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周囲の生徒たちがテイラーとジョゼを冷やかに見据える中、マリアーナと友人の令嬢二人は静かにその場を離れた。テイラーから平手打ちされたマリアーナの頬の手当をするために、医務室へと向かったのである。
医務室に入ってドアを閉めた途端、マリアーナはジェイニーとカーラを抱きしめた。
「ありがとう、二人とも。おかげで上手くいったわ!」
「やりましたわね!」
「よかった!」
三人で円陣を組むようにして抱きしめ合う。
「あの男がいきなりマリアーナ様に殴りかかった時は、もう心臓が止まるかと思ったわ!」
「殴られた衝撃がかなり激しかったように見えましたけれど、大丈夫ですの?」
ジェイニーが心配そうにマリアーナの頬に手を添える。
「ああ、これは……ふふ、実は見た目ほどひどくないの」
世間一般には隠していることではあるが、実はマリアーナは幼い頃からお転婆な少女だった。三才年上の兄と競うようにして、剣術や体術の訓練を嬉々として行っていたくらいである。
だから今回、後ろから近付いてきたテイラーに殴られると気付いた瞬間、わずかに体を後ろに引いて平手の勢いを殺し、自分の足の力で壁に向かって勢いよく吹っ飛び、わざと激しくぶつかって見せたのだった。テイラーがとんでもなく非道なことをしたと、周囲の皆に見せつけるためだった。
「それにね」
いたずらっぽくマリアーナは笑った。
確かにテイラーはマリアーナを殴ったものの、そこは彼も教育を受けた貴族男性である。か弱い女性を本気で殴ったりはしなかった。
音で表現するならば「ぺちん」と鳴るくらいのへなちょこビンタだったのである。
マリアーナが勢いよく壁に激突したのを見て、最も驚いたのはテイラーだったに違いない。
殴られた時には怒りが湧いた。
けれど、そのおかげで周囲の同情をうまく買うことができたし、その流れもあって、虐めの噂が嘘だったことを証明する話にも聞く耳を持ってもらえたのだ。
今になって考えると、皮肉にも最初にテイラーが殴ってくれたからこそ、すべてのことが思い通りに進んだと言える。
とはいえ、虐めの噂を払拭できたのは、間違いなく友人二人のおかげだった。
虐めがすべてジョゼの自作自演だという話を、皆が思ったよりもあっさり受け入れてくれたのは、ジェイニーとカーラがいたからだ。二人が分かりやすく説明してくれたからこそ、信じてもらうことができた。
マリアーナだけなら、誰もまともに話を聞いてくれようともしなかったかもしれない。
「本当にありがとうございます、ジェイニー様、カーラ様」
マリアーナは心からの感謝の気持ちを二人に伝えた。
テイラーに恋心は持っていなかった。それでも自分の婚約者が他の女性と親しくしている姿を見るたびに、マリアーナの心は傷ついた。やってもない虐めについてテイラーから怒鳴りつけられ、学園中の生徒たちから冷たい目で見られ続けたこの数ヵ月、本当に悲しかったし辛かった。
そんな中、心折れることなくマリアーナが胸を張り、前を向いていられたのは、いつも励まし、勇気付けてくれて、どんな時も信じてくれたジェイニーとカーラがいたからだ。
婚約者には恵まれなかった。けれど、かけがえのない素晴しい友人たちと出会うことができた。
自分は最高に幸運な人間だ、とマリアーナは心の底から思うのだった。
それから一週間、マリアーナは心身の療養のためとしてずっと自宅に引き籠っていたのだが、その間に色々なことが片付いた。
まずはテイラーとの婚約の解消。
公衆の面前で行われた一方的な婚約破棄宣言やジョゼとの不貞行為、また、婚約者であるマリアーナを守るどころかジョゼを虐めたと決めつけて責め立てたことなど、これまでの経緯を聞いたマリアーナの両親は怒りに怒った。すぐにヨハンセン侯爵家に正式な抗議を行い、テイラーとの婚約は即破棄された。そして、莫大な慰謝料の支払いを約束させたのである。
家門に泥を塗ったとしてテイラーは廃嫡され、同時に学園も退学させられた。今は領地で謹慎させられているらしい。
テイラーの言い分としては、自分も騙された被害者なのだから廃嫡されるなんておかしいし、マリアーナとの婚約破棄も無効だ、となるらしいが、当然ながらそんな自分本意な言い分が認められるはずがない。
愚かで身勝手なことばかり言う息子に見切りをつけた父親に、これ以上反抗するようなら除籍すると脅されたテイラーは、しぶしぶ領地で大人しくしているそうだ。
そして、もう一人の問題児であるジョゼがどうなったかというと、彼女も学園を退学した。
何人もの貴族令息を誘惑して問題を起こしまくったジョゼは、そのことを聞いてブチ切れた父男爵から、三十才も年上の裕福な商人の妾として売られてしまったのである。
後に聞いた話によると、ジョゼはすぐに主人の寵愛を勝ち得て、男爵家にいた頃よりも裕福な暮らしを満喫しているという。
さすがは元平民は強く逞しい。
転んでもただでは起きない、といったところか。
医務室に入ってドアを閉めた途端、マリアーナはジェイニーとカーラを抱きしめた。
「ありがとう、二人とも。おかげで上手くいったわ!」
「やりましたわね!」
「よかった!」
三人で円陣を組むようにして抱きしめ合う。
「あの男がいきなりマリアーナ様に殴りかかった時は、もう心臓が止まるかと思ったわ!」
「殴られた衝撃がかなり激しかったように見えましたけれど、大丈夫ですの?」
ジェイニーが心配そうにマリアーナの頬に手を添える。
「ああ、これは……ふふ、実は見た目ほどひどくないの」
世間一般には隠していることではあるが、実はマリアーナは幼い頃からお転婆な少女だった。三才年上の兄と競うようにして、剣術や体術の訓練を嬉々として行っていたくらいである。
だから今回、後ろから近付いてきたテイラーに殴られると気付いた瞬間、わずかに体を後ろに引いて平手の勢いを殺し、自分の足の力で壁に向かって勢いよく吹っ飛び、わざと激しくぶつかって見せたのだった。テイラーがとんでもなく非道なことをしたと、周囲の皆に見せつけるためだった。
「それにね」
いたずらっぽくマリアーナは笑った。
確かにテイラーはマリアーナを殴ったものの、そこは彼も教育を受けた貴族男性である。か弱い女性を本気で殴ったりはしなかった。
音で表現するならば「ぺちん」と鳴るくらいのへなちょこビンタだったのである。
マリアーナが勢いよく壁に激突したのを見て、最も驚いたのはテイラーだったに違いない。
殴られた時には怒りが湧いた。
けれど、そのおかげで周囲の同情をうまく買うことができたし、その流れもあって、虐めの噂が嘘だったことを証明する話にも聞く耳を持ってもらえたのだ。
今になって考えると、皮肉にも最初にテイラーが殴ってくれたからこそ、すべてのことが思い通りに進んだと言える。
とはいえ、虐めの噂を払拭できたのは、間違いなく友人二人のおかげだった。
虐めがすべてジョゼの自作自演だという話を、皆が思ったよりもあっさり受け入れてくれたのは、ジェイニーとカーラがいたからだ。二人が分かりやすく説明してくれたからこそ、信じてもらうことができた。
マリアーナだけなら、誰もまともに話を聞いてくれようともしなかったかもしれない。
「本当にありがとうございます、ジェイニー様、カーラ様」
マリアーナは心からの感謝の気持ちを二人に伝えた。
テイラーに恋心は持っていなかった。それでも自分の婚約者が他の女性と親しくしている姿を見るたびに、マリアーナの心は傷ついた。やってもない虐めについてテイラーから怒鳴りつけられ、学園中の生徒たちから冷たい目で見られ続けたこの数ヵ月、本当に悲しかったし辛かった。
そんな中、心折れることなくマリアーナが胸を張り、前を向いていられたのは、いつも励まし、勇気付けてくれて、どんな時も信じてくれたジェイニーとカーラがいたからだ。
婚約者には恵まれなかった。けれど、かけがえのない素晴しい友人たちと出会うことができた。
自分は最高に幸運な人間だ、とマリアーナは心の底から思うのだった。
それから一週間、マリアーナは心身の療養のためとしてずっと自宅に引き籠っていたのだが、その間に色々なことが片付いた。
まずはテイラーとの婚約の解消。
公衆の面前で行われた一方的な婚約破棄宣言やジョゼとの不貞行為、また、婚約者であるマリアーナを守るどころかジョゼを虐めたと決めつけて責め立てたことなど、これまでの経緯を聞いたマリアーナの両親は怒りに怒った。すぐにヨハンセン侯爵家に正式な抗議を行い、テイラーとの婚約は即破棄された。そして、莫大な慰謝料の支払いを約束させたのである。
家門に泥を塗ったとしてテイラーは廃嫡され、同時に学園も退学させられた。今は領地で謹慎させられているらしい。
テイラーの言い分としては、自分も騙された被害者なのだから廃嫡されるなんておかしいし、マリアーナとの婚約破棄も無効だ、となるらしいが、当然ながらそんな自分本意な言い分が認められるはずがない。
愚かで身勝手なことばかり言う息子に見切りをつけた父親に、これ以上反抗するようなら除籍すると脅されたテイラーは、しぶしぶ領地で大人しくしているそうだ。
そして、もう一人の問題児であるジョゼがどうなったかというと、彼女も学園を退学した。
何人もの貴族令息を誘惑して問題を起こしまくったジョゼは、そのことを聞いてブチ切れた父男爵から、三十才も年上の裕福な商人の妾として売られてしまったのである。
後に聞いた話によると、ジョゼはすぐに主人の寵愛を勝ち得て、男爵家にいた頃よりも裕福な暮らしを満喫しているという。
さすがは元平民は強く逞しい。
転んでもただでは起きない、といったところか。
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