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村を包む影と、最初の違和感
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昼を過ぎ、村の空気が少しぬるくなる頃。
あかねは家に戻り、薬草棚の前で腕を組んでいた。
(効能が前の世界と微妙に違う……成分の濃さも違う。これは一から覚え直さないと危ない)
棚には乾燥した葉や根が束ねられ、名前の札もほとんどない。
前の薬師が口伝で扱ってきたものなのだろう。
だが、それでは事故に繋がる。
(よし……まずは、匂い、味、形、効き目……全部ノートがわりに覚えていこう)
そう決めて草を手に取り始めた時――
玄関の戸が激しく叩かれた。
「た、大変じゃ! あかねさん、早よう来てくれ!」
声は焦りで震えていた。
表へ出ると、村の男が息を切らして立っている。
「どうしたんですか」
「庄屋さまのところで……倒れたもんがおるんじゃ!」
庄屋。
村をまとめる有力者の家だ。
(高齢の人かな……? いや、この呼び方……もっと深刻?)
胸の奥がざわっとした。
「案内してください」
あかねは草履をつっかけ、急いで男の後を追った。
***
庄屋の家は村で一番大きく、門の前には数人の男たちが集まっていた。
皆、険しい顔でざわついている。
「運び込んだのは何者じゃ」
「旅の者らしいが……急に倒れよった」
「毒か病か……?」
毒。
その言葉に、あかねの足が一瞬止まった。
(毒……? ここは戦国。毒殺なんて珍しくない世界かもしれない)
奥の部屋に通されると、旅の男が布団に伏せていた。
顔色は土のようにくすみ、唇は紫がかっている。
脈は弱く、呼吸も浅い。
隣では庄屋の妻が落ち着かない手つきで布を絞っていた。
「この者、村に来てすぐにこうなってな……。あかねさん、見てやってくれぬか」
あかねは頷き、男の口元をそっと開く。
強い金属臭……いや、これは……
(胃の内容物が酸化してる? それとも中毒症状……?)
指先に少し触れるだけで、前世で覚えた“病の匂い”がよみがえる。
だが、この世界の食べ物、草、毒――すべてが未知数だ。
「倒れる前に、何か食べたり飲んだりしていましたか」
「茶をやっただけじゃ。それ以外は……」
その時。
あかねの目が、部屋の隅に置かれている袋に泊まった。
袋の口がわずかに開いており、乾いた黒い葉がこぼれている。
(これは……嗅いだことがある……けど、違う……)
手に取ると、ほのかな苦味と土くささ。
前世で扱った「センブリ」に似ているが、もっと強い刺激。
(これ……毒にも薬にもなるタイプの草じゃない?)
庄屋が顔を寄せてくる。
「分かるかの、あかねさん」
「……はっきりとは言えません。でも、この草、扱いを間違えると危険です。旅の途中で誤って食べた可能性があります」
室内が一気にざわめいた。
「やはり毒か!」
「明日には役人に言わねばならんか……」
「いや、そんな大事にせん方がええ……」
(ああ……これが戦国。毒と聞けば、すぐに疑心暗鬼になる)
あかねは深呼吸し、みんなの視線をひとつずつ受け止めるように言った。
「……落ち着いてください。毒と決まったわけではありません。いま私にできる限りのことをします」
庄屋が硬い表情で頷いた。
「頼む。生かすも殺すも、あんた次第じゃ」
重い言葉だった。
***
あかねは袋の中の草を取り、指先で細かく千切って匂いを確かめた。
(適量なら胃腸に効く……でも多ければ急激に体を弱らせる……)
前世で学んだ薬草学と医療知識が、形を変えて今の世界と結びついていく。
あかねは熱湯を沸かし、草を薄く煎じ、さらに倍の湯で薄める。
「これを……少しだけ口に含ませてください。薄い分は毒を薄めて、吐き気を和らげます」
庄屋の妻が震える手で男に薬を含ませる。
男の喉が、かすかにごくりと動いた。
静かだった空気に、ほんの少し希望が差し込む。
「あかね……さん……これは、効くんかの……?」
「わかりません。ですが、効く可能性はあります」
庄屋の目が、わずかに安堵で潤んだ。
「ほんに……ようしてくれた……」
あかねが立ち上がろうとした時。
視界の端で、ふっと揺れる影があった。
襖の隙間から、誰かがじっとこちらを見ている。
鋭い目――農民ではない。
腰には古びた短刀。
(……この家、監視されてる? それとも、旅人が毒だと決まれば処罰するつもり……?)
