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【現代】仲良しサント

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 明治柊人は走って跳ぶ。それを繰り返しているだけ。

 それなのに、それを見ている女子生徒たちは、柊人が走り高跳びのバーを落としても落とさなくても、いちいちキャーと高い声を出す。

「うれしょんしてんじゃねえの。馬鹿な女たちだな」
 江崎大翔が鼻で笑う。

「仕方ないじゃん。柊人かっこいいもん」
 森永拓斗がフォローする。

「拓斗は優しいな」
 そう言って笑う大翔を見て、
「大翔だって優しいじゃん」
 と拓斗が返すと、大翔は照れくさそうに鼻をかいた。

 拓斗と大翔は、三人で帰るために柊人の部活が終わるのを待っていた。

 三人で帰宅するのはもはや当たり前のことになっている。
 拓斗は再び目の前を駆ける柊人に目を向ける。

 柊人は背が高い。

 拓斗もバスケ部に入っていて175センチあるので、けっして低くはないが、柊人は拓斗よりも10センチも背が高い。
 柊人の体には空を飛ぶために無駄な脂肪がついてない。細マッチョだ。

 拓斗の体も無駄な脂肪はなく細いが、柊人のようにしなやかな筋肉はついていない。

 柊人の体が弓のようにしなり、バーを超えていく。

「きゃー!」
 女子たちが騒ぐのもわかる。

「ほんとバカだよな、女って」
 再び隣で大翔がうんざりした口調で言う。

 その大翔だって、女子たちをキャーキャー言わせている水泳部のエースだ。
 大翔も柊人ほどではないが、背が高く、182センチある。

 体つきは筋肉質で、柊人より肉付きがよく、マッチョだ。とても17歳の高校生とは思えない。

 そして、その体についている柊人にも負けない整った顔。

 二人とも共通してかっこいいが、柊人には優しさや甘さがある。反面、大翔にはきりっとした緊張感がある。

 校内の人気を二分する二人が親友であることを拓斗は誇らしく思う。
 しかし、なにもかも兼ね備えている二人に対してコンプレックスを抱くことはある。

 拓斗は毎日、身近で大翔や柊人の体や顔のかっこよさや美しさや完璧さを目にするのだ。

 だから、それも仕方がないことだと慣れた。
 コンプレックスを感じて傷つくことぐらい、二人の側にいれる幸せに比べればなんでもない。

 柊人が走り、空を飛び、体をしならせ、バーを超えていく。

 きゃあ、かっこいい~。
 そう思いながら、大翔の前で女子たちのように高い声をあげるわけにはいかないので、

「かっこいいよな、柊人は」
 とつぶやく。

「おまえだって、かわいいよ」
 大翔が拓斗の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「あ、ありがと」
 拓斗は顔を真っ赤にして言う。

 めちゃくちゃうれしいんですけど。今夜、興奮して眠れないかも。

 毎日のようにじゃれあって、大翔や柊人と触れ合っているのに、拓斗はこんなことを繰り返し思う。

*************************

 大翔(ひろと)、柊人(しゅうと)、拓斗(たくと)。僕たちは同じクラスで仲良しサントと呼ばれている。

 みんなにそう言われるぐらいだから、ほんとに仲が良い。
 三人が仲良くなったのは高校に入ってからではない。小学校の四年生からだ。

 小学四年生から高校二年生まで、三人の関係は壊れることなく、より強固になっていっている。

 三人は同学年だが、一番誕生日が早いのは大翔で、一番遅いのが拓斗だ。
 大翔が4月、柊人が8月、拓斗が2月の早生まれ。

 昔は、大翔や柊人が自分より早く生まれているから、それだけ自分よりかっこよかったり、立派な体をしているのだと思っていた。
 自分もその頃なれば、そうなるだろうと思っていたのだ。

 しかし、そうならないことを拓斗は中学のあたりで気づいた。
 ちょっと、気づくのが遅すぎたと思う。

 柊人や大翔のようにはなれない。

 そうわかると、二人に対するあこがれのようなものが心の中に芽生えた。

 いま16歳の拓斗は、先に17歳になっている大翔と柊人を親友だと思っているが、同時に強いあこがれも抱いている。
 つまり、誰がなんと言おうと、大翔と柊人は自慢の友達だ。

