般的にはそう知られているけれど、一切抜け道が無い訳ではない。

「え、ルリちゃん!?どうやってそれ外したの?」

 目を丸くさせたナタリーが私に尋ねてきた。

「うーん。口で説明するのは少し大変だから、とりあえずナタリーの手枷も外すね」

 なぜ、私がこんなことを知っているかというと、
 村長の家にあった書物の中にこれの解除方法が記されていたのを覚えていたからだ。
 書物と言うより、備忘録と表現した方がしっくりくるかもしれないけどね。

 まあ、他にも沢山の魔道具についても事細かく記載されていたから、他にも沢山知ってはいるのだが。

 よくよく考えれば、じいじは現役の頃何をしていたのか気にはなるけど一先ひとまず、今は脱出するのが先だろう。

「ありがとう、ルリちゃん。だけど、私のこと恨んでないの?」

 手足を拘束していた『奴隷の首輪』を外してあげると、ナタリーは非常に後ろめたそうな表情でうかがってきた。

「うーん。そこまで恨んではないかな。流石に、また私を刺そうとしたら許さないけどね」

 確かに、刺されたことを全く気にしていないと言えば嘘になるんだけど。
 こうやって自分は五体満足で生きているんだし、彼女のことを憎んでいるのだとしたらこの場で助けたりはしないんだけどな。

 きっと私は『誰か困っている人を助けてあげたい』って思いが強いんだろう。

 神聖魔法で沢山の人を救ってきた父の存在が大きかったんだと思う。
 おぼろげな記憶ではあるけれど、母が頻繁に父の事を褒めていたから余計そう感じるのかな?

「この屋敷のどこに姉が囚われているか知っている?」

 二階の窓から庭に飛び降りた私はナタリーに尋ねた。
 先に地面に着地していたナタリーはこちらに顔を向けて答える。

「多分、地下牢に収監されていると思う」

「りょーかい!ナタリーの後ろを付いていくから道案内よろしくね!」

「ルリちゃん、ありがとう」

 すると、ナタリーは生身の人間では到底出せない速度で走り出した。
 ナタリーに付いて行くねっと言ったものの、こんな速さとは想定もしていなかった…。
 
 慌てて私も【身体強化】の魔法を行使してなんとかナタリーの背中を追う。
 最近ようやく扱えるようになった魔法だけど、訓練しておいて良かったと胸を撫でおろす。
 使用人たちの目を潜り抜けた私たちは、あっという間に目的地に辿り着く。
 
「あそこが地下牢の入口なんだけど、兵士が見張っているね」

「私が注意を引くから、ナタリーはその隙に侵入して」

 ナタリーにそう告げた私は、木の茂みの中から姿を現してゆっくり地下牢に繋がる入口に向かって歩き出す。
 
「貴様!何者だ?ここはメイベリット侯爵の屋敷であるぞ。何用でここに参ったのか申さなければ、そなたを捕らえるぞ!」

 四十代くらいの男の兵士が私に向かって忠告してきた。
 素直に白状したところで意味は無いだろう。
 そもそも、ナタリーの姉を救出するのが目的なのだから。

 私は兵士に悟られないように【身体強化】を発動した。
 ナタリーの後ろを走っていた時よりもさらに魔力を注ぐ。

 準備が整った私は地面を強く蹴った。

 五メートルくらい彼と私には距離があったけれど、一瞬で兵士との間合いを詰める。
 私は剣の柄を兵士の喉元に突き刺した。

 勿論、命を奪い合う戦いであれば私はまた、躊躇ちゅうちょしていたかもしれない。
 けれど今回は別に相手を気絶させるだけだったので、私は容赦なく攻撃することが出来た。

 倒れた兵士は白目をむいて崩れ落ちたけど、恐らく死んではいないだろう。
 たぶん…。

 茂みの中に待機していたナタリーが目をま大きく見開きながら駆け寄ってくる。

「ルリちゃん、今の動き…。全く見えなかったんだけど」

「今、扱える最大限の【身体強化】を施して移動したからかな?」

「え、【身体強化】って上級生でも習得するのに苦戦するのにもう扱えるの?」

 確かに初級・中級の無属性魔法の書物には記載されていなかったけど、まさか上級魔法だったとは思いもしなかった。

「そういえばさっき私も全力で走ってたのに、余裕で後ろについて来れたのってそう言うことだったのか」

 ナタリーは腑に落ちたような顔でうんうんと頷いているが、違う意味で私は驚いたので、すかさず問いかけた。

「え、ナタリーはさっき走っていた時【身体強化】使わずに走っていたの!?
 そっちの方が凄くない?」

「ルリちゃんに話してなかったんだけどね。私、狼の獣人なんだ。もちろん、学園には秘密にしているから内緒にしてね?」

 ナタリーが獣人なら【身体強化】を使わなくてもあの速度で走れるのは納得できるのだが、それでも私は彼女が獣人と一ミリも思っていなかったので驚きを隠せなかった。
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