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武士の問いと、薬師の答え
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翌朝、村は妙に静かだった。
鳥の声も、人の話し声も、どこか遠慮がちで、空気が張りつめている。
あかねは井戸端で手を洗いながら、その違和感をはっきりと感じていた。
(昨日の旅人……助かったのか、それとも)
庄屋の家からは、まだ何の知らせもない。
だが、嫌な予感は外れなかった。
午前も半ばを過ぎた頃。
村の入口の方から、蹄の音が聞こえてきた。
土の道を踏み固める重い音。
牛でも馬でもない、規則正しい響き。
宗太が青い顔で駆け込んでくる。
「あ、あかね姉! 武士が……武士が来とる!」
胸の奥が、すとんと冷えた。
「何人くらい?」
「三人。鎧はつけとらんけど、刀を差しとる……」
戦国。
その言葉が、ようやく現実の重みを持って迫ってきた。
***
庄屋の家の前には、すでに人だかりができていた。
その中央に、見慣れぬ男たちが立っている。
紺の直垂に身を包み、腰には大小二本の刀。
顔つきは冷静だが、目は鋭く、周囲を値踏みするように見回していた。
「この村で、旅の者が倒れたと聞く」
一番前に立つ男が、低い声で言った。
庄屋が深く頭を下げる。
「は、はい。昨夕、突然苦しみ出しまして……」
「診たのは誰だ」
視線が、一斉にあかねに向く。
その瞬間、空気が一段冷たくなった。
「……私です」
あかねは一歩前に出た。
声が震えないよう、意識して腹に力を入れる。
「名は」
「あかねと申します。この村の薬師です」
男は、あかねを上から下まで眺めた。
女。若い。武器もない。
「薬師が、毒を扱ったか」
直球だった。
ざわ、と村人が息を呑む。
あかねは、すぐに首を横に振った。
「毒ではありません。薬草です。ただし、量を誤れば害になります」
「では、毒にもなる草を使ったと?」
詰問。
武士の論理では、それだけで罪になりかねない。
(ここで言葉を間違えたら、終わる)
あかねは一度、深く息を吸った。
「はい。ただし、旅の者はすでにそれを摂取していました。私は、それを薄め、体外へ出すために使っただけです」
男の眉が、わずかに動いた。
「結果は」
「夜明け前には意識を取り戻しました。今は熱も下がっています」
庄屋が慌てて補足する。
「ほ、ほんとです! 今朝は粥も少し食べまして……」
武士はしばらく黙り込み、顎に手を当てた。
その沈黙が、やけに長く感じられる。
やがて、男は口を開いた。
「旅の者は、京からの帰りだった」
その一言で、場の空気が変わった。
(京……?)
「道中で何を見聞きしたか分からぬ者が、村で倒れた。
毒であれ病であれ、放置はできん」
男はあかねを見据える。
「薬師。お前は、あの男を助けた。
それは事実だな」
「……はい」
「ならば、最後まで関われ」
その言葉に、村人たちがざわめいた。
「今後、あの旅人に異変があれば、すぐに知らせよ。
場合によっては、城下へ来てもらうことになる」
城下。
その響きが、あかねの胸に重く落ちた。
「分かりました」
そう答えるしかなかった。
***
武士たちが去った後、村はようやく息を吹き返した。
だが、あかねの心は落ち着かなかった。
(助けただけなのに……それでも、武士の目には“利用できる存在”に見える)
宗太が、不安そうに袖を引く。
「姉……大丈夫なんか」
「……大丈夫よ。少なくとも、今は」
それは自分に言い聞かせる言葉でもあった。
庄屋の家へ向かうと、旅人は布団の上で静かに横になっていた。
顔色は、昨日より明らかに良い。
「あかね……さん……」
かすれた声で、男が呼ぶ。
「助けてくれて……ありがとう」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ溶けた。
「無理に動かないでください。まだ安心できませんから」
あかねは淡々とそう言い、脈を確かめる。
(生きてる。確かに)
だが同時に、思った。
(この人を助けたことで、私はもう“ただの村の薬師”ではいられない)
武士は見ている。
村の外の世界は、すでにこちらを向いている。
夕方、家に戻る道すがら。
あかねは赤く染まる空を見上げた。
(戦国に来たんだって、やっと実感した)
薬で人を救う。
それは変わらない。
けれど、この時代では――
