アルトリアの花

マリネ

文字の大きさ
上 下
46 / 67

35

しおりを挟む
日が沈み暗闇に包まれた中庭に、そっと足を踏み入れた。
部屋から着いて来てくれた護衛は、庭の入り口で足を止めている。
少し一人になりたいと、気分を変えたいのだと、中庭に案内して貰ったから、気を利かせてくれたのだろう。

邸から洩れる灯りで、小路も側に咲く花々も照らし出されている。
綺麗だ。
ふと、邸を見上げれば、中庭に面した部屋は各々暖かな灯りで満たされていた。
こんな大きな邸に住むとは思わなかったな。

先程まで、ギルデガルドに付いて邸の人々を紹介して貰っていた。
何度か見かけた事はある執事のフレデリック。
身の回りの世話をしてくれていたメイド長のアン。
他のメイドの女性達や料理人、庭師など、たくさんの人々がこの邸を切り盛りしている。
雇われ人ではないとはいえ、自分もその一員になるのだと背筋が伸びた。
邸内も案内してもらい、今まで出入りを許されていた場所以外も紹介された。
最初に忍び込んだ庭、ソウンディックの剣技を見た訓練場、調理場や図書室、それにギルデガルドの執務室や私室まで。
ギルデガルドは本当に身内として優遇してくれるらしい。
その価値ある自分に成れるだろうか。

ゆっくりと歩みを進めると、動きに合わせて揺らめき、鈍く青白く光る花に気がつく。
小降りな花弁が愛らしい。

「可愛い。」
「危ないよ。その花は。」

そっと手を触れようとした時、後ろから声をかけられた。

「あっ。ソウ様。」
思わず手を引っ込め、声をした方を振り返る。
そこには、いつの間に現れたのかソウンディックの姿があった。
まだ執務中だったのだろうか。
いつもの軍服姿は暗闇に紛れ込んでしまうかのようだ。

「これ、アルトリアにしか咲かない花なんだけど、途中の茎から根もとにかけて毒があるんだ。少量だと薬にもなるから、領主に管理が任されてる。」
初めて見る?と横に並び立つ。

「見たことのない可愛い花だったので、つい。」
レティが慌てて引っ込めた手を、罰が悪そうに胸元で握りしめた。
ソウンディックは、すいっと手を伸ばすと、小さな葉がついた部分から上の、真っ直ぐに伸びた茎から手折る。
「ここからなら大丈夫。」
人の手に折られても尚、光るその花を流れるように、レティの髪に飾る。
「うん。レティが輝いてるみたいだね。」
満足げに眺める彼の瞳に花の灯りが反射して、一層艶やかに煌めいている。
「あ、ありがとうございます。」
ふわりと髪に触れた指先の感触が、あまりにも優しく残り、すぐ目の前にいる彼を意識し過ぎるほどだ。
しおりを挟む

処理中です...