FORTH

Azuki

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2話 危機

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——東京 渋谷——
 蓮は、最近SNSでも有名な、クレープ屋さんに彼女の愛(あい)と食べに行くために、会う約束をしていた。
 さっき出た、カフェの《ヒデ》から徒歩約5分。待ち合わせ場所の駅前に着くと、もうすでに愛は手を前に組み待っていた。

「よっ、お待たせ!」

小花柄の白いワンピース、茶色いハットを被り、風に靡く少し茶色い髪はとても綺麗だった。

「蓮!」とこっちに気づき、ニコッと笑うと、走って抱きついてきた。ふわっと愛の匂いがした。約1ヶ月ぶりに会えたからか、何だか懐かしく感じた。

 上宮愛とは、東京の大学で出会った。彼女の笑顔や優しさに惚れた俺は、アプローチ。今では自分の彼女になりもうすぐで一年が経つ。最近は愛が資格の勉強で忙しくなかなか時間がなかったため、渋谷でデートをした後、家でご飯を振る舞うと言ってくれた。

 さっそくやってきたクレープ屋さん。豊富なメニューが揃うその店はやはり大行列ができていた。「多いね」と二人共唖然としたがせっかくきたため、並ぶことにした。

「こりゃ1時間は並ぶな~」
「そーだねー。あ、そういえば、聞いた?また起こったって、昨日の夜」
「あー、超高層ビル爆発事件のやつか」
「うん…、やっぱ本当にいるのかな、超能力者って…蓮はどう思う?」

おれは…正直まだあまり信じていない。普通、手から火を出したり、空を飛んだり、そんな超次元なこと、人間ができるわけがないじゃないか。きっと超能力と見せかけた犯行なんじゃないかって思う。
でも…。

(なぜ最近の犯行は"夜"に起きているのか)

愛は少し下を向き不思議そうに考える蓮の顔を見てクスッと笑うと、

「ま、いないよね」

といい昨日あったテストが意外とできたという話をし始めた。

——1時間後——

 いちごと生クリームとチョコクリームが入ったよくある定番のクレープを注文した俺の隣で、愛は抹茶のクレープを注文していた。
食べ歩きながら、デートをし、19時を回った頃、そろそろ帰るか、と俺たちは愛の家に向かうことにした。

「今日の夜ご飯、なんだと思う?」
「オムライス?」
「え、なんでわかったの!」
「振る舞うって言ったら自分の得意な料理かなって思って、得意料理だろ?オムライス」
「さーすが!」

 笑いながら、楽しそうに手を繋いで歩いて帰った。こうやって一緒にいる時間は、本当に楽しいし、愛といると幸せだった。

こんな幸せがずっと続けばいいのに。

そう思うのは、こうやって歩いて帰っている時だけじゃなかった。何をしてても、愛といる時は全てがかけがえのない時間だった。

でも、まさかこんな幸せな時間が、"あの出来事"によって、全て台無しになってしまうなんて思ってもみなかった。

——————

愛の家に着くと、部屋はきれいに片付いていて、テレビでも見て待ってて!というと愛はエプロンをつけ、キッチンで料理に取り掛かった。

愛も地方から上京してきており、一人暮らしをしている。よく家にお邪魔するのだが、愛の家はリビングとキッチンがつながってひとつの部屋になっている。

テレビをつけると、先日あった超高層ビル爆発事件のことについて報じられていた。

「火元がわからないのか」

ニュースキャスターは、出火原因が未だ不明と報じていた。そして、焼け跡からは38人の遺体が発見され、その遺体の死因も…

俺はテレビをすぐに消した。
正直信じられない。火元も死因も謎とか…。
まさかな…。

「あっ!」

すると突然、愛がこっちを見て叫んだ!

