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村を発ち、城下へ
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迎えが来たのは、約束どおり三日後の朝だった。
まだ霧の残る村道に、馬の足音がゆっくりと近づいてくる。
あかねは家の前に立ち、小さな包みを胸に抱いていた。
中には、選び抜いた薬草と、粗末な帳面。
この世界に来てから、効き目や症状を書き留め始めた、たった一冊の記録だ。
「姉……ほんまに行くんか」
宗太が、後ろから声をかける。
不安を隠しきれない目をしていた。
「うん。でも、すぐ戻れないわけじゃない」
そう言いながら、あかね自身が一番それを信じ切れていないことを、はっきり自覚していた。
(城下に行くってことは、戻れなくなる可能性もある)
だが、もう決めた。
呼ばれた理由が“薬”である以上、断ることはできなかった。
庄屋や村人たちが集まり、口々に声をかけてくる。
「気ぃつけてな」
「城下は物騒じゃと聞く」
「戻ってきたら、また頼むで」
あかねは一人ひとりに頭を下げた。
「留守の間、腹痛や熱が出たら、この煎じ方を使ってください。
量は、必ず少なめに」
最後まで、薬師だった。
***
馬は一頭。
あかねは、城下から来た武士の後ろに乗せられ、村を離れた。
振り返ると、藁ぶきの屋根が霧の向こうに滲んで見える。
あの中に、自分の居場所が確かにあった。
(……もう、戻れないかもしれない)
その思いが胸をよぎった瞬間、武士が口を開いた。
「不安か」
「……少しだけ」
「薬師は、どこに行っても必要とされる。
それだけ覚えておけ」
慰めなのか、現実なのか、分からない言葉だった。
***
村道が終わり、街道に入ると、景色は一変した。
人の数が増え、荷を背負った行商、武装した足軽、粗末な着物の旅人が行き交う。
あかねは、無意識のうちに周囲を観察していた。
(咳をしている人が多い……。
水の匂いも、村と違う)
城下に近づくほど、人が密集し、病が広がりやすくなる。
前世の知識が、静かに警鐘を鳴らしていた。
やがて、高い石垣が見えてくる。
城だ。
その威圧感に、思わず息を呑んだ。
(ここが……戦国の中心)
城下町は、村とは比べものにならないほど騒がしく、匂いも強い。
生臭さ、汗、炭、薬草、そして血の気配。
あかねは、はっきりと悟った。
(ここでは、薬を間違えたら命を落とす人が、村とは桁違いに増える)
武士は城の脇にある薬所へと、あかねを案内した。
質素だが、整えられた建物。
「ここが、お前の働く場所になる」
“なる”という言い方に、選択肢はなかった。
戸を開けると、中には年配の男が一人、薬壺を並べていた。
白髪交じりの髪、落ち着いた眼差し。
「来たか」
男はあかねを見て、短く言った。
「私は、この城下の薬所を預かる者だ。
今日からしばらく、お前をここで使う」
使う。
その言葉に、胸の奥が少しだけ冷えた。
「村の薬師と聞いている。
だが、ここでは“城の薬師見習い”だ。
勝手な判断は許されん」
「……分かりました」
あかねは、はっきりと答えた。
戦の知識はない。
政治も分からない。
それでも
病と毒に向き合う覚悟だけは、ここへ来る前から決めている。
城下の薬所で、新しい日々が始まろうとしていた。
まだ霧の残る村道に、馬の足音がゆっくりと近づいてくる。
あかねは家の前に立ち、小さな包みを胸に抱いていた。
中には、選び抜いた薬草と、粗末な帳面。
この世界に来てから、効き目や症状を書き留め始めた、たった一冊の記録だ。
「姉……ほんまに行くんか」
宗太が、後ろから声をかける。
不安を隠しきれない目をしていた。
「うん。でも、すぐ戻れないわけじゃない」
そう言いながら、あかね自身が一番それを信じ切れていないことを、はっきり自覚していた。
(城下に行くってことは、戻れなくなる可能性もある)
だが、もう決めた。
呼ばれた理由が“薬”である以上、断ることはできなかった。
庄屋や村人たちが集まり、口々に声をかけてくる。
「気ぃつけてな」
「城下は物騒じゃと聞く」
「戻ってきたら、また頼むで」
あかねは一人ひとりに頭を下げた。
「留守の間、腹痛や熱が出たら、この煎じ方を使ってください。
量は、必ず少なめに」
最後まで、薬師だった。
***
馬は一頭。
あかねは、城下から来た武士の後ろに乗せられ、村を離れた。
振り返ると、藁ぶきの屋根が霧の向こうに滲んで見える。
あの中に、自分の居場所が確かにあった。
(……もう、戻れないかもしれない)
その思いが胸をよぎった瞬間、武士が口を開いた。
「不安か」
「……少しだけ」
「薬師は、どこに行っても必要とされる。
それだけ覚えておけ」
慰めなのか、現実なのか、分からない言葉だった。
***
村道が終わり、街道に入ると、景色は一変した。
人の数が増え、荷を背負った行商、武装した足軽、粗末な着物の旅人が行き交う。
あかねは、無意識のうちに周囲を観察していた。
(咳をしている人が多い……。
水の匂いも、村と違う)
城下に近づくほど、人が密集し、病が広がりやすくなる。
前世の知識が、静かに警鐘を鳴らしていた。
やがて、高い石垣が見えてくる。
城だ。
その威圧感に、思わず息を呑んだ。
(ここが……戦国の中心)
城下町は、村とは比べものにならないほど騒がしく、匂いも強い。
生臭さ、汗、炭、薬草、そして血の気配。
あかねは、はっきりと悟った。
(ここでは、薬を間違えたら命を落とす人が、村とは桁違いに増える)
武士は城の脇にある薬所へと、あかねを案内した。
質素だが、整えられた建物。
「ここが、お前の働く場所になる」
“なる”という言い方に、選択肢はなかった。
戸を開けると、中には年配の男が一人、薬壺を並べていた。
白髪交じりの髪、落ち着いた眼差し。
「来たか」
男はあかねを見て、短く言った。
「私は、この城下の薬所を預かる者だ。
今日からしばらく、お前をここで使う」
使う。
その言葉に、胸の奥が少しだけ冷えた。
「村の薬師と聞いている。
だが、ここでは“城の薬師見習い”だ。
勝手な判断は許されん」
「……分かりました」
あかねは、はっきりと答えた。
戦の知識はない。
政治も分からない。
それでも
病と毒に向き合う覚悟だけは、ここへ来る前から決めている。
城下の薬所で、新しい日々が始まろうとしていた。
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