アルトリアの花

マリネ

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 「なんでもないんですよ。」
今にも切りかかってきそうなアルベルトの剣の動きが気になる。
気迫を肌で感じて、冷や汗が止まらない。
「レティシア。」
今までに聞いたことのない、冷ややかなソウンディックの声だ。
部屋が凍り付いてしまうんじゃないかと思えるくらい、寒々しく感じる。
「嘘は良くないよね。助けてもいいかな?」
こてんと首を傾げる仕草は可愛らしいけど、目が笑ってない。
呼び方も愛称じゃないし、怖いんですけど。

「えっと、そう。お話してたんですよ。私一人だったから、付き合って貰おうかなぁって。」
何にもされてませんよ。と全身でアピールする。
「そこのお前。何をしていたか言えるか。」
今度は少女へと視線を移す。
少女は手元の石とレティを無言のまま交互に見つめ、小さくため息を着くと「窓を割った。」と呟いた。
「なぜ。」
「邪魔だったから。」
「何をするために。」
「中に入るのに。」
「レティシアをどうするつもりだった。」
「話をする?」
ソウンディックと少女は間髪入れずに質疑応答を繰り返すが、何となく的を得ない。

「何してるの?誰もいないって聞いてたんだけど。」
扉の奥から人だかりを掻き分け、アルベルトとソウンディックの肩の隙間から、マリアが顔を覗かせる。
「ちょっと何してんの。その子、怪我してるじゃない!」
剣を納めないアルベルトを押し退け、つかつかと少女とレティの間に歩んできた。
さすがマリア。行動が早くて彼らにも威圧されない。
「レティは怪我してないわね。ちょっとじっとしてなさい。」
少女は眉間に皺を寄せるものの、言われた通りにじっとしている。

はぁと、ソウンディックは大きなため息を着くと、側のアルベルトの肩を叩いた。
「マリアに任せよう。皆は戻ってくれ、騒いで悪かった。」
後ろの警備や野次馬を散らす。
アルベルトもやっと剣を納め、体勢を整えた。

ぱたぱたと少女に付いていたガラスの破片を払い落とすマリアの後ろに、ゆっくりと近づく。
「もう大丈夫。びっくりしたね。」
「なぜ、助けた。」
「だって私は何もされてないよ。痛くない?」
訝しげに尋ねる少女に微笑む。
きらりと、少女の瞳の赤い色が輝きを増した気がする。
未だに石を握っている血汚れた手を、そっと包み込むと、彼女は、ふわっと華やかな笑顔を見せた。
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