救うことそのものが、選択であり、覚悟なのだ。
あかねは歩みを止めず、家路についた。
鳥の声も、人の話し声も、どこか遠慮がちで、空気が張りつめている。
あかねは井戸端で手を洗いながら、その違和感をはっきりと感じていた。
(昨日の旅人……助かったのか、それとも)
庄屋の家からは、まだ何の知らせもない。
だが、嫌な予感は外れなかった。
午前も半ばを過ぎた頃。
村の入口の方から、蹄の音が聞こえてきた。
土の道を踏み固める重い音。
牛でも馬でもない、規則正しい響き。
宗太が青い顔で駆け込んでくる。
「あ、あかね姉! 武士が……武士が来とる!」
胸の奥が、すとんと冷えた。
「何人くらい?」
「三人。鎧はつけとらんけど、刀を差しとる……」
戦国。
その言葉が、ようやく現実の重みを持って迫ってきた。
***
庄屋の家の前には、すでに人だかりができていた。
その中央に、見慣れぬ男たちが立っている。
紺の直垂に身を包み、腰には大小二本の刀。
顔つきは冷静だが、目は鋭く、周囲を値踏みするように見回していた。
「この村で、旅の者が倒れたと聞く」
一番前に立つ男が、低い声で言った。
庄屋が深く頭を下げる。
「は、はい。昨夕、突然苦しみ出しまして……」
「診たのは誰だ」
視線が、一斉にあかねに向く。
その瞬間、空気が一段冷たくなった。
「……私です」
あかねは一歩前に出た。
声が震えないよう、意識して腹に力を入れる。
「名は」
「あかねと申します。この村の薬師です」
男は、あかねを上から下まで眺めた。
女。若い。武器もない。
「薬師が、毒を扱ったか」
直球だった。
ざわ、と村人が息を呑む。
あかねは、すぐに首を横に振った。
「毒ではありません。薬草です。ただし、量を誤れば害になります」
「では、毒にもなる草を使ったと?」
詰問。
武士の論理では、それだけで罪になりかねない。
(ここで言葉を間違えたら、終わる)
あかねは一度、深く息を吸った。
「はい。ただし、旅の者はすでにそれを摂取していました。私は、それを薄め、体外へ出すために使っただけです」
男の眉が、わずかに動いた。
「結果は」
「夜明け前には意識を取り戻しました。今は熱も下がっています」
庄屋が慌てて補足する。
「ほ、ほんとです! 今朝は粥も少し食べまして……」
武士はしばらく黙り込み、顎に手を当てた。
その沈黙が、やけに長く感じられる。
やがて、男は口を開いた。
「旅の者は、京からの帰りだった」
その一言で、場の空気が変わった。
(京……?)
「道中で何を見聞きしたか分からぬ者が、村で倒れた。
毒であれ病であれ、放置はできん」
男はあかねを見据える。
「薬師。お前は、あの男を助けた。
それは事実だな」
「……はい」
「ならば、最後まで関われ」
その言葉に、村人たちがざわめいた。
「今後、あの旅人に異変があれば、すぐに知らせよ。
場合によっては、城下へ来てもらうことになる」
城下。
その響きが、あかねの胸に重く落ちた。
「分かりました」
そう答えるしかなかった。
***
武士たちが去った後、村はようやく息を吹き返した。
だが、あかねの心は落ち着かなかった。
(助けただけなのに……それでも、武士の目には“利用できる存在”に見える)
宗太が、不安そうに袖を引く。
「姉……大丈夫なんか」
「……大丈夫よ。少なくとも、今は」
それは自分に言い聞かせる言葉でもあった。
庄屋の家へ向かうと、旅人は布団の上で静かに横になっていた。
顔色は、昨日より明らかに良い。
「あかね……さん……」
かすれた声で、男が呼ぶ。
「助けてくれて……ありがとう」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ溶けた。
「無理に動かないでください。まだ安心できませんから」
あかねは淡々とそう言い、脈を確かめる。
(生きてる。確かに)
だが同時に、思った。
(この人を助けたことで、私はもう“ただの村の薬師”ではいられない)
武士は見ている。
村の外の世界は、すでにこちらを向いている。
夕方、家に戻る道すがら。
あかねは赤く染まる空を見上げた。
(戦国に来たんだって、やっと実感した)
薬で人を救う。
それは変わらない。
けれど、この時代では――
救うことそのものが、選択であり、覚悟なのだ。
あかねは歩みを止めず、家路についた。
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