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#20 地蔵譲ってください
しおりを挟む斎宮から北辰寺に使者がやってきたのは翌日のことだった。案の定手紙の内容をアバルは独力で読むことができずキスケを頼ることを考えたのだが、依然と本家に出向いたままのようだったので慈安に依頼した。
(何かあったのかな……)
思い出すのは一郎太から聞いた『パライソ』の話だ。間違ってもキスケはかかわっていないと信じているが、いよいよ侍所の調査の手が入ったのかもしれない。
考えながら、アバルは使者の前に座る。日当たりのいい場所にいても風の冷たさが気になる季節だ。あたたかい室内を勧めたのだが、境内の紅葉を理由に対面の場は縁側となった。
「親君上人――三条君親様のことですが――は紅葉を大変あいしたと聞きます。当時の帝は君親様のために三室山から紅葉の美しい木を選りすぐって君親様のための庭をおつくりになったり、君親様が出家したのちも庭園に招いたとの記録が残っています」
使者がゆったりと語りだす。なんで紅葉の話? と内心で首をかしげながら「はあ」とアバルは相槌を打った。こういった導入をまわりくどく感じるのはアバルに学がないからなのだろうか、どうにもイライラしてしまう。
これが舞台なら、アバルはなんて巧みな構成だろうと感心したかもしれない。導入からはじまり、情感豊かな語り口とともに展開していく。観客はそうして物語にとりこまれ、世界と人生を体験するのだ。
アバルはうなずいた。要約すると「斎宮と三条君親にはこのようにドラマティックなストーリーがあるので地蔵は斎宮で管理するべきである」と情にうったえつつ正当性を主張する意図だったようだ。
(俺みたいな相手にわざわざお願いにくるくらいだし、事情があるならできれば聞いてあげたいけど……)
アバルの迷う様子を見てか、使者が「もちろんお礼はきちんとする」と強調する。さらににじり寄って続けた。
「失礼ですが、ジーランディアという国の名にお心当たりはありましょうか」
「ジーランディア? えーと、水穂国からみて西にある国……だったよな。かつては世界中の国の名前を一つに統一するくらい勢いのある大国だったけど、当時の国王が死んだことで一気に失墜していって現在の規模に落ち着いた」
そして新興国シャツキともども水穂国とっては貿易国の一つでもある。と、キスケの講義で聞いたような気がする。たしかアバルの母国、エウロペの説明のときだったはずだ。
使者がうなずいた。
「率直に申し上げますが、君親様の地蔵――九曜菩薩と斎宮では呼んでおりますが――には、かつてこの地を侵略せんと大国ジーランディアの放った九つの禍津魂が封じられております」
使者の曰くには、水穂国を守るためにはこの禍津魂が必要であるらしい。現在斎宮では三つの地蔵を管理しているという話だ。北辰寺には一郎さん、二郎さん、三郎さんがいるので、斎宮的には合わせて六体の地蔵が揃うことになる。
(禍津魂ってたぶん、悪魔のことだよな。……つまりアザゼルみたいなのがほかに八体いて、水穂国を守るのに必要ってこと?)
目下水穂国にせまっている脅威と言えば吸血鬼の存在だが、アバルはアザゼルを思い浮かべて悲観的な気持ちになった。そもそも自分で彼らが「侵略者であった」とはっきり言ったではないか。それとも斎宮にはそれらを従える術があるというのだろうか。
あのう、とアバルはたずねた。
「確認をしておきたいんですが、うちにある地蔵の一つはこなごなになっています。それは知ってますか?」
しかも中身は空であり、二郎さんに至っては「中身」が出てきてしまっている。斎宮がほしいのは地蔵本体ではなく「中身」なのだから事前に伝えておくべきなのだろう。
(須王からアザゼルを引きはがすチャンスかもだし……)
さらにアバルが質問を続けようとしたときだった。こちらには来ないようにと伝えておいたはずなのに、須王が部屋に入ってくる。
「必要ないぞ」
「こら、須王!」
「オレがアスモデウスを倒すんだからな!」
「!」
使者とアバル、両者の視線をうけて須王が尊大そうに腕を組んだ。ひとなつっこそうな少年の黒い瞳がまたたきとともに色を変える。
「『ジーランディアか。おそれ知らずにもこのオレを使い魔なぞに据えた時はいかに阿鼻叫喚せしめこの世の苦痛のすべてを味わわせてやるかそれだけが心慰であったものだが、今は不思議と懐かしささえある響きだ』」
「ひええええっ!?」
「アザゼル!」
使者とアバルの声が重なった。使者がぎょっとしたようにこちらを見、「アザゼル?」とくりかえす。
「まさか、禍津魂がこの少年に?」
「『今頃矢を拾いにでも来たか。我らを再び用いたところで国威を取り戻すことは不可能だと思うがな』」
くく、とアザゼルが喉奥で笑った。見目こそ年端もいかぬ少年だが、まとう空気はまったくの別人だ。ひとならざる瞳にとらえられ、使者は今にも泡を吹きそうな様相である。
「『阿呆どもに伝えるがいい、“北辰寺に戻った封の中身はすべて空である”。それから、“アスモデウスについてアザゼルはそちらと目的が一致している。ただし、再びこのオレを使い魔にしようという心づもりであるのならその限りにあらず”とな』」
「あわわ……!」
ところで、とアザゼルが顎をなでた。そうしながら使者に近づき、そのまえにしゃがむ。
「『これは単なるオレの興味だが、貴様らが有しているというそれらには当然中身が入っているのだろうな? 使う前によく見ておいた方がいいぞ』」
「禍津魂様。それは、どういう……?」
