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16 素敵の大盤振舞い
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ティルマン様との婚約が破棄になったことで、わたしは婚約者のいない身軽な立場となった。
「クリス宛に毎日たくさんの釣書が送られてくるけれど、クリスはどうしたい? 早々に次の婚約者を決めたいかい?」
お父様に問われ、首を振る。
「しばらくは婚約者を作らず、この家でお父様やお義兄様とのんびり過ごしたいです。ダメでしょうか?」
上目遣いで不安そうにお父様を見つめてみる。
お父様は即座にぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。
「ダメなわけないさ! ロクデナシとの婚約で、おまえは心身ともに疲弊している。好きなだけゆっくりしていいからね」
「ありがとうございます、お父様」
わたしを溺愛してやまない優しいお父様のおかげで、しばらくは婚約者なしでいられるようになった。嫁ぎ先での夫人教育もなくなったから、近頃のわたしは出かける用事も少なく、屋敷の中で静かに過ごすことが多い。
でも寂しくないし退屈でもない。引き籠るわたしを心配するお義兄様が、気分転換になればと外に連れ出してくれることが増えたからだ。
一週間前はピクニックに行ったし、一昨日は馬で遠乗りにでかけた。
楽しくて嬉しくてたまらない。
今日はとてもいい天気で風もほとんどない。テラスでお茶をしたらきっと気持ちがいい。そう思ったわたしは、お義兄様をテラスでのお茶に誘った。
わたしが入れたお茶を飲んだお義兄様の美しい口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「クリスの入れるお茶は美味いな。昔と比べて、随分上手に入れられるようになった」
「お義兄様に喜んでもらいたくて、すごく練習したんです」
「努力の成果がしっかり出ている。さすがクリスだな」
褒められた喜びで顔が弛みそうになるのを、わたしは必死に堪える。
それにしても、お義兄様の所作は美しい。
元は田舎の貧乏貴族の三男坊で、ギレンセン侯爵家の養子になるまで碌な教育を受けていなかったとは思えない。美しく高貴なその様からは、近頃では威厳さえも感じされるようになってきている。
ほう、とわたしの口から感嘆の息が零れた。
いつ見てもお義兄様の凛々しいお顔はわたし好みで素敵すぎて、つい見惚れてしまって会話がおざなりになってしまいそうになる。
だから時々、意識して視線をお義兄様から反らす。そうでもしなければお義兄様のお顔に視線が釘付けになってしまうからだ。
そんなわたしの密かな苦労を知らないお義兄様は、素敵すぎるその笑顔を容赦なく大盤振舞いしてきて、わたしの心臓をときめかせるのだ。
「義父上から聞いた。しばらくは誰とも婚約しないそうだな」
「はい。少し一人の時間を楽しみたいと思って」
「それほど心の傷が深いということか。やはりクリスはティルマン殿のことを本気で……」
お義兄様がなにか呟いたけれど、声が小さすぎてよく聞こえない。
聞き返そうと思ったところで、やけに真剣な顔をしたお義兄様が言った。
「クリスは好きなだけこの家にいればいい。政略結婚なんてもう絶対にさせない。もしも君が望むなら、他家に嫁ぐ必要もない」
「それは、ずっとお義兄様のそばにいてもいいということですか?」
「……」
困ったように小さく笑うだけで、お義兄様はなにも言わない。
その態度に、以前から持っていた疑念が確信に変わった。
お義兄様はわたしに嫡子の座を明け渡し、ギレンセン侯爵家を出て行くつもりなのだ。だからずっとそばにいることができないために、さっきは返事を濁したのだろう。
きっとそうだ、そうに違いない。
「クリス宛に毎日たくさんの釣書が送られてくるけれど、クリスはどうしたい? 早々に次の婚約者を決めたいかい?」
お父様に問われ、首を振る。
「しばらくは婚約者を作らず、この家でお父様やお義兄様とのんびり過ごしたいです。ダメでしょうか?」
上目遣いで不安そうにお父様を見つめてみる。
お父様は即座にぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。
「ダメなわけないさ! ロクデナシとの婚約で、おまえは心身ともに疲弊している。好きなだけゆっくりしていいからね」
「ありがとうございます、お父様」
わたしを溺愛してやまない優しいお父様のおかげで、しばらくは婚約者なしでいられるようになった。嫁ぎ先での夫人教育もなくなったから、近頃のわたしは出かける用事も少なく、屋敷の中で静かに過ごすことが多い。
でも寂しくないし退屈でもない。引き籠るわたしを心配するお義兄様が、気分転換になればと外に連れ出してくれることが増えたからだ。
一週間前はピクニックに行ったし、一昨日は馬で遠乗りにでかけた。
楽しくて嬉しくてたまらない。
今日はとてもいい天気で風もほとんどない。テラスでお茶をしたらきっと気持ちがいい。そう思ったわたしは、お義兄様をテラスでのお茶に誘った。
わたしが入れたお茶を飲んだお義兄様の美しい口元に、柔らかな笑みが浮かぶ。
「クリスの入れるお茶は美味いな。昔と比べて、随分上手に入れられるようになった」
「お義兄様に喜んでもらいたくて、すごく練習したんです」
「努力の成果がしっかり出ている。さすがクリスだな」
褒められた喜びで顔が弛みそうになるのを、わたしは必死に堪える。
それにしても、お義兄様の所作は美しい。
元は田舎の貧乏貴族の三男坊で、ギレンセン侯爵家の養子になるまで碌な教育を受けていなかったとは思えない。美しく高貴なその様からは、近頃では威厳さえも感じされるようになってきている。
ほう、とわたしの口から感嘆の息が零れた。
いつ見てもお義兄様の凛々しいお顔はわたし好みで素敵すぎて、つい見惚れてしまって会話がおざなりになってしまいそうになる。
だから時々、意識して視線をお義兄様から反らす。そうでもしなければお義兄様のお顔に視線が釘付けになってしまうからだ。
そんなわたしの密かな苦労を知らないお義兄様は、素敵すぎるその笑顔を容赦なく大盤振舞いしてきて、わたしの心臓をときめかせるのだ。
「義父上から聞いた。しばらくは誰とも婚約しないそうだな」
「はい。少し一人の時間を楽しみたいと思って」
「それほど心の傷が深いということか。やはりクリスはティルマン殿のことを本気で……」
お義兄様がなにか呟いたけれど、声が小さすぎてよく聞こえない。
聞き返そうと思ったところで、やけに真剣な顔をしたお義兄様が言った。
「クリスは好きなだけこの家にいればいい。政略結婚なんてもう絶対にさせない。もしも君が望むなら、他家に嫁ぐ必要もない」
「それは、ずっとお義兄様のそばにいてもいいということですか?」
「……」
困ったように小さく笑うだけで、お義兄様はなにも言わない。
その態度に、以前から持っていた疑念が確信に変わった。
お義兄様はわたしに嫡子の座を明け渡し、ギレンセン侯爵家を出て行くつもりなのだ。だからずっとそばにいることができないために、さっきは返事を濁したのだろう。
きっとそうだ、そうに違いない。
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