5 / 82
第3話(2)
しおりを挟む
想定外だったのは、台帳の取り扱いについての検討結果であった。
台帳管理部門から提出された報告を読み、アレクサンドラはもう少しで、机前で所在なさげに立っている管理者に対し声を荒らげるところだった。
まずは、担当部門の考えについて共有をと申し伝えたが、内容を要約すると、
・今回の事件は、台帳にアクセス可能な者が、犯罪的な利用を目論んで台帳に細工をし、かつ使用時のルール違反の結果、誤った認証がなされたことによって発生した。
・このうち台帳への細工、すなわちページの差し替えについては、人目がない折を見計らい密かになされたものと思われるが、管理棚の構造上と冊数により、そのような不正が行われても物理的に目が行き届かず、監視することは困難である。
・また、使用時のルール違反については、多忙な時は常態化していたという証言を複数聴取したが、申請が混んでいる時は特に、誰かに助力を頼むことが容易ではなく、独りでチェックする方ことも、正確性が保たれるのであれば許容しても良いのではないか。
・いずれにせよ今回の事件は、認証作業の手順と台帳管理棚の構造上、発生してしまった事態であり、害意ある者を認証から排除することが唯一かつ最善の策だと考える。
現状の分析が粗く、代わりに指示していないのに解決策の案が記されている。
しかも、今後類似の事件が起こるのは構造上仕方がなく、犯罪者を近づけないのが解決策であると悪びれていない。
落ち着きなさい、感情をぶつけてはいけないと、非常に苦労して自分を諫めると、アレクサンドラは管理者に労いの言葉をかけ、じっくり読ませてもらうと伝えて一度下がらせた。
しかしドアが閉まり、足音が聞こえなくなったところで、アレクサンドラは彼女らしくもなく、報告書を机上に捨てるように投げた。
天井のアカンサス模様を睨みながら、やるせなさのあまり早鐘を打つ鼓動を聞く。
どう検討すればこのような結果が導き出されるのか、とアレクサンドラは苛々と溜め息を吐いた。
気が進まずに適当に考えたのだろうかとも訝り、事件後に接した折の態度を見た限りではそれはないと打ち消したものの、真摯に考えてこの結果なのであれば問題はより深刻であった。
とりあえずこの報告に関して彼にどんな指示をすれば、アレクサンドラの意図に沿ったものが再提出されうるか、能力込みで丁寧に考えた方が良さそうだ。
アレクサンドラは呼び鈴を緩慢に鳴らし、メイドに茶を命じた。
ここでもまた人が障害になり、アレクサンドラが考えた通りに物事が進まない。
顔色を見るのではなく、顔を見よとは農夫ミハイルに授けられた知恵だったが、これらの譲歩は顔色を見たことになるのではないかとアレクサンドラは憂鬱になった。
このような場面で、顔を見て動くにはどうするのが正解なのだろうか。
トップに立つ者として、高圧的な態度は論外だが、謙(へりくだ)りすぎるのも不適切だとかつて学問として覚え、補佐として一部を味わったところだったが、では適切なラインはどこに引くべきなのか、候補すら浮かべられない。
己の未熟さが身に沁み、公証長の就任は時期尚早だったのではないかと、最近の彼女を専ら苦しめている思いが胸を去来し、アレクサンドラは執務室で独り項垂れた。
歴代公証長はどなたも、このような苦労を経て来られたのだろうか。
中には女もいたはずが、その女伯爵はどうやって嵐を避けていたのだろうと思いを馳せながら、茶が届くまでぼんやり考えた。
台帳管理部門から提出された報告を読み、アレクサンドラはもう少しで、机前で所在なさげに立っている管理者に対し声を荒らげるところだった。
まずは、担当部門の考えについて共有をと申し伝えたが、内容を要約すると、
・今回の事件は、台帳にアクセス可能な者が、犯罪的な利用を目論んで台帳に細工をし、かつ使用時のルール違反の結果、誤った認証がなされたことによって発生した。
・このうち台帳への細工、すなわちページの差し替えについては、人目がない折を見計らい密かになされたものと思われるが、管理棚の構造上と冊数により、そのような不正が行われても物理的に目が行き届かず、監視することは困難である。
・また、使用時のルール違反については、多忙な時は常態化していたという証言を複数聴取したが、申請が混んでいる時は特に、誰かに助力を頼むことが容易ではなく、独りでチェックする方ことも、正確性が保たれるのであれば許容しても良いのではないか。
・いずれにせよ今回の事件は、認証作業の手順と台帳管理棚の構造上、発生してしまった事態であり、害意ある者を認証から排除することが唯一かつ最善の策だと考える。
現状の分析が粗く、代わりに指示していないのに解決策の案が記されている。
しかも、今後類似の事件が起こるのは構造上仕方がなく、犯罪者を近づけないのが解決策であると悪びれていない。
落ち着きなさい、感情をぶつけてはいけないと、非常に苦労して自分を諫めると、アレクサンドラは管理者に労いの言葉をかけ、じっくり読ませてもらうと伝えて一度下がらせた。
しかしドアが閉まり、足音が聞こえなくなったところで、アレクサンドラは彼女らしくもなく、報告書を机上に捨てるように投げた。
天井のアカンサス模様を睨みながら、やるせなさのあまり早鐘を打つ鼓動を聞く。
どう検討すればこのような結果が導き出されるのか、とアレクサンドラは苛々と溜め息を吐いた。
気が進まずに適当に考えたのだろうかとも訝り、事件後に接した折の態度を見た限りではそれはないと打ち消したものの、真摯に考えてこの結果なのであれば問題はより深刻であった。
とりあえずこの報告に関して彼にどんな指示をすれば、アレクサンドラの意図に沿ったものが再提出されうるか、能力込みで丁寧に考えた方が良さそうだ。
