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旅人の名と、城下からの呼び声
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旅人が目を覚ましてから、二日が過ぎた。
庄屋の家は静かだが、村の空気は落ち着かないままだった。
あかねは朝と夕に庄屋の家へ通い、旅人の様子を診ていた。
熱は下がり、呼吸も安定している。
だが、身体の奥に残る疲弊は深く、無理をすれば再び倒れる危険があった。
「……あかねさん」
三日目の朝、旅人がはっきりした声で呼びかけてきた。
あかねは脈を取りながら、顔を上げる。
「話せますか」
「ああ……だいぶ楽になった」
男はゆっくりと身体を起こした。
年の頃は三十前後。
農民にしては身なりが整っており、言葉遣いにも妙な品がある。
(やっぱり、ただの旅人じゃない)
あかねは確信していた。
「……名を、聞いてもいいですか」
一瞬、男の目が揺れた。
それから、低く息を吐く。
「今は名乗れん。だが……京で、書き付けを扱う仕事をしておる」
書き付け。
公文書、密書、覚書。
どれを取っても、戦国では命に直結する代物だ。
「この村へ来る途中で、何を口にしましたか」
「道中で、腹を空かせてな……。山で摘んだ葉を煎じた。
昔、薬になると聞いた草だったが……」
あかねは、庄屋の家で見つけた黒い葉を思い出す。
(やっぱり。量と見極めを誤った)
「命があったのは、運が良かっただけです。
あの草は、少量なら薬になりますが、多ければ毒になります」
男は苦く笑った。
「そうか……。では、あんたが薄めてくれなければ、わしはここで終わっておったな」
その言葉は、事実だった。
あかねは淡々と頷く。
「しばらくは、静かにしてください。
武士も様子を見に来ていますから」
その一言で、男の表情が引き締まった。
「……やはり、来たか」
「心当たりが?」
男は少し考え、それから静かに言った。
「京は、今……きな臭い」
それ以上は、語らなかった。
***
その日の昼過ぎ。
再び、蹄の音が村に響いた。
今度は一人。
だが、明らかに格が違う。
庄屋の家の前に現れたのは、年配の武士だった。
衣は質素だが、立ち姿に隙がない。
「この村の薬師は、どなたかな」
庄屋があかねを振り返る。
「……私です」
武士は、ゆっくりと頭を下げた。
「拙者は、城下の薬所を預かる者。
先日の件、詳しく話を聞きたい」
城下。
薬所。
あかねの胸が、静かにざわついた。
「旅人を助けた薬師がいると聞いた。
毒と薬の見極めができる者だと」
それは、評価であり、同時に呼び出しでもあった。
「すぐに、とは申さぬ。
だが、一度城下へ来てほしい」
村人たちが息を呑む。
宗太が、あかねの袖をぎゅっと掴んだ。
「姉……」
あかねは、しばらく黙っていた。
ここを離れれば、もう“ただの村の薬師”には戻れない。
(でも……)
助けた命が、城と京と、戦国の中心へと繋がっている。
それを感じ取ってしまった以上、目を背けることはできなかった。
「……分かりました。
ただし、村の薬のことがあります。準備に、少し時間をください」
武士は満足そうに頷いた。
「三日後、迎えを寄越す」
***
その夜。
あかねは、家の土間で一人、薬草を仕分けしていた。
村のため。
そして、自分が戻れなくなるかもしれない未来のため。
(私は、薬師だから)
戦のことは分からない。
政治のことも知らない。
それでも、病と毒の前では、逃げない。
灯りの下で、薬草の影が揺れる。
それは、あかねのこれからの道を示すかのようだった。
城下へ。
そして、やがて京へ。
戦国という大きな流れの中へ、
あかねは静かに足を踏み入れようとしていた。
庄屋の家は静かだが、村の空気は落ち着かないままだった。
あかねは朝と夕に庄屋の家へ通い、旅人の様子を診ていた。
熱は下がり、呼吸も安定している。
だが、身体の奥に残る疲弊は深く、無理をすれば再び倒れる危険があった。
「……あかねさん」
三日目の朝、旅人がはっきりした声で呼びかけてきた。
あかねは脈を取りながら、顔を上げる。
「話せますか」
「ああ……だいぶ楽になった」
男はゆっくりと身体を起こした。
年の頃は三十前後。
農民にしては身なりが整っており、言葉遣いにも妙な品がある。
(やっぱり、ただの旅人じゃない)
あかねは確信していた。
「……名を、聞いてもいいですか」
一瞬、男の目が揺れた。
それから、低く息を吐く。
「今は名乗れん。だが……京で、書き付けを扱う仕事をしておる」
書き付け。
公文書、密書、覚書。
どれを取っても、戦国では命に直結する代物だ。
「この村へ来る途中で、何を口にしましたか」
「道中で、腹を空かせてな……。山で摘んだ葉を煎じた。
昔、薬になると聞いた草だったが……」
あかねは、庄屋の家で見つけた黒い葉を思い出す。
(やっぱり。量と見極めを誤った)
「命があったのは、運が良かっただけです。
あの草は、少量なら薬になりますが、多ければ毒になります」
男は苦く笑った。
「そうか……。では、あんたが薄めてくれなければ、わしはここで終わっておったな」
その言葉は、事実だった。
あかねは淡々と頷く。
「しばらくは、静かにしてください。
武士も様子を見に来ていますから」
その一言で、男の表情が引き締まった。
「……やはり、来たか」
「心当たりが?」
男は少し考え、それから静かに言った。
「京は、今……きな臭い」
それ以上は、語らなかった。
***
その日の昼過ぎ。
再び、蹄の音が村に響いた。
今度は一人。
だが、明らかに格が違う。
庄屋の家の前に現れたのは、年配の武士だった。
衣は質素だが、立ち姿に隙がない。
「この村の薬師は、どなたかな」
庄屋があかねを振り返る。
「……私です」
武士は、ゆっくりと頭を下げた。
「拙者は、城下の薬所を預かる者。
先日の件、詳しく話を聞きたい」
城下。
薬所。
あかねの胸が、静かにざわついた。
「旅人を助けた薬師がいると聞いた。
毒と薬の見極めができる者だと」
それは、評価であり、同時に呼び出しでもあった。
「すぐに、とは申さぬ。
だが、一度城下へ来てほしい」
村人たちが息を呑む。
宗太が、あかねの袖をぎゅっと掴んだ。
「姉……」
あかねは、しばらく黙っていた。
ここを離れれば、もう“ただの村の薬師”には戻れない。
(でも……)
助けた命が、城と京と、戦国の中心へと繋がっている。
それを感じ取ってしまった以上、目を背けることはできなかった。
「……分かりました。
ただし、村の薬のことがあります。準備に、少し時間をください」
武士は満足そうに頷いた。
「三日後、迎えを寄越す」
***
その夜。
あかねは、家の土間で一人、薬草を仕分けしていた。
村のため。
そして、自分が戻れなくなるかもしれない未来のため。
(私は、薬師だから)
戦のことは分からない。
政治のことも知らない。
それでも、病と毒の前では、逃げない。
灯りの下で、薬草の影が揺れる。
それは、あかねのこれからの道を示すかのようだった。
城下へ。
そして、やがて京へ。
戦国という大きな流れの中へ、
あかねは静かに足を踏み入れようとしていた。
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