「え、なに!」
「け、け、」
「け?」
「ケチャップが、無い。」
「え、買いに行ってこよーか?」
「いや、私が買いに行く!」
「なら一緒にいこう」
「え、いいの!?ごめん!ありがとう~!」

深く考え事をしていた俺にとって少しびっくりはしたが、なんだ、そんなことかと少し安心できた。

—————————

「あった!これこれ~。」

目当てのケチャップを手に取った愛を見た後、おれは携帯に目がいった。
あのニュースが気になってしょうがない。
昼前に晃が話していたことも頭によぎる。
もしも愛が、この事件に巻き込まれたら…。

ドンっ

曲がり角で俺は人とぶつかってしまった。見ていた携帯は下に落ち、「超高層ビル爆発事件詳細」とかかれた記事の画面が大きく表示されていた。

「あっ」

咄嗟にぶつかった女の人が拾い、渡してくれたが、ごめんなさいと言いつつ会釈をして一緒にいた男と歩いていってしまった。

「大丈夫?蓮」
「え…、あ、うん大丈夫大丈夫」
「さっきからずっと携帯眺めてるけど、何かあった?」

覗くように俺の顔を見て心配する愛。たしかに、少し考えすぎたかな、って思った。

「ううん、ごめんな」

ニコッと笑う俺を見て、愛も安心したように笑った。

—帰り道—

いろんなことを話しながら帰る途中、愛が俺を横目で見ながら話した。

「ねえ、蓮、この先に近道があるんだけど、そっちから行ってみない?」

確かにもう20時が来る。
まだご飯も作りかけだし、時間も正直あまり無い。夜道で少し不安だが行くことにした。

いつもの帰り道。その途中に右手に少し狭く暗い路地があった。人気もなく、すこしどんよりとした空気が漂う道だったが、案外向こうから通行人もいて、少し安心した。

まさかこのあと"あんなこと"が起こるとは思わなかったから。

少し怖いね、とか言いながら話して歩いていると、黒い服だったか、あまりしっかりとは見てないけど、さっきすれ違った人が後ろから、「ねぇ」と話しかけてきた。

振り向くと、すぐ目の前にその人は立っていた。

「えっ」

俺は咄嗟に愛を自分の背中の方へ引っ張ると、その人はニヤリと笑った。
フードをかぶっているためよくわからないが、男の人で少しフードの隙間から見える髪は紫色。目はギラリと光っている。

「なんですか」
「君たちさ、"フォース"って知ってる?」

フォース…。どっかで聞いた気がする。なんだ、なんだ、思い出せない。でもなんかついさっき聞いた気がする。

「し、しりません」

俺は男から少し離れると、「行こう」と言い愛の背中に手を添えた。

ガシッ

なんだ、動かない。痛い。腕を掴まれている?振り向くと口だけ少し笑いつつ紫色の目は俺の目をじっと見つめている。

「待てよ」

おれはすぐ手を振りほどいた。

「やめてください」

すごい嫌な予感がした。変なオーラを漂わせるこの男は、何か危険な匂いがした。手を振りほどいた時、自分の心臓の鼓動だけが大きく脳に響いている。

そして、逃げろと俺の直感がそう叫んでいた。

俺は咄嗟に愛の手を握り、グッと引っ張り走った。とにかく走った。この先を行けばだれか人がいるかもしれない。

しかし着いた先は工事現場みたいな場所だった。鉄骨がたくさん積まれていたり、クレーンがあったりした。なにか建設している最中の現場に来てしまったのだろう。

この時間、人もいるわけがない。後ろを振り向くと、あまりはっきりは見えないが右手に何か黒く光る棒みたいなのを持ってこっちに向かって歩いて来ている。

「愛、近道じゃなかったのか?」
「そーだったはずだけど…」

いや、いまはそんなことを考えている暇はないかもしれない。本当に嫌な予感しかしなかった。愛は急なことすぎて震えて俺の手を強く握っている。その時おれは、フォースの言葉をいつ聞いたか思い出した。

(晃だ)

晃があの時、超能力のことをフォースと巷では言われているらしいと言っていたことを思い出した。じゃあ、なぜあの男はそんなことを…?

でも、考えなくても直感で理由が分かった。

(ヤツだ。ヤツが大量殺人事件の犯人だ。)

何故かそう思った。そう確信できた。ならなおさら逃げないと。愛を守らないと。すぐに警察に連絡しようとした。

「無い…携帯、家だ。」

まさかこんなことになるとは誰も思っていなかった。ただ近くのスーパーにケチャップを買いに行くだけで、携帯は必要ないと。同じように愛も持って来ていなかった。

(逃げよう、ここから、人がいるとこへ逃げよう)

そうやって愛の手を握り走り出そうとした瞬間、後ろから変な音がした。

ヴォン

なんだ。
後ろを振り向いた瞬間、紫色の光る物体がこっちに飛んできている。

「ぐっ」

急すぎて声も出なかった。ただ体だけ剣道で鍛えた身体能力のおかげで反射的に避けていた。
その瞬間…

ドッカーーン

ものすごい音がした。飛んできた物体が後ろの重ねられた鉄骨に直撃し、飛び散ったのだ。

(おい、なんだよ今の、え、今の、なに)

理解不能すぎて何が起こっているのかさっぱりわからなかった。

「へー。今のよく避けたね。」

男は右手に持つ棒をまた光らせている。

(え、もしかして今の、あの棒から!?)

