上 下
15 / 60
大会編

ワルキューレの騎行

しおりを挟む
─殺仕合夢・放送席

「パントドン全国の皆様、お待たせしました!百年に一度の、パントドンにおける支配権を巡る闘いの祭典・干支乱勢大武繪が開催となりました。わたくし仕合の実況を務めさせていただきます。 申国のヨシ・ツジナリでございます」

 スーツ姿をした猿の獣人は言う。干支乱勢大武繪は神の業を通してパントドン全世帯の天麗美嬢 (てれびじょん)なる装置へ映像として中継される。その際、仕合の実況を担当する者が獣人達の中から選出されるのだ。

「さて、大武繪を闘う干支乱勢達は別世界から召喚された、まさに異邦人(エトランゼ)となるわけでして使用する武術、技などは私を含むパントドンの者に馴染みの無いものであります。従って、それを解説していただけるゲストの方をご紹介します。ヒナコ・ライマンさんです、どうぞ」

「やっほー♪ヒナコだよ。みんなシクヨロー!」

 ツジナリの紹介で名乗ったヒナコなる者は、獣人ではなかった。ピンク色の髪をサイド テールに纏めた小柄な少女は、外見で言うとテルたち干支乱勢に近い若さと体格だが、頭部には獣を象徴する耳などが無く人間のそれと変わらない姿だ。

「はい、よろしくお願いします。何でもヒナコさんは、このパントドンや干支乱勢達のいた地球など、 様々な世界を造った『神様』の元から遣わされた御方だと聞いておりますが」

 「そだよ~。 あたいは色んな世界の、色んな事を知ってるから解説は任せてね!」

 さらりと自身にまつわる重要な事を流したヒナコ。 一方、リング上には4人の人影が見えた。

『仕合に先立ちまして、本日のトーナメントを裁く3人の審判(レフェリー)をご紹介いたします!」

 4人の内一人はリングアナウンサーのケロン・タナカだった。

『主審、ジャガー・ハトリ!副審、カッツェ・シバタ!同じく副審、ブルーソックス・ウミノ!』

 残り3人は無表情どころか人の顔すらしていない人型の何か。

「ヒナコさん、あの審判達も神様の遣いなのでしょうか?」

「あの子達は護隷無 (ゴーレム)。神の作ったロボットだよ」

「ろぼ……?」

「解りやすく言うと、機械仕掛けの人形。審判を獣人達に任せると自国にとって有利になるレフェリングや賄賂、八百長みたいな不正が行われたり、干支乱勢の過去に情けを感じたりで厳正なレフェリングが出来ないかもしれないから全て機械にやらせるの」

「なるほど、反則も誤審も一切許さぬ裁定が期待されるわけですね……それでは、間もなくAブロック一回戦が開始されますッ!!」

 程なくして、会場の照明が最低限の明るさとなるや、リングに続く通路のみスポットライトで照らされる。青のゲートから姿を現し、リングへと歩いて行くのは戌の干支乱勢エリ。赤茶色のセミロングヘア、黒い犬の垂れ耳、羽織ったガウンの下は白いTシャツにボクシングのトランクス、ボクシングシューズという出で立ちだ。
 エリことエリック・ジョーンズは、ウエルター級でキャリアをスタートさせた後、各階級で世界チャンピオンとなって防衛に失敗すると増量し、上の階級で王者になるということを繰り返し、6つの階級を制しボクシング界の生ける伝説とまで言われた。が、伝説の終わりはあっけないものだった。
 過酷な増量と減量を繰り返しボロボロになった体は病に冒され闘病の末に死んだのである。前人未踏の7階級制覇へあと一歩というところで最期に闘った相手はボクサーではなく病気だったのだ。 

「(私はまだ、満足のいくボクシングを出来てはいない。このトーナメントを制し蘇り、ヘヴィー級の世界王者となり伝説を完全なものとする!!)」

 異界の地へと転生した伝説の拳闘士は、ロープをくぐり六角形のリングへと入る。

 エリがリングインして数秒後、赤のゲートから姿を現したのは未の干支乱勢・レヴィ。転生前の彼は名をハイラム・レヴィアタン。本名かどうかも不明だが、傭兵として様々な戦場に現れ、恐れられた男である。故に呼ばれたのが神話の怪物LEVIATHAN (レヴィアタン)。生きた年代も、死んだ場所も、最期も何もかもが不明。存在すら疑われていた伝説の傭兵は、同じく伝説と呼ばれた者の持つリングへ。

「ボクシング世界チャンピオンといえど、それはルールと階級制に守られたスポーツの世界での話にすぎん!我の敵ではないッッ」

睨み合う両雄。レフェリーの眼をしたスキャナから光が照射され、エリとレヴィの全身を読み取る。

『武器の携行及び隠匿は無しと確認、試合を開始します。双方、構えて……』

 エリはボクシングのファイティングポーズを、レヴィは軍隊式格闘技の構えを取った。

『FIGHTッッ!!』

 ジャガー・ハトリは掛け声と同時に内蔵スピーカーからゴングの音を鳴らした。
しおりを挟む

処理中です...