一瞬、背筋が冷たくなった。
だが襖の影は、気づかれたのか静かに引いた。
(薬だけじゃない。この世界では、生死に政治が絡む)
そう実感した瞬間だった。
***
治療を終えて外へ出ると、夕日が村を赤く染めていた。
鳥がねぐらに戻り、人々が焚き火の準備をしている。
だが、あかねの心には重い影が残っていた。
毒か病か。その判断ひとつで誰かの命が決まる。
そして、その影には必ず人の思惑がある。
(戦国って……こういう世界なんだ)
帰り道、あかねは自分の指先を見つめた。
薬草の匂いが染み付いた指先。
(……でも、やるしかない。私にできるのは薬だけ。それでも、誰かの命をつなげるなら)
ゆっくりと、夕日の向こうへ歩き出した。
それが、あかねが“戦国の薬師”として生きる覚悟を決めた瞬間だった。
あかねは家に戻り、薬草棚の前で腕を組んでいた。
(効能が前の世界と微妙に違う……成分の濃さも違う。これは一から覚え直さないと危ない)
棚には乾燥した葉や根が束ねられ、名前の札もほとんどない。
前の薬師が口伝で扱ってきたものなのだろう。
だが、それでは事故に繋がる。
(よし……まずは、匂い、味、形、効き目……全部ノートがわりに覚えていこう)
そう決めて草を手に取り始めた時――
玄関の戸が激しく叩かれた。
「た、大変じゃ! あかねさん、早よう来てくれ!」
声は焦りで震えていた。
表へ出ると、村の男が息を切らして立っている。
「どうしたんですか」
「庄屋さまのところで……倒れたもんがおるんじゃ!」
庄屋。
村をまとめる有力者の家だ。
(高齢の人かな……? いや、この呼び方……もっと深刻?)
胸の奥がざわっとした。
「案内してください」
あかねは草履をつっかけ、急いで男の後を追った。
***
庄屋の家は村で一番大きく、門の前には数人の男たちが集まっていた。
皆、険しい顔でざわついている。
「運び込んだのは何者じゃ」
「旅の者らしいが……急に倒れよった」
「毒か病か……?」
毒。
その言葉に、あかねの足が一瞬止まった。
(毒……? ここは戦国。毒殺なんて珍しくない世界かもしれない)
奥の部屋に通されると、旅の男が布団に伏せていた。
顔色は土のようにくすみ、唇は紫がかっている。
脈は弱く、呼吸も浅い。
隣では庄屋の妻が落ち着かない手つきで布を絞っていた。
「この者、村に来てすぐにこうなってな……。あかねさん、見てやってくれぬか」
あかねは頷き、男の口元をそっと開く。
強い金属臭……いや、これは……
(胃の内容物が酸化してる? それとも中毒症状……?)
指先に少し触れるだけで、前世で覚えた“病の匂い”がよみがえる。
だが、この世界の食べ物、草、毒――すべてが未知数だ。
「倒れる前に、何か食べたり飲んだりしていましたか」
「茶をやっただけじゃ。それ以外は……」
その時。
あかねの目が、部屋の隅に置かれている袋に泊まった。
袋の口がわずかに開いており、乾いた黒い葉がこぼれている。
(これは……嗅いだことがある……けど、違う……)
手に取ると、ほのかな苦味と土くささ。
前世で扱った「センブリ」に似ているが、もっと強い刺激。
(これ……毒にも薬にもなるタイプの草じゃない?)
庄屋が顔を寄せてくる。
「分かるかの、あかねさん」
「……はっきりとは言えません。でも、この草、扱いを間違えると危険です。旅の途中で誤って食べた可能性があります」
室内が一気にざわめいた。
「やはり毒か!」
「明日には役人に言わねばならんか……」
「いや、そんな大事にせん方がええ……」
(ああ……これが戦国。毒と聞けば、すぐに疑心暗鬼になる)
あかねは深呼吸し、みんなの視線をひとつずつ受け止めるように言った。
「……落ち着いてください。毒と決まったわけではありません。いま私にできる限りのことをします」
庄屋が硬い表情で頷いた。
「頼む。生かすも殺すも、あんた次第じゃ」
重い言葉だった。
***
あかねは袋の中の草を取り、指先で細かく千切って匂いを確かめた。
(適量なら胃腸に効く……でも多ければ急激に体を弱らせる……)
前世で学んだ薬草学と医療知識が、形を変えて今の世界と結びついていく。
あかねは熱湯を沸かし、草を薄く煎じ、さらに倍の湯で薄める。
「これを……少しだけ口に含ませてください。薄い分は毒を薄めて、吐き気を和らげます」
庄屋の妻が震える手で男に薬を含ませる。
男の喉が、かすかにごくりと動いた。
静かだった空気に、ほんの少し希望が差し込む。
「あかね……さん……これは、効くんかの……?」
「わかりません。ですが、効く可能性はあります」
庄屋の目が、わずかに安堵で潤んだ。
「ほんに……ようしてくれた……」
あかねが立ち上がろうとした時。
視界の端で、ふっと揺れる影があった。
襖の隙間から、誰かがじっとこちらを見ている。
鋭い目――農民ではない。
腰には古びた短刀。
(……この家、監視されてる? それとも、旅人が毒だと決まれば処罰するつもり……?)
一瞬、背筋が冷たくなった。
だが襖の影は、気づかれたのか静かに引いた。
(薬だけじゃない。この世界では、生死に政治が絡む)
そう実感した瞬間だった。
***
治療を終えて外へ出ると、夕日が村を赤く染めていた。
鳥がねぐらに戻り、人々が焚き火の準備をしている。
だが、あかねの心には重い影が残っていた。
毒か病か。その判断ひとつで誰かの命が決まる。
そして、その影には必ず人の思惑がある。
(戦国って……こういう世界なんだ)
帰り道、あかねは自分の指先を見つめた。
薬草の匂いが染み付いた指先。
(……でも、やるしかない。私にできるのは薬だけ。それでも、誰かの命をつなげるなら)
ゆっくりと、夕日の向こうへ歩き出した。
それが、あかねが“戦国の薬師”として生きる覚悟を決めた瞬間だった。
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