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第5-3話 お姫様、かわいいっ!

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 突然、クエリちゃんが口を開いた。
 思わず返事をしてしまった私だったけど……
 ぬわっ、しまった。
 ここはちゃんと『お姫さま』って呼ばなきゃダメだったよね。
 背後から、誰かの咳払いが聞こえる。
 決して不敬なわけじゃないですよーホントですよー。
 ぽやぽやしたキュートな声で話しかけてきたクエリちゃんは、近付いた私を見て、更に小声になって続けた。

「あの……聖女さまたちは、『悪夢』を消す力を持ってるんです、よね……?」
「えっ? うん、そうだよ?」

 ぼそぼそ話すクエリちゃんは、上目遣いで私を覗き込むようにしながら話している。

「あ、あのっ……聖女さまが消した『悪夢』って、もう二度と思い出せなくなるんですかっ……?」
「へっ!? あ、えーと……」
「基本的には、そうだな。頭の中にくっ付いてる『悪夢』を俺が食べるから、断片的にしか思い出せなくなるぞ」

 私のすぐ後ろにふよふよと浮いていたネムちゃんが、代わりに答えてくれた。
 そうなんだよね。
 ネムちゃんが具現化した『悪夢』を食べることで、その人の『悪夢』の記憶は限りなく薄くなる。
 以前にネムちゃんが言ってたのは、食べ残しがあるとその『悪夢』の断片がまた膨らんでしまうコトがあるらしく、ネムちゃんは残さず食べるようにしてるんだとか。
 見た目がボンヤリしてるのに、そういうトコは几帳面なんだよね、ネムちゃんて。
 だが、そんなネムちゃんの言葉を聞いたクエリちゃんは唇をきゅっと結んだまま、ますます俯いてしまった。

「あ、あれっ? ク、クエリちゃん……?」
「……じゃあ、あのっ……あ、『悪夢』じゃなければ、食べられないんですか……っ?」
「ほぇっ!?」

 な、何だなんだー?
 ここに来ての質問攻め。
 クエリちゃん、やっぱり何か気になるコトでもあったのかな?
 しかしそれにしても、質問の意図がよくわからない。
 私はネムちゃんと顔を見合わせてから、クエリちゃんへと向き直った。

 この子は、何か心配なことがあるみたい。
 それをこんな小声でひそひそ話してるというコトは……たぶん、後ろにいる王様には聞かれたくないコトなのかも知れない。
 見れば、クエリちゃんはふかふかの羽毛が詰まったお布団のうえで両手をギュッと握りしめている。
 私はクエリちゃんの左肩に優しく触れながら答えた。

「うん、だいじょうぶだよ、クエリちゃん。実はこのネムちゃんはね、『悪夢』は大好きなのに『良い夢』は食べたがらない、ヘンな子なんだっ!」
「そ、そうなんですかっ?」
「おいこらピルタ、ヘンな子は無えだろ……だがまぁ、お姫様にとって『良い夢』を食べちまう趣味は無えからな。同じ夜に見た複数の夢であっても、『悪夢』だけを食ってやるから安心しな」

 にやりと口元を上げたネムちゃん。
 それを見たクエリちゃんは、なんと初めて目の前で笑ってくれた。

「……わかりました。えへへ、お願いします、聖女さま、ネムちゃんさま」

 ぐ、ぐわああああああぁぁぁぁぁっ……!?
 な、なんだ、この可愛さはっっっ!?
 まるで後光が刺すかのような可愛らしい笑顔……て、天使……!?
 背中まで伸びた金髪をふわりと揺らしながら笑うクエリちゃんの笑顔、とんでもない破壊力だね!?
 なんだろう……胸の奥あたりが……きゅーん、ってなるぅぅ!
 質問の理由は解らないままだけど、ひとまずクエリちゃんは安心してくれたようだからヨシ!
 そろそろヒソヒソ話をやめて『悪夢祓い』に取り掛からないと、後ろで見てる王様から何か文句が飛んできそうだし。

「よしっ! じゃあこれから、私がクエリちゃんに魔法をかけますっ! 一瞬でそれはそれは深い、深ぁぁぁ~~い眠りに落ちる魔法だけど、その、身体に悪いものじゃないので、安心してねっ!?」
「おいピルタ……そんな言い方と雰囲気じゃあ、まるでホントはめちゃくちゃ身体に悪そうな魔法ってカンジだぞ……」
「ちょ、ちょっとネムちゃん! やめてよっ! あ、えと!? 大丈夫だよ、クエリちゃんっ! こわい魔法じゃないからねぇぇっ!?」
「は、はいっ……ごくり」

 あかん。
 せっかく笑顔になってくれたクエリちゃんが、めっちゃ緊張しちゃったじゃん。
 メイドさんなんて狼狽えてるぞぅ……。
 騎士さんたち、どうかお願いですから剣を抜かないでください。

