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第9話(1)
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ニコライは、初めて見る弱々しさに驚くとともに、何事にも完璧な妻が心の内を垣間見せてくれたことに、深い喜びが込み上げて来るのを否定できなかった。
焦がれた相手との結婚が、公証の権能をオルロフ家に存続させるための、取り引きめいてしまったことは、あの時はやむを得なかったが結果的にあまり良くなかったというのが正直な感想であった。
2人の結婚は、立太子と皇太子妃との婚姻披露より先んじることはまかりならんという判断、誰の判断かは知らないが、婚約から少し時間が空いた。
貴族は、婚約の時期は相手とはっきりとした距離を取り、親しく交際することはせず、例えば2人きりで外出するなどはもってのほかだとされていた。
王族もその例に漏れず、相手次第では、初めて間近で顔を見るのは結婚式ということも珍しくはない。
婚約の間、アレクサンドラとの対面について回数が限られたのもこのためであって、ニコライは公爵位に"降りる"のだからと多少ごねて、オルロフ家に出向き、伯爵夫妻同席の下という形式で辛うじて許された。
そのように歓談する機会が乏しかった代償なのか、無事夫婦になってからも、2人の間はまだ固いと言わざるを得なかった。
ニコライが話しかければ淑女的に応じ、決して饒舌にはならず、態度についても常に変わらずに、およそ不愛想や不機嫌ということがない。
ニコライがアレクサンドラをサーシャと呼ぶように、愛称であるコーリャは使わずにただ、貴方、と呼びかける。
それは夫に対する、というよりは、王族への敬意を保った振る舞いであり、アレクサンドラにとって、ニコライはまだ家族の形式に収まっただけなのだろうと残念ではあったが、妻への愛しさに変わりはなく、いずれ打ち解けてくれるだろうと様子見をしていた。
それが、彼女にとっては辛い出来事によってではあったが、伯爵家の令嬢や公爵夫人のベールの下に巧みに隠されていた、非の打ち所とともに隙もない妻の感情がやっと鳴った。
弱音が吐かれる、その場に立ち会うことができたニコライはこの上もなく嬉しく、アレクサンドラの肩に片手で触れながら、
「良かった、やっと本音を言って下さいましたね」
と言ったが、これだけでは舌足らずだと気が付いて、「貴女が何も言って下さらないので、尋ねるのもどうかとずっと躊躇っていたのです」と取り繕った。
「それに、私はオルロフが公証の権能を引き継いでいくために、貴女と結婚したのではありませんよ。結果的にそうなっただけで。まさか私が結婚を申し込んだ理由をそうだとお思いで?」
「とんでもないことで、ございます」
手のひらに、より顔を埋める様子のアレクサンドラに、浮かれてはいられないと思い直し、ニコライはよし、と立って机上のベルを鳴らした。
やってきたメイドに、アレクサンドラの羽織物と温かい飲み物、それからセンターテーブルの燭台に火を入れるよう命じた。
「早く寝かせるつもりでしたが気が変わりました。良い機会です。貴女の胸の内にある懸案事項を全部お聞かせ下さい。今日のサロンのこと、それから公証のことも含めて全て」
指を引いたところに現れた呆然とした翠眼に、ニコライは「明日になったら貴女がまた引き籠ってしまいそうなので、今から作戦会議です。夜更かしと行きましょう」とにやっと笑いかけた。
せっかく掴まえた、生真面目で誰にも頼らない妻の糸口から、今葛藤を解かずにいつ解くのか。
疲弊した妻を休ませたいという気持ちも強くはあったが、熱情を優先するニコライは、これは勢いのまま今すぐに話してもらうべきだと即断したのだった。
「そんな、ご公務でお疲れでいらっしゃいますのに」
「公務?あんなのは公務でも何でもありませんよ。作戦会議が先です。大丈夫です、飽きて来たら舟を漕ぎますから」
「まあ」
目を細めたのは微笑んだつもりなのだろうが、かえって痛々しく引き攣れて、ニコライは妻の悩みの深さを思って胸を痛めた。
焦がれた相手との結婚が、公証の権能をオルロフ家に存続させるための、取り引きめいてしまったことは、あの時はやむを得なかったが結果的にあまり良くなかったというのが正直な感想であった。
2人の結婚は、立太子と皇太子妃との婚姻披露より先んじることはまかりならんという判断、誰の判断かは知らないが、婚約から少し時間が空いた。
貴族は、婚約の時期は相手とはっきりとした距離を取り、親しく交際することはせず、例えば2人きりで外出するなどはもってのほかだとされていた。
王族もその例に漏れず、相手次第では、初めて間近で顔を見るのは結婚式ということも珍しくはない。
婚約の間、アレクサンドラとの対面について回数が限られたのもこのためであって、ニコライは公爵位に"降りる"のだからと多少ごねて、オルロフ家に出向き、伯爵夫妻同席の下という形式で辛うじて許された。
そのように歓談する機会が乏しかった代償なのか、無事夫婦になってからも、2人の間はまだ固いと言わざるを得なかった。
ニコライが話しかければ淑女的に応じ、決して饒舌にはならず、態度についても常に変わらずに、およそ不愛想や不機嫌ということがない。
ニコライがアレクサンドラをサーシャと呼ぶように、愛称であるコーリャは使わずにただ、貴方、と呼びかける。
それは夫に対する、というよりは、王族への敬意を保った振る舞いであり、アレクサンドラにとって、ニコライはまだ家族の形式に収まっただけなのだろうと残念ではあったが、妻への愛しさに変わりはなく、いずれ打ち解けてくれるだろうと様子見をしていた。
それが、彼女にとっては辛い出来事によってではあったが、伯爵家の令嬢や公爵夫人のベールの下に巧みに隠されていた、非の打ち所とともに隙もない妻の感情がやっと鳴った。
弱音が吐かれる、その場に立ち会うことができたニコライはこの上もなく嬉しく、アレクサンドラの肩に片手で触れながら、
「良かった、やっと本音を言って下さいましたね」
と言ったが、これだけでは舌足らずだと気が付いて、「貴女が何も言って下さらないので、尋ねるのもどうかとずっと躊躇っていたのです」と取り繕った。
「それに、私はオルロフが公証の権能を引き継いでいくために、貴女と結婚したのではありませんよ。結果的にそうなっただけで。まさか私が結婚を申し込んだ理由をそうだとお思いで?」
「とんでもないことで、ございます」
手のひらに、より顔を埋める様子のアレクサンドラに、浮かれてはいられないと思い直し、ニコライはよし、と立って机上のベルを鳴らした。
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「早く寝かせるつもりでしたが気が変わりました。良い機会です。貴女の胸の内にある懸案事項を全部お聞かせ下さい。今日のサロンのこと、それから公証のことも含めて全て」
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「まあ」
目を細めたのは微笑んだつもりなのだろうが、かえって痛々しく引き攣れて、ニコライは妻の悩みの深さを思って胸を痛めた。
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