おそろしいだろうに、使者は気丈にも意識を保っている。アザゼルが立ち上がった。
「『疾く戻ってオレの言葉を伝えてやるがいい。それから聞き入れるか否かは貴様らの勝手だが、ジーランディアの阿呆どもをくれぐれもあてにしすぎないことだ。さすがのオレもあれが少々憐れになるぞ』」
「……はあ……?」
どちらからともなく、使者とアバルの視線が合う。使者は自分には判断の権限と材料がないので一度斎宮にもちかえると答えるのがやっとのようだった。気の毒な使者を見送り、アバルは片づけのために部屋へ戻る。
須王は縁側に片膝を抱えるように座っていて、後ろからでは「どちら」なのか区別をつけることができない。とりあえず「アザゼル」とアバルは呼んだ。
「さっき言ってたのって、どういうこと?」
「さっきの?」
「使う前によく見ておいた方がいいっていうやつ」
アバルの声に反応して振り向いたのは黒瞳だ。アバルが答えるのへ、須王が自分の中にある情報を照合するように首をかしげる。
「アザゼルたちが封じてある地蔵は、アザゼルたちが中から開けることはできないけどある条件が揃うと自動で開くようになってるんだ。そういうふうに、ヤマトタケルと出雲阿国がつくったはずだった」
「なんだって!?」
思わず大きな声が出た。出るだろう、普通。
だってつまり、地蔵に封じられていたはずの九体の悪魔がすべて世にでているということだ。大きな声も出るというものである。
そしてその声量は楽一仕込みである。アバルの声に反応して子どもたちがやってきたが、なんとかごまかして返した。「須王ばっかりアバル兄をひとりじめしてずるいずるい」との不満は出たが、これについてはあとでフォローを入れることにする。
「なんでそんなことを。さっきの人の話が本当ならアザゼルたちは水穂国を襲いにきたんだろ。せっかくとじこめたのに」
「うん。それはね、アバル。ヤマトタケルと出雲阿国がアザゼルたちに勝てなかったからなんだ。アザゼルと、ケムエルに」
「ケムエル? ……待って、須王、ヤマトタケルと出雲阿国が戦ったのはヤマタノオロチなんだよな?」
そういえば斎宮の使者も「ヤマタノオロチ」の伝説には一言もふれなかった。いったいどういうことなのか。
「ヤマトタケルはもともとヤマタノオロチの末裔の一族で、人々に忌み嫌われる存在だった。一族は人前に出ること、公道を使うこと、体を清めること、祈りをささげること――。あらゆることを禁じられ奪われて、それでも細々と血脈をつないでいた。そういう出自の人だった」
「そうか、……。なら、そうもなるよな」
のちに1000年続くことになる太平の世の礎を作った室町幕府の祖。その出自が卑しい身分だったなんてとても記録には残せまい。そこで水穂国を襲った九体の侵略者の話を伏せるかわりに「ヤマトタケル」と「ヤマタノオロチ」を分け、英雄譚をでっちあげたというわけだ。
しかし、そうなると大きな疑問が残る。
「須王の話の通りだと、ヤマトタケルたちは負けたんだろ? なんで勝ったはずのアザゼルたちが地蔵に封じられたんだ? それに、”はずだった”ってどういう――」
言いながら、アバルは須王が自分をじっと見つめていることに気づいた。気づいて、すぐさま目をそらす。
(なんでそらしちゃうんだよ、オレ! 須王が傷つくだろ!)
ばかばか、と内心で自分を罵るが、いまさらごまかすのもしらじらしい。それでもアバルはしぼりだすような声で「ごめん」と詫びることに成功した。
困ったな、と思う。なるべく普段通りにふるまうべきなのはわかっているが、こんなふうに意識してしまうとどうしていいのかわからない。
須王とはっきりと自分の意思で体の関係をむすんでしまった。「保護者」でも「兄」でもない、それは新しい須王との関係だ。だが、何とそれを名付けたらいいのか、どういう自分でふるまえばいいのかアバルはまだつかみかねている。
(や、やさしくされちゃったし――)
視線が泳ぐ。アバルは肩口あたりの髪先を意味もなく指に巻いた。巻きながら、あらぬ単語を聞き取る。
かわいい。
そう、「かわいい」と須王が言ったのである。よりにもよってアバルへ向けて。
(かわいい? 俺が? かわいいのはおまえだろ須王!)
自分の容姿がすぐれていることはよく知っているが、「かわいい」のカテゴリーではないはずだ。かわいいというのはこう、子猫だとか子犬だとか女の子だとか、あるいは須王たちにかかる形容詞のはずだった。
「かわいい、アバル」
魔法をかけるように須王がくりかえす。そう、呪文のように口にしながら呆然とするアバルの頬にキスなんかしてきたので、アバルは須王のかけた魔法によって真っ赤になるしかなかった。保護者の面目が丸つぶれだ。
「こ、こら須王、大人をからかうんじゃ」
「へへっ! アバル、オレ、ちょっと出かけてくるよ!」
動揺するアバルの何がそんなにうれしいのか、須王はごきげんそうに言ってさっさと身をひるがえしてしまう。逃げられてしまった。
「……」
折り曲げた指の関節でコツコツとアバルは何度かこめかみをつく。須王のペースに巻き込まれるのは特段めずらしいことではないが、ちょっとこれは、気合を入れなおさなければなるまい。
深呼吸ののち、アバルは放っておかれたままの茶器類を片づける。濡れ縁の向こうで風が紅葉の枝をゆらし、カラカラと音をたてながら足元の葉が流れていった。
さて、その日の夜のことである。「吸血鬼を退治した少年はどこか」と鬼退治にやってきたような形相で侍所が北辰寺につめかけた。
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