続・公証長サーシャの通過点―巻き戻れなくとも自分に負けずに生きる

蜂須賀漆

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第10話(3)

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そうすると一からだが、と検討すべきことを思い浮かべてみる。

何を認証するのかが最も大切である
体裁等を超えて財産相続の内容にまで関わることは、公証がトラブルに巻き込まれる恐れが出て不適切だ
あくまで形式を整え、形式を認証するところまでを責務とすべき
遺言状で重要なのは、書面が本人によって書かれており、名前や日付などの基本事項が正確かという点である
だとすれば来庁した者が書いた者かつ遺言状の名義人であることの確認が必要だ
サインが真正かどうかは、公証の内部でも確認が取れる場合があるだろう
いずれ、遺言状の内容を目にすることになるため、今まで以上に秘密保持が肝要になる
秘密保持は物理的・人的の両面で求められる

もし、この分野が進展すれば内容の作成支援も求められることになりそうだが、その点は留保できるとすれば、職員を確保し、認証時に確認する事項と、手続を整備すれば、貴族・市井ともに利用があるのではないだろうかと思われた。
現在の認証よりも責任レベルが高いため、手数料もそれに応じた設定の理由が立つ。

アレクサンドラはそこまで考えて、一旦立ち止まり、遺言状の要望を直近で受けた者を3人執務室へ呼んだ。
要望は寄せられているが、ぜひとも求められておりニーズがあるのか、あれば良いかもという程度なのかを見極めたいと尋ねてみると、おどおどとしていた3人は異口同音に、どちらかと言えばニーズがあると答えた。
中で最も年上の中堅が、

「身分を問わず、相続で散々な目にあった方は特にできないのかとお尋ねになります。結局は、ご家庭についての愚痴を仰りたいようですが」

と報告をした。
アレクサンドラは礼を述べて3人を下がらせると、今度は上役のうち、最も古参の者を呼び出して、遺言状の認証についてニーズがあるようだが、公証で実施することは可能だと思うかどうか質問をした。
思うがままを言って欲しいと念を押したが、その上役は腕組みでしばし考えた後、「障壁はありますが、可能ではございましょうな」と答えた。

「ただ、遺言状そのものの知識習得が必須ですから、現在の認証よりは難易度が相当に上がりましょう。専属の者を作る必要がございます」

アレクサンドラは戸惑いながら上役の、瞼まで垂れ下がる眉毛に視線を遣った。

「貴方自身は遺言に詳しいの?」
「詳しいわけではございませんが、親の世代が遺言で揉めましてな。子供心に、金の問題は、悲しみと悼む心を奪うと嫌な思いをいたしましたので」

肩を竦めた上役に、年若いアレクサンドラは慰めの言葉をうまく見つけられず、その代わりと言っては何だが、遺言に関する争いの回避を世の中の多くが求めているのではないかという推測が思い浮かんだ。
窓口設置に関して立ち回っていた時の手応えとは大分異なる、とアレクサンドラはその上役に対し口止めをした上で、今のところの目論見、すなわち遺言状の認証を先行して財政改善と信頼回復を図り、それを布石に窓口設置を行いたいことを話し、

「貴方が、遺言状の認証担当として職務を行うことはできる?」

我ながら踏み込んだ問いをすると内心呆れながら、思い切って尋ねると、上役は眉毛を動かした。

「それは異動ということになりますかな?」
「ええ、そうなるわね」
「……ご指示があれば拝命は吝(やぶさ)かではございません。もちろん、優秀な人材を何人か頂くことになりますが」

良い返事により、頭の中に留まっていた構想から、案という文字が取れたとアレクサンドラは感じた。

「分かりました。では、始める方向で進めましょう。追って相談の時間を取るわね。貴方のアイディアも聞きたいからそのつもりでお願い」

この上役は会計担当であり、認証担当に異動するなら、その地位に代わりの人材を入れなければならない。
兼務は難しかろうから、誰を昇格させるのかを考えねばならないし、他の上役達に話をするのはどの段階にするかも調整しなければならない。
そうやってアレクサンドラが考え始めたところでふと、上役が応接ソファに座ったままであることに気が付いた。
退出許可を告げると、上役は慌てふためき、老人の仕草で立ち上がった。

「どうかして?」
まだ言い足りないことでもあるのかとアレクサンドラが訝し気に尋ねると、上役、フョードル・クロチコフは「いえ、恐れながら」と言い淀んでから、

「貴方様はその、即断即決の方だと思いまして」
「そうね、往々にしてそうだと思うわ。何、やはり遺言状の認証には懸念がある?」
「そうではなく……窓口の方は、まだお諦めになっておられないので?」

アレクサンドラは膝上できゅっと手を握ったが、「もちろん。ただ今度は皆にこれならできる、と思ってもらえる内容に修正するわ。それならいいでしょう」と首を傾げながら1つ微笑んだ。
職員のほとんどが不可と考え、断念を狙っているのだろうという推理は腹立たしかったが、不快を表すのは全く得策ではなかった。
それほど進め方が無茶で強引だったと捉えよう、と自分に言い聞かせながら、アレクサンドラは事務的に再度の退出許可を告げ、上役は今度こそよたよたと出て行った。

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