やばい、逃げないと、あんなのくらったらとんでもないことになる。震える手を抑え、腰を抜かした愛の手を握ると、「行くぞっ」と
思いっきり引っ張り走り出した。

————————

ドッカーーン

「えっ、今の音、なに」

どこからか、とんでもない爆発みたいな音がしたため、「もしかして…」と言いつつ血相を変えた愛菜は買い物袋を隣にいた諒の胸にガッと押し当てると、音のした方へと走り出した。

「おい!愛菜!まてって!おい!」

————————

愛の手を強く握り走り続ける。

ヴォン

また聞こえた。来る…!

俺は後ろを振り向くと、飛んでくる物体から、愛を抱えて横に飛んだ。その物体は今度は赤いクレーンの機械に直撃。バランスを崩したクレーンはすごい音を立てながら倒れた。

ドッカーーン

(お…おい、正気かよ)

倒れるクレーンからギリギリ避けることができ、倒れたことにより砂埃が当たり一面を覆い尽くした。

(今がチャンスだ)

広すぎ、そして出口がわからないこの工事現場でただ逃げ惑うのは厳しいかもしれない。

砂埃に紛れてコンテナの裏に身を潜めた。
愛はもう息があがっている。手も震えている。怖いに決まっている。俺も恐ろしすぎてわけがわからない。愛の手を強く握り大丈夫だ、と告げると、俺は少し冷静に考えた。

(あれはなんだ、物体にしてはひかりすぎているし、あの細い棒から物体を二度も出せるわけがない…。いや、まてよ、)

俺は嫌なことが頭によぎってしまった。

(あれが、"超能力者"…!?)

「みーっけ」

(しまった…!)
心臓がゾクっとし、鳥肌が立った。
コンテナの横から覗くように立つ男を見ると、咄嗟に立ち上がり逃げ出そうとした。

しかしもう遅かった。

愛の手が突然離れた。
愛の反対の手が男に掴まれたのだ。

「きゃっ!」

俺は立ち止まると、恐怖から怒りが一気に込み上げた。そして振り返り、男を睨みつける。

「おい…、離せよ、その手」

男はフードを取ると、侮るように紫色の目でこちらを見る。

「ん?何故こちらの理屈は通せず、君たちの理屈は通さないとならないんだ?
「だまれ…。離せ」

こいつは何が言いたいんだ。何がしたいんだ。意味がわからない。

男は抵抗する愛を見ると、何か思いついたかのようにこっちを見た。

「そうか、お前に取ってこいつは、"大切なもの"なんだな?」
「もう一度言う、次はねぇ。愛の手を離せ」
「君さぁ、自分達にとって大切なものを違う見知らぬ奴に奪われた時のことを考えたことあるか?」

意味がわからなかった。ただ俺の体だけがやつに突っ走っていた。超能力者かもしれない、勝てるわけもない。

でも…、愛を助けないと

俺は男めがけて殴りかかろうとした。
しかし気づいたらおれは吹き飛ばされていた。

ズザーーッ

速すぎて何をされたかさえ分からなかった。
でも、腹を殴られたか蹴られたか。
どっちにしろ、強烈に痛すぎて息ができなかった。うずくまった。

(痛い、息ができない…。でも…)

俺は痛いのを必死に堪えて立ち上がっていた。

「愛の…手を……離せ!」

もう一度殴りかかろうとした。
でももう遅かった。首を絞められている愛を、男は右手で持つ棒で刺そうとした。

(やめろ…!!!)

目がギラギラと震えた。よく見えた。愛が涙を流し俺に手を伸ばす姿が…。

その瞬間…

何か目の前で光った。それも眩しく。強く光った。

ガキーーーン

咄嗟に反応した男は、愛を胸から離すと、突如飛んできた物体を棒で受けた。
ビリビリと唸る白い光と黒い光。
何が何だかわからなかったが、俺は愛にすぐ駆け寄った。

「愛!」

物体と棒のぶつかる反動でできた爆風に、愛は少し飛ばされ、うずくまっていた。
そしてすぐ、俺は男の方を見た。

え…?

一人増えている。そして、その人も棒を持っている。

いや、棒じゃない。
すぐそこでぶつかり合う、それは剣だった。
白く光る剣を持つ、女?そして黒く紫色に光る剣を持つ黒いマントの男。

「逃げて!!今すぐここから!」

突如叫ぶ女を見て、俺は思った。

(助けに来てくれたのか…!?)

俺は立ち上がり愛を背中に乗せると、とにかく走った。

キンッ!キンッキンッ!

後ろから剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。それも何度も速く連続で。

(戦っている、超能力者同士で…!)

振り返ると、そこには目にも止まらぬ速さで激しい戦いが繰り広げられていた。白い光と黒い光がまるで蛇が絡み合っているかのように見える。それほど速い。剣道でもあんな振りはできない。

(前を見ると、出口が見えた。)

このまま走り抜ければ、人がいる道へ出られる…!

すると突然、横腹に激痛が走った。

「ぐっ」

蹴りか、殴りか、わからないほど速すぎるさっきの一撃におそらくどこか肋の骨が折れていた。
そのまま走れず倒れ、愛は前に転がり落ちてしまった。

(くそ…こんなとこで死ぬわけにはいかない、愛を抱えて、逃げるんだ…!)

しかし運は味方をしてくれないみたいだった。

ガキーン

背後の剣と剣のぶつかる音が消えると共に、助けに来たであろう女は倒れていた。

(え、おい)

そのまま男はこっちをチラッと見ると、ニヤリと笑い、凄まじいスピードでこっちへ飛んできた。

心臓を握り潰されているかのようにギュッとなった。鳥肌が立ち、恐ろしく声も出ない、体も動かない。

(死ぬ…こいつに…やられる…!)

ガキーン

「こ…れ以上…好きに…させるかぁー!!」

さっき倒れていた女が目の前で俺たちを庇ったのだ。

「まだ動くか、閃光」

俺は目の前で起きていることに呆然と見ておくことしかできなかった。
超能力者が実在したこと。
大量殺人犯が目の前にいるということ。
自分達の命が危険にさらされていること。
そして、自分はこんな時、"大切な人"を自分の力で守ることができないということ。
めまぐるしくめぐる今の状況に頭の中はパニック状態だった。だからこそ動けなかった。ただ体は正直だった。震えていた。

ふと、自分達を庇う女の顔を見ると、どこか見覚えがあった。

(この女…スーパーでぶつかった女…!?)

まさか日常生活でたまたまぶつかった人が超能力者だなんて、誰が思うだろうか。

しかし苦しそうである、もう限界なのだ。
手が震え、膝を突き、それでも必死で俺たちを守ろうとしている。

「は…はや…く…にげて…!」

俺は必死で体を起こそうとした。

(愛…愛だけ…愛だけでも…!)

でも、力が入らない、息も苦しい。
男は容赦せず、黒く光る剣を上から凄まじい威力で押し返している。その顔は目を見開き、口は楽しそうに笑っている。

もう、だめだ、終わりだ…。

そう思った瞬間、なにかひんやりとしたものが頬に触れた気がした。目の前を蟻より小さい水色の鉱石みたいなキラキラしたものが大量に目の前を流れている。スローモーションのように。

ガキーーーン

俺は息を呑んだ。
黒く光る剣や白く光る剣とは違う、ひとまわり大きい水色の剣を両手に、突然現れた男が女の隣で俺達を庇っていた。

黒のマントを纏った男は驚いていた。

「だれだ…お前は」

二人で力を振り絞り跳ね返すと、黒の剣士は後ろに弾き飛ばされた。

「りょ…諒…!」
「わりぃ、遅くなった。大丈夫か?」
「ええ、平気」
「そこの二人、大丈夫か?」

俺は突然起こったことに呆気を取られていた。

「え…はい」

黒の剣士は突然やってきた男を見ると少し睨みながら問いかけた。

「お前は一体、何者だ…?」

突然やってきた男は、剣を両手でしっかりと握り構えると、自信に満ちた顔で答えた。

「俺は、"氷の剣士"だ…!」



——2話 完——
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