「ほ、ホントに大丈夫だからっ! そ、そのままの姿勢でいてくれればいいから、ねっ!?」
「あぁもう……お姫様、ワリぃんだけど、魔法がかかるとすぐに意識を失っちまうから、頭の位置だけ気をつけてくれな」
「あ、あたまの、位置……こ、こうですかっ?」
「あ、そうそう! そんなカンジっ! えーーーーいっ!!」

 ネムちゃんのアシストでベスポジになってくれたクエリちゃんに向けて、私はすかさず昏睡魔法を放った。
 突き出した私の両手がじわりと紫色に光る。

「ふ、あっ…………」

 魔法をかけられたクエリちゃんは、何とも可愛らしい声を上げながら後方に倒れ込んだ。
 あらかじめ用意されていたふっかふかの枕に、ぽふっと倒れる。
 よ、よーしよしよしよし! ここ数ヶ月で一番よく魔法が決まった! ……と思う!
 ちょっと弱めだったかもしれないけど、なかなかいいカンジに魔力を調節できたと思うよ!
 後ろにいるメイドさんたちや騎士さんらギャラリーからも「おぉ……」と声が漏れる。

「さて……頑張ろうね、ネムちゃんっ」
「おう。どんな『悪夢』がこのちっこいお姫様を泣かせてるのか、見てみようじゃねえか」

 そう言ってネムちゃんは、夢を具現化させるための魔法を唱え始めた。
 空中に浮かぶネムちゃんの身体から、紫色の神秘的な光が放たれ始める。
 私もいつも依頼をこなしている時と同じように、腰に下げていたメイスを取り出してグリップを握りしめた。
 目の前で私が武器を手にしたのを見て、王様の横にいる騎士さんたちからどよめきが起こる。

「聖女殿、その武器は……?」
「王様、ここからがさっきお伝えした『危ないトコ』ですっ。これからネムちゃんが『悪夢』を食べるために具現化をさせますが、その時に夢の中に出ているものが襲ってくるコトがありますので……その、気をつけてくださいねっ!」
「ぐ、具現化っ……!? 聖女殿、それは、真に────────」

 何やら王様が慌てているような雰囲気だが、何だろう?
 ひとまず正面を見据え、夢の具現化に備えなきゃ。
 ネムちゃんの使う具現化の魔法は、ものの数秒で効果がで始めるから。
 あ、ほらね。
 何やら呪文のようなものを唱えていたネムちゃんが、小さな両手を広げて構えを取った。
 これは、具現化が始まる証拠だ。

「さぁ、出てくるぜぇ……」

 真剣な表情をしたまま、ネムちゃんがぼそりと呟く。
 直後、ぐっすりと眠っているクエリちゃんに変化が訪れる。
 さあ、ここからが本番だねっ。
 いつもの通りなら、このあとクエリちゃんの頭のあたりから黒い『もや』が出てくるはず。
 その『もや』は悪夢の強さによって大きく膨れ上がって、部屋の中で大きな塊になるんだ。
 強い悪夢の場合は、昨日の依頼のように部屋いっぱいにまで広がってしまうことだってある。
 そして限界まで大きくなった『もや』の中に、寝ている人物の悪夢が映像として現れ、具現化するんだ。
 この具現化っていうのが凄くて、寝ている人が見ている夢に触れるようになる ──────── つまり、物理的に干渉できるようになるの!
 これはネムちゃんが使う特殊な力によるもので、ネムちゃん自身が他者の夢を食べられるようにするためのもの。
 こうしないと、ネムちゃんが悪夢を食べることができないらしい。

 でも、この具現化にはちょっとしたデメリットもあって……
 物理的に触れるようになる、というコトは ──────── 実は具現化した夢側からも、私たちに触れられるようになってしまう。
 私たちだけじゃない、周囲の壁や床なんかにも触れちゃう。
 こうなると、もし夢の中に出てきているモノが、とんでもなく大きかったり、すっごく強いモノだったりすると、もう大変!
 ネムちゃんが悪夢を食べきってくれるまでの間、何とか凌がなければならないんだけど……!

「よぉしっ……! 頑張るよっ!」

 私は異世界金属で作られたメイスを掴み、身体の前で構えた。
 もし夢の中にモンスターが居たら、自分の身は自分で守らなきゃならない。
 こっちに向かってくるようなら、このメイスでぶっ叩いてやるんだから。
 今回は十分に部屋も広いし、王様を護衛するための騎士さんも数名いるから大丈夫だと思うけどっ。
 さぁ、来いっ!
 クエリちゃんの悪夢っ!

 なんて
 意気込んでみたけど…………
 私たちは、思わぬ光景を目にするコトとなった。
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