*************************

 二人と仲良くなったのは、小学校四年生。
 転校してきて、いじめられたことがきっかけだった。

 なにを理由でいじめられのかはもう覚えていない。たぶん、何をしても、しなくてもいじめられたのだと思う。

 常にだれかをいじめているような、いじめが好きな奴はどこにでもいるものだ。
 越してきて、新しく入ったクラスにも、そういった子がいただけの話だ。

 転校生だったから。

 いじめられた理由はこれに尽きる。どんなにうまく立ち振る舞っても、要領よく動いても、ダメなものはダメなのだ。

 それなのに、僕は自分が悪いからいじめられるのだと思ってしまった。

 だから、いじめを受け入れてしまったのだ。
 あの日の放課後も、僕はみんなのランドセルを体中に身につけて、運んでいた。

「おせーぞ、森永」
「はやくしろよ」
「俺、家に着くまでにしょんべんもらしちゃいそう、あははははは!」

 みんながどうして笑うのかわからなかった。
 特に方言が強いわけではない。

 すごい都会とか外国から引っ越してきたわけでもない。
 僕は、いじめられる理由をいじいじと考えていた。

 肩に、背中に、腕にランドセルや荷物が食い込む。腕がちぎれそうだ。

 泣きそうになりながら、のろのろと足を動かすと、周りが遅いとはやし立てる。
 僕はこらえきれず泣いてしまった。

「あー、こいつ、泣いたぞ~」
 なーいた、なーいた、なーいた。
 はやし立てられると、余計に涙が出てきた。

「おまえらっ! いい加減にしろよっ!」
 声のほうを見ると、大翔と柊人が立っていた。

「なんだよ、大翔。邪魔するのかよ」
「いい加減にしろって言ってんだよ!」

「柊人までなんだよ! 今度はおまえらをいじめてやろうか!」
「やれるもんならやってみろ!」

 大翔が怒鳴り返す。

 四人のいじめっ子を前に、大翔と柊人は一歩もひかなかった。
 あの頃から二人は周囲の子供たちより、ひと回り体が大きかった。

 四人と二人がにらみ合う。
 耐えられなくなったのは、いじめグループのリーダーだった。

「つまんねえ。冷めたから帰ろうぜ」
 四人は僕から荷物をはぎ取ると、逃げるように駆けていった。

「大丈夫か」
 大翔が肩に手を置いてくれた。

「はい」
 柊人が真っ白で清潔なハンカチを渡してくれた。

 あのときのハンカチの白さと肩に置かれた手の温もりを僕は今でもはっきりと覚えている。

「あ、ありがと」
 泣きながら、ハンカチを受け取る僕。優しくされたらもっと泣けてきたのを覚えている。

「おまえも、嫌なら嫌って言えよ」
 大翔が言うと、

「仕方ないこともあるよね」
 と柊人が優しくフォローしてくれた。

 この二人のアメとムチのやり取りはずっと変わらない。

 あの日から、僕はいじめられることがなくなり、いつも二人と一緒に行動するようになった。

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「毎日、きゃーきゃー言われて大変だな」
「大翔だって言われてんじゃん」
「俺は、泳いでて聞こえねーから、別にいいけど」

 二人のやり取りに拓斗が言葉を挟む。
「僕も一度は言われてみたいー」

「そうか?」
「いや、やめたほうがいいって、めんどくさいから。気になるし」
「そう? 二人とも慣れ切ってスルーしてる感じだけど」

 二人が黙り込む。

「僕もモテてみたいなー」
「おまえ、俺たちのこといじってんのか?」

 言いながら大翔が拓斗の脇をくすぐる。
 拓斗が逃げると、

「偉くなってもんだな、拓斗さんよー」
 と柊人が捕まえ、大翔が再び拓斗をくすぐった。

「きゃははっははは、止めてよ、二人とも。あは、あっははは」
 拓斗が体を捩らせ、笑い続ける。

「拓斗はほんとにかわいいな」
 柊人がふわりと拓斗を包むように抱きしめる。

 すると、大翔が拓斗をくすぐっていた手を止めて、
「ほんとに。一番かわいいのは拓斗だよな」

 と柊人と拓斗と大きく覆うように、包んだ。
 拓斗は真っ赤になる。

「あ、あかくなってる」
 柊人がいじる。

「あ、赤くなってなんかないもん」
「赤くなってなんかないもんだって、かわいいな、拓斗は」

 大翔がはやしたてた。

「やめてよ、子供扱い。僕だって、二人ほどじゃなくても、もう大人ですから」
「大人ねえ」

 二人から体を離しながら、大翔が笑う。

「大人って、ここのことかな?」
 柊人が拓斗の股間に手を伸ばす。

 拓斗はその手を払いのけて、
「止めてよ、下ネタ。嫌いなんだから」

 二人は拓斗の反応を見て、大笑いした。

「拓斗はほんとに子供だよな」
「ほんと、ほんと。そこがかわいいんだけど」

 二人が前を歩いていく。
 その大きな背中を見て、
「馬鹿にして」
 と拓斗はつぶやく。

 夕日のオレンジにつつまれた二人の大きなシルエットをこの上なく美しいと思いながら。

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