アルトリアの花

マリネ

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ゆっくり立ち上がろうとすると、アルベルトが駆けよって手を貸してくれる。
「立てるかい?」
「大丈夫ですよ。あっ。」 
思っていたよりも足が言うことを聞かず、体勢を崩して前のめりになる。
「おっ、気を付けて。」
地面に顔面から着地する前に、アルベルトに抱き込まれる形で、受け止めて貰えた。
良かった。

「ヤバい。」
アルベルトは素早く支えていた両腕を離し、レティから離れる。
視線の先には、カルテットを伴って戻ってきたソウンディックがいた。
笑っているけど、目が怖い。
足元には黒い靄がゆらゆらしてる。
「事故ですよ。」
横に立つカルテットは、すうっと足を遠退けた。
「不可抗力だ。」
アルベルトは両手を挙げる。

「これはこれは…。レティが色々と迷惑をお掛けしているようですね。」
ソウンディックの後ろから、長い銀髪と色白の顔がヒョコッと覗く。
「エディル兄さん!」
レティは駆け寄り、思わず抱きついた。
成長してからは義兄に抱きつくなんて無かったが、おかしい。
幼い頃に抱きついた時と、視点が変わってない。
相変わらず義兄の腹にしか届かない。
昔から長身だったけど、まだ伸びてるのかしら。

「心配かけたね。」
抱き込まれると、頭の上から聞こえる暖かな声が、妙に懐かしい。
「どこに行ってたの。探したんだから。私だけじゃ見つけられなくて。」
引っ込んでいた涙が溢れてくる。
「うん。ごめんね。」
「皆が一緒に探してくれて。」
「うん。殿下に聞いたよ。」
泣きじゃくる頭を優しく撫でる左手が、傷だらけなのが目に入る。
右手に至っては、添え木が包帯で巻かれている。
思わず勢いで抱きついてしまったが、もしかすると見えないところも痛むのかもしれない。
側にいるソウンディックを見上げると、柔らかな微笑みで「良かったね。」と囁かれた。
そうだ。今は無事に帰って来てくれた事を喜ぼう。
ソウンディックとの出会いがなければ、ここで義兄と再会出来なかった。
「ありがとうございます。」
満面の笑みで答えた。


「殿下。この度は誠にありがとうございました。出来ましたら、レティシアの事でお時間を頂きたいのですが…。」
レティが離れた隙に、ソウンディックは小声で話しかけられた。
レティには聞かせたくないと言うことをだろう。
レティの義兄、エディル·オーディルに先程までの温厚な雰囲気はない。
慧敏さを感じさせる印象に一変する。
「今日はアルトリアの辺境伯邸で過ごすと良い。ゆっくり休めと言いたいところだが…。」
首を振って断られる。
「急ぎなら、夜にでも時間を作ろう。」
「ありがとうございます。」
礼をとり、レティの元へ歩むエディルは、元の温厚な兄の表情に戻っていた。
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