アレクサンドラは呼び鈴を緩慢に鳴らし、メイドに茶を命じた。
ここでもまた人が障害になり、アレクサンドラが考えた通りに物事が進まない。
顔色を見るのではなく、顔を見よとは農夫ミハイルに授けられた知恵だったが、これらの譲歩は顔色を見たことになるのではないかとアレクサンドラは憂鬱になった。
このような場面で、顔を見て動くにはどうするのが正解なのだろうか。
トップに立つ者として、高圧的な態度は論外だが、謙(へりくだ)りすぎるのも不適切だとかつて学問として覚え、補佐として一部を味わったところだったが、では適切なラインはどこに引くべきなのか、候補すら浮かべられない。
己の未熟さが身に沁み、公証長の就任は時期尚早だったのではないかと、最近の彼女を専ら苦しめている思いが胸を去来し、アレクサンドラは執務室で独り項垂れた。
歴代公証長はどなたも、このような苦労を経て来られたのだろうか。
中には女もいたはずが、その女伯爵はどうやって嵐を避けていたのだろうと思いを馳せながら、茶が届くまでぼんやり考えた。
0
あなたにおすすめの小説
学生時代、私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私が実は本物の聖女で、いじめていた女は災厄を呼ぶ魔女でした。
さら
恋愛
いじめていた女と一緒に異世界召喚された私。
聖女として選ばれたのは彼女で、私は無能扱いされ追放された。
だが、辺境の村で暮らす中で気づく。
私の力は奇跡を起こすものではなく、
壊れた世界を“元に戻す”本物の聖女の力だった。
一方、聖女として祭り上げられた彼女は、
人々の期待に応え続けるうち、
世界を歪め、災厄を呼ぶ魔女へと変わっていく――。
【完結】恋が終わる、その隙に
七瀬菜々
恋愛
秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。
伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。
愛しい彼の、弟の妻としてーーー。
村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです
春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。
ここは通過点のはずだった。
誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。
触れない客。
身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。
「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」
突然の身請け話。
値札のついた自分と向き合う三日間。
選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、
通過点は終わりになる。
これは救いではなく対等な恋の話。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
【魔女と蔑まれた私。実は神託の聖女でした?-命を弄ぶ回復魔法使いと蔑まれた私の物語-】
はくら(仮名)
恋愛
・本作は別名義で『小説家になろう』にも掲載しています。
・早めに終わります。
【 レアフ伯爵家の令嬢ユキアは回復魔法が得意だったが、義父家族からは命を弄ぶ魔女として蔑まれてしまう。
しかし実はユキアは女神の神託を受けた『運命の聖女』であり、そのことを知った王太子が彼女の元を訪れる――】
君は恋人、でもまだ家族じゃない
山田森湖
恋愛
あらすじ
同棲して3年。
毎朝コーヒーを淹れて、彼の寝ぼけた声に微笑んで、
一緒に暮らす当たり前の幸せを噛みしめる——そのはずだった。
彼女は彼を愛している。
彼も自分を愛してくれていると信じている。
それでも、胸の奥には消えない不安がある。
「私たちは、このまま“恋人”で止まってしまうの?」
結婚の話になると、彼はいつも曖昧に笑ってごまかす。
最初は理由をつけていたのに、今では何も言わなくなった。
周囲の友人は次々と結婚し、家族を持ち始めている。
幸せそうな写真を見るたび、彼女の心には
“言えない言葉”だけが増えていく。
愛している。
でも、それだけでは前に進めない。
同棲という甘い日常の裏で、
少しずつ、確かにズレ始めているふたりの未来。
このまま時間に流されるだけの恋なのか、
それとも、家族へと歩き出せる恋なのか——。
彼の寝息を聞きながら、
彼女は初めて「涙が出そうな夜」を迎えていた。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
幼馴染の許嫁は、男勝りな彼女にご執心らしい
和泉鷹央
恋愛
王国でも指折りの名家の跡取り息子にして、高名な剣士がコンスタンスの幼馴染であり許嫁。
そんな彼は数代前に没落した実家にはなかなか戻らず、地元では遊び人として名高くてコンスタンスを困らせていた。
「クレイ様はまたお戻りにならないのですか……」
「ごめんなさいね、コンスタンス。クレイが結婚の時期を遅くさせてしまって」
「いいえおば様。でも、クレイ様……他に好きな方がおられるようですが?」
「えっ……!?」
「どうやら、色町で有名な踊り子と恋をしているようなんです」
しかし、彼はそんな噂はあり得ないと叫び、相手の男勝りな踊り子も否定する。
でも、コンスタンスは見てしまった。
朝方、二人が仲睦まじくホテルから出てくる姿を……
他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる