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第三章

第97話 巷で話題のアレと、伝説のアレ②

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『君だったのか、近所のヤスモトさんって……。でも、なんでヤスモト?』

 まさかの展開に私はおろか、サブロウでさえも仮面越しに驚く。

「さあ? それに関しては私もよく分かりません。名前が勝手に独り歩きしているようです。ま、所詮噂ですからね。『近所のヤスモトさん』辺りが分相応なのでしょう」

 まるで他人事のように肩を竦めてみせるアリス。そのリアルな感想がまた、本物っぽい。

『ふ~ん……それで? 近所のヤスモトさんである君は、『鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー』を引きずり出すために、どんな噂を流したのかな?』
「サブロウ様は隙の無いお方。崩すには外から攻めたてるのが得策と考え、リリス様の気に入りそうな情報を流させていただきました。例えば……奴隷がどうとかね?」

 自慢げに語るアリスに対しサブロウは、『余計なことを……』と小言交じりに溜息を漏らす。

「その甲斐もあってかサブロウ様は大きく動かれました。運も味方し、結果的には裏代興業のブリッツ様との繋がりが露呈したというわけです」
『……その分だと、その後の行動も筒抜けってことかな?』
「ええ。予め『滑遁会なめとんかい』に流しておいたサブロウ様の情報も功を奏し、勇者様方と接触することになりましたよね? 後は説明しなくても、お判りいただけるかと」
『ああ。レベッカの前でチェンジコードしたのは、ちょっとやりすぎだったかな。ビスマルク家の騎士団長が手を引くってのはよっぽどのこと。もうその時点で認めてるようなもんだからね……僕が『鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー』であることを』

 アリスは悦に浸ったまま小刻みに拍手してみせる。若干煽るかのように。
 そんな彼女に対しても、サブロウは冷静に話を進めようとする。

『で? わざわざ引きずり出した君は、一体僕に……いや、『鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー』に何の用があるのかな?』
「言ったでしょう? あの時言えなかった、お礼が言いたいと」
『それだけかい? まだ、あるんじゃないの……やりたいことがさ?』

 どうやらサブロウは彼女の目的に気付いている様子。
 その察しの良さにアリスも、クスクスと笑みを零していた。

「お話しが早くて助かります。では、そろそろ本題と参りましょう……」

 するとアリスは一転、真顔で手の平を差し出し、こう続ける。

「サブロウ様……『鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー』の力、私に譲っていただけませんか?」

 なっ……なんだってええええええええ⁉

『うるさっ⁉』
「……うるさかったですか?」
『あぁ、君じゃなくて後ろの奴がね……。凄い驚いちゃっててさ』
「ふふっ……お可愛らしい」

 ……可愛いって言われちゃった。

『お前さ……ちょっと黙ってろよ』
「……やっぱり、うるさかったですか?」
『いやいや、違うって! 君じゃなくて『N』が――って何なんだよ、この無駄なやり取りは⁉ 君も一々、乗らなくていいから……』
「申し訳ありません、つい……。では、『鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー』の力は、頂けるということで宜しいですね?」
『いや、宜しくないでしょ。何、どさくさに紛れて掻っ攫おうとしてんの? っていうかさ……そもそも何で欲しいわけ? 要らないでしょ、こんな力?』

 そのサブロウの言動はアリスの何かに触れたようで、大時化どころではない冷め切った真顔へと逆戻りさせてしまう。

「なら、頂いても問題ないのでは? もう必要ないのでしょう?」
『君は何……? ひょっとして『鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー』の力にでも魅せられちゃった口かい?』
「そんな安易な理由ではありません。それはサブロウ様ご自身が、よく存じているはずです。『鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー』の力なんて葬られた者以外、誰も見ていないのですから」

 確かに。サブロウは情報が洩れぬよう、そこら辺は徹底してたからな。まあ、元々表立って動くような奴でもないし、助けてきたであろう者たちにも、当然力をひけらかしてはこなかった。

『じゃあ……なんで?』

 流石にサブロウもその先は察せぬようで、恐る恐るアリスへと尋ねる。

「私はね、サブロウ様……本当に『鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー』様へお礼を言いたかったんですよ? 命を助けていただいた、あの英雄ヒーロー』にね」

 『格好良かった』……その強調された台詞で、サブロウは漸く理解に至る。

『あぁ、そういうことね……。今の僕じゃ不釣り合いだと?』
「ええ。だから、私が代わりになって差し上げますよ。あの格好良かった『鴉羽の暗殺者ナイトウォーカー』――その三代目にねッ!」

 アリスはフッと愛想笑いを浮かべると、徐にその華奢な腕を掲げた。
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