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第Ⅰ章

第14話 星夜祭の夜

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ルクレツィアは綺麗に化粧を施し、金の刺繍や真珠の宝石が散りばめられた薄若草色の優しい色をしたドレスを身に纏えば、先程とは別人の様に変身した姿になった。
侍女がルクレツィアの髪を綺麗に梳かし、手早く結い上げてようやく支度を終えると、侍女達はルクレツィアの美しさに溜め息を漏らす。
ルクレツィアは侍女達に丁寧に礼を述べると、彼女達は笑顔を見せた。そして一礼をして退出していった。
最近は侍女達との関係も良好である。
最初、彼女達はすっかりルクレツィアに怯えきっていた。
ルクレツィアはクレイ以外に興味はなかったので、侍女を虐める事はなかったが、キツイ言葉は浴びせていたし失敗に対しても厳しく叱っていた。
本当に高飛車な令嬢だった。
前世の記憶が蘇った後は彼女達1人1人に謝罪をした。
そして彼女達が望む事を聞いて回り、罪滅ぼしのために侍女達の願いを出来る限り叶えさせて貰った。
その後も私が礼を述べると恐ろしいものでも見たかの様な奇怪な目で見られたものだが、最近は先程の様に笑顔を見せてくれる様になってきた。
こんな令嬢に今まで仕えてくれて本当に感謝しかない。
ルクレツィアはその事が嬉しくて思わず顔を綻ばせると、扉をノックしてくる者がいたので返事を返した。
扉が開かれるとそこには執事が立っており、父親であるモンタール公爵が呼んでいると言われたのでルクレツィアは執事に付いて部屋を後にした。

連れて行かれた先は王族専用の特別室だった。
執事は扉の前でノックをしてルクレツィアの名を告げると、中へと入るように合図がきたので、ルクレツィアは部屋の中へと足を踏み入れた。
そこには父親であるモンタール公爵が立っていた。
ルクレツィアを見るなり、嬉しそうに顔を破顔させて両手を開く。
カッコいい顔が台無しだわ、とルクレツィアは思ったが、すぐに父親の元へ駆け寄っていくと抱きついた。
「会いたかった……ルクレツィア。」
ルクレツィアを抱きしめる手に力を込める。
「お父様……」
ルクレツィアも嬉しそうにそれに応えた。
しばらくして互いに顔を上げて微笑み合うと父親が言った。
「ルクレツィアは、益々母親に似てきたね。……どんどん綺麗になっていく。」
「本当ですか?フフッ。嬉しい。」
「風邪はもう大丈夫みたいだね。」
父親がルクレツィアを覗き込む様に見詰めた。
「ええ。少しつらかったけど、今は何ともないわ。何度もお手紙でもお伝えしてると思いますけど?しかもそれはもう随分前の事だし。お父様は心配し過ぎよ。」
「それは許してくれ。……もし最愛の1人娘までいなくなったらと思うと、私は耐えられないよ。」
「お父様……」
愛おしそうにルクレツィアを見詰める父親は、まるでかつての恋人を見ている様だ。

ルクレツィアの母親は既に亡くなっていた。ルクレツィアが7歳の頃だ。
その頃はとても気持ちが不安定でよく覚えていないが、クレイに依存仕切っていた様に思う。
だからこそ、クレイが自分から離れていくのが許せないと強く思ってしまったのもあるかもしれない……。

お父様……。
私があと少しで死んでしまったとしたら……、
一体どうなってしまうのか。

ルクレツィアは父親が深く傷付いてしまうに違いないと思い、切ない表情で父親を見詰めた。

何とか、生きるために最善の方法をとらなくては。

ルクレツィアはそう改めて決意するのだった。
そしてルクレツィアは父親に満面の笑みを見せて言った。
「私、絶対に長生きしてみせるからね。だから、心配しないで新しい奥さんでも見つけてね。」
すると父親はその言葉に意外そうな表情で言った。
「おや?今までは絶対に再婚するなと言っていたのに……。やはりルクレツィアは変わったな。」
その言葉にルクレツィアは動じる事なく、少し口を尖らせて言った。
「あら、大人の女性になったのよ。いつまでもわがままばかりの子供じゃないの。これからはお父様のためにもステキなレディになるって決めたから。……今までわがままばかりで、迷惑掛けてごめんなさい。」
ルクレツィアが申し訳なさそうに謝ると父親は頭を優しく撫でながら言った。
「それは寂しいな。いつまでもわがままを言っていて欲しいというのは……まぁ親のエゴかな。ではレディ。お手を願えますか?」
父親はルクレツィアから距離を取ると、紳士の儀礼で恭しく頭を下げた。
ルクレツィアも笑って優雅に淑女の礼でそれに応えると、父親の手を取った。
「ええ。喜んで。」
そうして2人は歩き出し、その部屋を後にした。






 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈






ルクレツィア達は国王と王妃、アルシウスも含めた子供3名に加え、更に王族に近い血筋の公族が一同に介し、共に夕食をとっていた。
アルシウスとの関係も前ほど悪くなくなっていた。
恐らくルクレツィアの最近の素行を知り、態度を軟化したと思われる。
お互いに少し戸惑ってはいたが、普通に会話を楽しむ事が出来た。
それがルクレツィアは何より嬉しく思った。
周囲も自分達の関係が悪い事を知っていたはずだ。
ルクレツィアは身近な人達に2人の関係が変わった事を見せられて、本当に良かったと思った。
アルシウスはそれを狙っていたのかもしれない。
何にせよ、父親の心配事を一つ減らして安心させる事が出来たので感謝しかなかった。

その後、式典は滞りなく進められ、その最中にクレイを見かけたが目が合う事はなかった。
その際に手の傷を確認したが、特に遠目から見ても問題なさそうに見えて、ルクレツィアは安堵した。
そして慌ただしく時が過ぎていった。

そしていよいよパレードが城に到着するという連絡が入り、王族や公族が城のバルコニーから姿を現すと歓声が上がった。
ルクレツィア達は王族から廃嫡しているため、その脇にあるバルコニーから父親と一緒に並んで立っていた。
そしてそのバルコニーから遠目で、クレイが貴族席にいるのが見えた。
ルクレツィアは視線を更に遠くの方へ向けてパレードの方角を眺めると、淡い光がいくつも揺らめきながら近づいてくるのが見える。
大勢の人々が聖なる乙女に手を振ったり、祈りを捧げているのが遠くからでも確認出来た。

その光景を見詰めながらルクレツィアは鼓動が早鐘の様に打ち付けてくるのを感じ、手には冷や汗をかいていた。

このまま何事も起こらなければいい。

不意にそう思った。
サンザード王国のためを思えば、いけない考えなのは十分分かっている。
でも今、聖女がいないこの国は不幸なのだろうか?
お祭りを楽しんでいる人々は、私にはとても幸せそうに見える。

果たして、人々には本当に聖女が必要なのか?

そう思ったところで、パレードの方で歓声が上がった。
ルクレツィアはビクッと震えてパレードへと意識を戻したが、特に変わった様子は見られなかった。
そして再びルクレツィアは考えた。
聖女がいなくても人々は幸せになれるのではないかと。

だがこの考えは決してこの国では口にしてはいけない事だと思った。
異端以外の何ものでもない。
それでも望んでしまう。

だって私は……死にたくない。
イアスやクレイに変人扱いされても構わないから、どうか。

……生きたい。

お父様を1人になんてさせたくない。

ルクレツィアは拳を強く握ると父親の方を振り返る。
父親はパレードの幻想的な光景に魅入っていた。
しかし、ルクレツィアの視線に気付くと優しい微笑みを返した。
ルクレツィアはその笑顔を見て急に泣きたくなったが、何とか堪えて笑顔で誤魔化すと再びパレードへと向き直った。
そして強く願った。


どうか神様。

……何も起こさないで。


その時。
急に辺りが明るくなった。

人々に動揺が広がる。
街が青白い光に包まれていった。

聖なる乙女から七色に輝く光が解き放たれた。
そして急に夜空の星たちの輝きが鼓動の様に瞬くと、次第に大きくなっていき、いきなり星々から光が分裂して飛び出してきた。
それは大きな渦となり、聖なる乙女の上空を更に青白く照らしだす。

その光景に人々は声を失って魅入っていた。
人々に恐れはなかった。
何故ならその光はとても穏やかに流れて、人々の心を落ち着かせてくれていたから。

そんな中、ルクレツィアだけは悲しみに押し潰されそうになっていた。

……始まってしまった。

ここはやはりゲームの世界なんだわ。
彼女は聖女になる。


そして私は……、もうすぐ死ぬ。


ルクレツィアは涙が溢れるのを止められなかった。
思わず顔を手で覆い隠した。
嗚咽を必死で抑え込む。

そんなルクレツィアを余所に、光は次第に大きくなり真昼の様に明るくなると、聖なる乙女が空へとゆっくり浮かび上がった。

そして一斉に光が彼女の元へと降り注ぐ。

人々は眩しさのあまりに目を閉じた。

辺りは静寂に包まれていた。

人々が再び恐る恐る目を開くと、そこには輝きを放って浮かぶ聖女の姿があった。
誰かが聖女と叫んだ。

すると人々は堰を切った様に歓声を上げた。
割れんばかりの歓声で地面が揺れていた。
人々は聖女の誕生を目の当たりにして興奮している。
この光景を皆は生涯忘れる事はないだろう。

ルクレツィアはその歓声で全てを悟った。
もう顔を上げる事も出来ず、ただ涙を流す。
皆が歓喜に包まれ、奇跡を目の当たりにして打ち震える中、ただ1人悲しみに押し潰されていた。

まるでこの歓声が自分の死を喜んでいる様な気がした。

……これは報いなんだ。
今まで自分がしてきた事への。
この国の全てが私が死ぬ事を喜んでいる。

今のルクレツィアにはそう思えてならなかった。

そんな人々が歓声を上げる中、クレイは遠くからルクレツィアを見詰めていた。
だがそんな事をルクレツィアは知る由もない。
だって彼女は絶望という深い悲しみの中に埋もれてしまっていたから。


────そうして彼女は意識を手放した。




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