呼んでいる声がする

音羽有紀

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第2章

呼んでいる声がする第2章(その13)突然の告白

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「人魚姫ちゃん、うまくやれるといいわね。若い時は

短いからそんなのに関わっちゃもったいないわ。」

と、三十七歳の佐季店長は言った。

「ほんと、そんなのですよね。」

それから、二人で笑った。

人魚姫、いや蓮花があのまま埋もれてしまうのは、正義感の強い瑠子には、我慢できなかった。

 その日は早番で明るいうちに帰れたので波音を聞きながら海岸線を歩いた。そこは、寒々しく冬はまだまだ終わる様子がない。もしかしたら永遠に冬なのかもしれないなど考えた。

まりもに寄って、クリーム入りのメロンパンを買って店主の

風邪引かない様にいう言葉と秀子ちゃんの見送りを受けた。

まだ、早いので海を見て行こうと思い立ちその店の横を通りぬけて海岸に出た

寄せては返す波の音が耳に入って次に目に飛び込んで来たものもあった。

それは夕暮れに佇む人であった。

しかもよく見ると猫男である。

けれど、その佇まいに何かいつもの彼とは違うものを感じた。

心配になってしまって瑠子はその姿を背後から見つめた。なぜかというと彼の複雑な家族関係に悩んで思い詰めて良からぬ事を考えているのかもしれないと心配になったからだ。

そう考えると声を掛けずにいられなかった

それが人情をいうものだと自分に言い聞かせた

「あの、猫・・紫苑君(この名前呼ぶの照れくさいな

だって名字忘れた)何してるの?」

「あ、また会ったね。シンクロだね。」

「帰り道だから。」

元気な様子に胸を撫でおろして言った。

「ほんと冬の海って誰もいないね。」

「寒いからね。」

「そうだね。特に夜はね。」

そこで二人は黙った。波の音が聞こえて来る。

青い月が空に上っている。

猫男は急に声を発した

「3月で、卒業なんだ。」

知らなかった。卒業するんだ、瑠子はそんなわけは無いのだが

猫男は、留年してまだ大学にいるものだと思っていた。そんな心の動揺は隠して

あえて冷静に頷いた。そんな瑠子の気持ちを更にかき乱す様な言葉を彼は発した。

「俺、北海道で就職する事にしたんだ。」

その言葉に瑠子は、体が固まり少しの間その言葉に返せないでいた。

「母親の事もあるし、遠い所で、一からやり直したいなって思ってさ。」

「あ、それ良い事ですよね。」

ただ、ロボットの様に感情の無い言葉を返した。この状況に瑠子の心は

ついていって無かったのだ。

その後、猫男はなぜか黙って海を見ていた

波音だけが瑠子の耳に聞こえた。

少しの沈黙の後、猫男はその沈黙を破って口火を切った。

「急であれだけど。」

瑠子は努めて笑顔で言った

「良かったね。頑張ってね。」

それだけ言うのが精一杯であった。

「ありがとう。じゃあ、あたし行くね。」

「大丈夫?一人で。」

「まだ、早い時間だから大丈夫。じゃ。」

瑠子は、そう言うと足早に海岸を後にした。

混乱している自分の心をどう抑えて良いのかわからなかった。

ただ、早くこの場から逃れたかった。

背後からの波音はいつもとは異なり暗く響いていたのである。



                              つづく


読んでいただいてありがとうございました。





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